ここでは私がJRバス完乗を目指すことにしたきっかけをお話しします。
私の出身地は新潟県新潟市。私のハンドルネームである「WEライナー」が乗り入れる
までは国鉄(JR)バスには全く縁のない場所でした。私は1982年頃から本格的に
旅行に出始めるようになりましたが、国鉄バスに乗ったのはほんのわずかでした。
| 路線名 | 区間 | 乗車日 | 備考 |
| 日勝線 | 様似〜えりも岬〜広尾 | 1986年7月10日 | 一部区間はJR後の乗り直しをせず |
| 平庭高原線 | 盛岡〜久慈 | 1986年3月30日 | |
| ヨーデル | 弘前BC〜盛岡駅 | 1985年7月16日 | |
| 常野線 | 烏山〜茂木 | 1983年4月3日 | 現在廃止 |
| 鹿沢線 | 万座・鹿沢口〜中央大前 | 1985年8月19日 | |
| 名金急行線 | 北濃〜美濃白鳥 | 1986年8月28日 | 現在廃止 |
| 大野線 | 美濃白鳥〜九頭竜湖 | 1986年8月28日 | 現在廃止 |
| ドリーム | 東京〜大阪 | 1987年3月31日 | 国鉄最後の日 |
(上記の他に東京湾岸線、上野湾岸線にも乗車しているが乗車日不明)
上の表を見ていただけるとおわかりいただけるかと思いますが、ほとんどが当時行われていた
「チャレンジ20000KM」のついでに乗ったものです。枝線と枝線を結んでいたのが国鉄バス
だったり、周遊券を持っていれば乗れたりで、当時は積極的に乗りつぶそうとは思っていませんでした。
「チャレンジ20000KM」の方は1986年12月28日に京葉線で無事完乗を果たしました。
自分の中で国鉄バスに目が向き始めてきたのは、鉄道ジャーナル誌で連載された種村直樹氏の
「最長片道切符の旅」でした。その後同誌に国鉄自動車路線名称が連載され、鉄道以上に複雑
なバス路線に興味を持ちました。
その中で国鉄の分割民営化が決まり、国鉄はJRに生まれ変わることになりました。国鉄の最後を
どこで送るかということになり、私は鉄道以上に経営が厳しくなるであろうと思われた国鉄バス、
その中でも看板となる「ドリーム号」を選びました。
国鉄最後の日のドリーム号は出発前に職員によって国鉄という文字を消され、さみしい出発と
なりましたが、車内はほぼ満席でした。足柄SAで午前0時になり、車内放送で今日から国鉄から
JRに変わる旨が流れました。この時点で国鉄バスは終わりを告げました。
「チャレンジ20000KM」終了後、私の次のターゲットは私鉄完乗(ケーブル・トロリーを除く)でした。
そのため、まだJRバスに乗ることはこの期間ではほとんどありませんでした。しかしこの時期にJRバス
乗りつぶしに走るきっかけとなることはありました。
1987年7月15日(実は87年・88年の記録は、FDのデータ破損により残っていません。記憶だけで
書いています)、大学のゼミの実習で諏訪の調査に来ていた私は、午後の自由時間を使って諏訪線の
乗りつぶしに行きました。このときのルートは
上諏訪1321(西堀経由)1353岡谷(列車)塩尻(列車)下諏訪1525(東山田線)1555岡谷1605
(今井経由)1647上諏訪清水町 でした。
このときは今はなき東山田線に乗ることができたのですが、塩尻まで行っておきながら塩尻駅で土砂降り
になり(諏訪地区は雨が降っていなかったので傘は持参しておらず、また駅からバス乗り場まで50Mほど
あったため、とても雨の中を走ってバスに乗れる状況ではなかった)、塩尻峠線に乗ることができませんでした。
この区間は諏訪バスとの競合路線であったためかバス停は会社別に作られていて、また同じ場所に
ありながらバス停名が違うということに驚きました。翌日には斧立への路線も乗れました(下諏訪1300→
1316斧立)。
この年の8月の夏休みには東北ワイドを使い、ヨーデル(ただJR東日本バスかは?)、開業したばかりの
あすなろ、十和田北線(青森〜子の口)、十和田南線(休屋〜大館)、早坂高原線(盛岡〜岩泉営業所)、
陸中海岸線(岩泉営業所〜久慈)、一ノ関〜仙台高速線に乗車しています。このときは観光ついでの
感覚で、完乗を意識していませんから子の口〜休屋は遊覧船を利用しています。またこのときに古川線
(一ノ関〜沢辺)にも乗ったのですが、その時の運転手の方と話が合い、今でも写真や情報の交換を通して
おつきあいさせていただいています。
その後機会がある度に各地のJRバスに乗ってきました。
| 路線 | 区間 | 乗車日 | 備考 |
| なんごく号 | 高知〜松山 | 1988年8月4日 | 一部廃止 |
| ドリームなごや | 東京〜名古屋 | 1988年10月5日 | 当時はドリーム5号 |
| 伊達線 | 豊浦〜伊達紋別 | 1989年3月2日 | 現在廃止 |
| 空知線 | 岩見沢〜新札幌〜札幌 | 1989年3月2日 | 一部廃止 |
| 札樽高速線 | 札幌〜小樽 | 1989年3月2日 | |
| 名神高速線 | 名古屋〜京都 | 1990年10月27日 | |
| 仙秋ナイト | 長崎屋BC〜仙台駅東口 | 1990年12月15日 | 現在昼行便 |
1990年の終わり頃には私鉄の乗りつぶしの目途もつき(1991年12月29日、東海交通事業尾張星の宮駅
にて完乗)、次の目標をどうするかと考えたところ、まだ多分誰もやったことのないであろうJRバス完乗に
方針を決めることになりました。鉄道とは比較にならないくらい複雑な路線網を持ち、また改廃も激しく、
また資料も極めて少ないJRバスですので、調査及びその乗車には困難を極め、初めて国鉄バスに乗って
から15年後にようやく完乗の目途が立ちました(2002年3月9日完乗)。
1991年以降の乗車記録は2号車に用意しておりますのでご覧ください。