datafile01-20001222 国立市「大学通り」マンション訴訟

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東京高等裁判所第1民事部 平成12年12月22日決定送達
裁判官 江見 弘武(裁判長)、小島 浩、原 啓一郎

 

平成12年(ラ)第1328号 建築禁止仮処分申立却下決定に対する抗告事件

東京高裁決定の要旨


(原審・東京地方裁判所八王子支部平成12年(ヨ)第28号、107号

 主   文

1 本件各抗告をいずれも棄却する。

2 抗告審における変更後の抗告人らの各予備的申立てを却下する。

3 抗告費用は、抗告人らの負担とする。

理   由

第1 抗告の趣旨

1 原決定を取り消す。

2 (主位的)相手方らは、本件土地上に本件マンションを建築してはならない。

  (予備的)(当審において変更)相手方らは、本件土地上に建築中の本件マンションについて、高さ20メートルを超える部分を仮に撤去せよ。

第2 事案の概要

1  本件は、東京都国立市所在の本件土地に隣接する土地を所有して学校を経営している抗告人桐朋学園、同校に通学する抗告人ら7名及び本件土地に隣接し又はその近隣に土地を所有して居住する抗告人ら6名が、相手方らに対し、日照阻害、通風妨害、教室や校庭からの眺望阻害、プライバシー侵害、近隣の景観阻害等を理由に本件土地上への本件マンションの建築禁止(主位的)又は建築中の本件マンションのうち、高さ20メートルを超える部分の撤去(予備的。原審においては、高さ20メートルを超える部分の建築禁止を申し立てていたが、当審において、右のとおり変更した。)を求めて申し立てた仮処分事件である。

2  原審は、抗告人らの各申立てを却下した。

3  当裁判所も、主位的申立てについて原審の下した結論を維持し、当審における変更後の予備的申立てを却下すべきものと判断した。その理由の概要は、本件マンションは、本件建築物制限条例の施行(本件土地を含む中層住宅地区に建築する建築物の高さを20メートルに制限する旨の改正条例の施行のことである。以下同じ。)の時点において、現に建築の工事中といえる段階に至っておらず、その高さは同条例に違反するものの、これにより抗告人らの受ける日照阻害は、未だ、受忍限度を超えておらず、抗告人らが主張するその余の被害も、法律上、建築差止仮処分の被保全権利の根拠となるものではないか、受忍限度を超えるものではないというものである。

4  当裁判所の認定した事実関係等は、原決定の理由の「第3 当裁判所の判断」の一と同じであるから、これを引用する(ただし、一の「2 日照被害の状況等」のうち、原審の評価に係る部分を除外することとし、抗告人ら及び相手方らの指摘する誤りについては、結論に影響を与えるものではないので、本決定においては、個別に補正することはしない。また、原決定後、本件マンションのE棟において、高さ20メートルを超えて建築工事が行われていることは、当事者間に争いがない。)。

5  当審における争点は、左記のとおりである。

(1) 抗告人らが主張する環境、景観の阻害等が、法律上、建築工事差止めの仮処分における被保全権利の根拠となるか。

(2) 国立市の制定した本件建築物制限条例の効力

(3) 本件建築物制限条例の施行日である平成12年2月1日当時、本件土地上に、「現に建築の工事中の建物」(建築基準法3条2項参照)が存在したか。

(4) 本件マンションによる日照被害等が、抗告人らの受忍限度を超えるか。

第3 当裁判所の判断

1 争点1(抗告人らの主張する被害が、被保全権利の根拠となるか)について

 当裁判所は、日照阻害及びプライバシーの侵害については、これが受忍限度を超える場合には、建築差止めの仮処分を求める被保全権利の根拠となり得るけれども、当該地域の環境、景観の阻害等については、差止めの根拠とはなるものではないと判断する。その理由は、以下のとおりである。

(1) 環境、景観に関しては、いわゆる環境権を権利として認知すべき旨が提唱されて約30年になるが、爾来、それを私法上の権利として認知し、司法裁判所により保護されることを可能にする立法は、制定されていない。

(2) 抗告人らの所有(居住、通学する学校の所在を含む。)土地及び本件土地を含む当該地域は、原決定の認定するとおり、大正後期から昭和初期の建設当初から、教育施設を中心とした閑静な住宅地を目指して整備され、美観を損なうと考えられる建物の建築や、工場、風紀を乱す営業がされない状態が長年にわたって維持され、JR東日本線国立駅以南について、東京都文教地区条例に基づく文教地区の指定、国立市景観形成条例の施行、行政指導要綱による指導がされ、これらが右状態の維持に寄与してきた。

(3) 環境にしても、景観にしても、その中に居住して生活する住民の多数が長い間にわたって維持し、価値が高いものとして共通の認識の確立したものは.先に居住を開始した住民の単なる主観的な思い入れにとどまるものではなく、新たに住民となる者や関係地域において経済活動をする者においても十分に尊重すべきものである。しかして、これら環境や景観は、個々の住民の利益というよりは、時代及び世代を超える、地域社会全体の利益として、国や地方自治体において、その内容を明確にし、これを維持する根拠となる法令を定め、その行政を通じて維持されるべきものであって、私人間に偶発的に発生する紛争の解決を通じては、有効かつ適切に維持されるとは解されない。もとより、これを司法の過程を通じて維持することを可能にするかどうか及びその範囲を決定するのは立法政策の問題ではあるが、我が国においては、景観に関する利益、環境のいずれについても、裁判規範となる立法はされていない(国立市景観形成条例も、右にいう意味での裁判規範とは解されない。)。このことは、我が国においては、これを司法裁判所によって維持すべきものとする国民の需要が立法を促す程には強くないことを示すものである。

(4) 以上のとおり、当該地域の環境及び景観に対する住民の利益は、それのみでは、法律上、相手方らの本件マンションの建築を差し止める根拠(被保全権利の発生原因事実)とはなりえないと解すべきである。

(5) また、右に主張したところにかんがみれば、眺望の阻害、圧迫感、天空狭窄等についても、環境及び景観の阻害に準ずるものとして、それ自体独立しては被保全権利の根拠となり得るものではないというべきである(もとより、これらが、日照被害が受忍限度を超えるか否かの判断にあたっての考慮要素となり得ることは別論である。)。

2 争点2(本件建築物制限条例の効力)について

 当裁判所は、左記のとおり、相手方らの主張する理由によっては、本件建築物制限条例は何ら効力を否定されるものではないと判断する。

(1) 本件建築物制限条例の制定及び相手方らが本件マンションの建築確認を取得するに至るまでの経緯については、原決定の認定するとおりである。すなわち、平成5年、元の所有者であった東京海上は、本件土地上にあった計算センターを移転した後、6階建ての事務所ビルを建築しようと試み、用途地域の見直しを求めたものの、国立市の容れるところとならず、これを断念し、平成11年7月、相手方明和地所が本件土地を購入し、本件マンションの建築計画を実施に移し、東京都や国立市の条例に規定する手続を経て、平成12年1月5日建築確認を得たのであり、その直後、国立市は、本件土地について、高さ20メートルを超える建物の建築を禁止する旨本件建築物制限条例を改正し、同年2月1日から施行した。

  右のような事実の経緯については、相手方明和地所においては、本件土地の取得後、当時の法令の許容する範囲内で本件マンションの建築を計画したものの、高層建物の建築について、これにより日照被害を受ける者を含め、長年にわたって維持されてきた当該地域の景観の破壊を危倶した住民から強く抵抗を受け、国立市においても、建物の高さについて制限する旨条例を改正するに至ったのであり、相手方ら及び住民においては自らの利益を確保する行動をし、国立市においては、住民と当該地域のあるべき姿を維持するための行動として条例を改正したとみることができる。

(2)  相手方らは、国立市が相手方明和地所の本件マンションの建築計画を知った上で、これを阻止するために、いわば狙い撃ち的に本件建築物制限条例を制定したことを理由に、また、制定の手続等の故に、同条例が無効であると主張する。しかしながら、国立市議会における条例の制定手続の当否は、優れて政治的な問題として、裁判所が判断を控えるべき性質の事柄であり、制定手続の故に条例が無効とされることはない。

  また、右条例は、相手方明和地所の本件マンション建築計画に対して狙い撃ち的に制定されたとしても、その故に無効となることはない。国の法律、地方自治体の条例いずれであれ、生じ得る事態を想定して制定されるものではあるが、経済活動や犯罪が従前予想しなかった態様により行われるとともに、これらを規制するための立法が後追い的にされることは、常にあることで、異とすべきことではない。もとより、犯罪については、事後法により処罰されることはなく、民事立法については、既得権等従前の法体系を基礎にして開始された経済活動等をどの範囲で新法令の規制等の対象とするかが、当該法令において、あるいは裁判所の判断を通じて、調整されることはあり得る。民主主義国家における国及び地方自治体の法令制定権とはそのようなものであり、制定された法令は、その内容が、法律であれば憲法に、条例であれば憲法又は法律に、各違反するものでない限り、具体的な経済活動の規制の目的で制定され、又はその制定により従前可能であった経済活動が規制されることを理由に無効となることはない。

(3) 以上のとおり、本件建築物制限条例が無効であるとする相手方らの主張は、他に同条例の無効事由の主張もない以上、採用することができない。

3 争点3(本件建築物制限条例施行日である平成12年2月1日当時、本件土地上に、「現に建築の工事中の建築物」が存在したか)について

 当裁判所は、左記のとおり、本件建築物制限条例が施行された標記の日時当時、本件土地上には、「現に建築の工事中の建築物」(建築基準法3条2項参照)が存在していたと解することができず、したがって、本件マンションは、本件建築物制限条例に適合しない範囲すなわち高さ20メートルを超える範囲において、建築基準法に適合しない建物に当たると判断する。

(1) 相手方らは、平成12年1月5日の建築確認取得後、同日から土を掘る根切り工事を開始し、同月26日からは右工事によって掘削された部分の崩れを防止する山留め工事を並行して行っており(原決定)、その他の疎明資料によっても、同年2月1日においても同様の工事をし、これらの工事のための機械等は本件土地に搬入されて稼働していたと認められるものの、工程表上も、基礎、地下躯体工事は同月中旬に着工する予定であり、本件マンションを建築するための基礎杭を設置するための機械が搬入されていることを認めるに足りる疎明はなく、本件土地以外の場所において、建築資材の加工等が開始されたり、これに費用を費やしたりしたことを窺わせるに足りる事情の主張及びこれを裏付ける疎明はない。

 また、相手方らにおいても、標記日時当時、複数の建物からなる本件マンションの工事が基礎杭を設置することを予定しない部分(相手方らは、基礎杭の設置を要しない部分と主張するが、結論を左右しない。)の土の掘削工事を実施していたことは認めている。

(2) 建築基準法3条2項は、「条例の施行の際現に建築の工事中の建築物がこれらの規定に適合せず、又はこれらの規定に適合しない部分を有する場合においては、当該建築物又は建築物の部分に対しては、当該規定は、適用しない。」と規定する。同条項の趣旨は、建築確認を受けて建築した建物であっても、後に法令の改正等により同法7条3項の検査済証の交付が受けられない事態がありうることを当然の前提としながら、建物の建築が一般に高額の費用と相応の準備及び期間を要して完成に至るものであることにかんがみ、3条2項に該当する場合には、結果的に同法の規制に適合しないこととなっても、建築を許容することとするにあると解せられる。これにより、新たな規制によって法が実現しようとした目的は一部達成されないこととなるが、一方、建築主にとっては、法に適合するとの判断を受けて建築エ事を開始したにもかかわらず、完成時には法に適合しないとされることによる予期しない損失を避けることができる。

 このような建築主の既得権の保護と新たな規制の目的の達成との調整を図る同条項の趣旨及び文言にかんがみると、「現に建築の工事中」であるといい得るためには、建築請負契約の締結や建築の材料、機械の敷地への搬入をし、敷地の掘削等敷地に改変を加えるだけでは足りず、建築物の躯体中の基礎を除いた部分の工事に至っていることまでは要しないものの、敷地において、地中であれ、地上であれ、計画された建築物の基礎又はこれを支える杭等の人工の構造物を設置する工事が開始され、外部から認識できる程度に継続して実施されていることを要すると解するのが相当である。

(3) 本件においては、前記のとおり、標記の日時当時、杭打ち、基礎又は地下躯体工事に着手しておらず、建築物の基礎又は地下室部分を築造するために、地盤面以下の土を掘削して所要の空間を設ける根切り工事が実施されていたのである。同工事は、整地工事とは異なり、建築物の建築を前提とすることは明らかであるが、その施工対象は地盤の土壌であり、この段階では、地盤上又は地下において、人工の構造物を設置する工事に着手していたと認めることはできない。

(4) 右によれば、相手方らの実施していた前記認定の作業の段階は、建築基準法三条二項にいう「現に建築の工事中」であったと認めることはできず、本件マンションは、その高さの点において本件建築制限条例に違反しており、建築基準法に適合しない建物に当たる。

4 争点4(本件マンションによる日照被害等が、抗告人らの受忍限度を超えるか)について

 当裁判所は、本件マンションが高さ20メートルを超える範囲で違法建築物に当たり、また、後記のように、相手方ら側の不利益も必ずしも明確でない等の事情があるものの、抗告人らの被保全権利の存否については、本件マンションによる日照被害等が、抗告人らの受忍限度を超える程度に至っているとの疎明はなく、抗告人らによる仮処分命令の申立ては却下すべきものと判断する。

(1) 当裁判所は、抗告人らの本件マンションによる日照阻害の被害については、一部変更するほかは、原決定の判示するとおりであると認定、判断する。

 抗告人らの日照被害は、本件マンションの建築差止めの被保全権利の根拠となり得る。また、発育期にある児童生徒にとつて、校庭が教室同様に大きな役割を果たしていることは、抗告人ら代理人の主張するとおりである。しかし、その被害の内容及び程度は、総じていえば、日影時間も比較的少ないなど、大きなものとはいえない。

(2) 相手方明和地所は、平成11年7月、本件土地を東京海上から購入して本件マンションの建築を計画したもので、右計画の具体化とともに、国立市において本件建築物制限条例を改正する動きを生じ、最終的には本件マンションの高さ20メートルを超える部分は建築基準法に適合しないこととなったものの、それ以下の部分を建築するについては、同法上の違法はない。

 相手方明和地所は、本件土地を購入するに当たり、同所に高層マンションを建築するとすれば、住民の強い抵抗を受けることは十分知っていたか、又はこれを予想しながら、敢えてこれを取得し、本件マンションの建築を進めた。方法や行動自体に異論があり得るとしても、当該地域においては、これまで、景観等の地域の住環境の保全のために住民が熱意をもって活動してきた実績があることは公知の事実に属し、東京海上が本件土地の再利用を断念した経緯があることも知っていたと推認される、

 相手方明和地所は、右経緯の下で本件土地を取得し、本件の申立てがされた以上、原審における審理の当初から、本件土地の取得価格、差止めを認容されることにより被る恐れのある損害等について事実を把握し、保全処分が認容される場合の危険について検討していた筈であり、それにもかかわらず、原審においては、具体的な主張及び疎明をせず、抗告審の審問を終える間際になり、仮処分申立てが認容された場合の不利益について明らかにした。当該地域と本件の経緯にかんがみ、抗告人らの仮処分申立ては容易に予想された事態であるにもかかわらず、既にした出費等の事実を明らかにしない応訴態度は、誠実なものとはいえない。

 もっとも、本件においては、前記のとおり、本件マンションは、高さの点において、建築基準法に適合しないと判断される以上、20メートルを超える部分の住戸が販売できないことに伴う売上げの減少は本件申立てが認容されることに伴う不利益に当たらず、右の点についての具体的な数額を論ずる必要はなくなった。

(3)  以上のとおり、相手方らの建築を予定する本件マンションのうち高さ20メートル以下の建築を禁止することを正当ならしめるだけの被害は認めることができず、一方、本件マンションは、高さ20メートルを超える部分について建築基準法に適合しないが、抗告人らは、前記認定の内容、程度の日照阻害の被害を受けるにとどまり、本件マンションのうち高さ20メートルを超える部分が違法建築であることを考慮しても、なお、抗告人らについて、私法上の権利として、本件マンションの高さ20メートルを超える部分の建築差止めを求め得るだけの、受忍限度を超える日照被害があると認めることはできない。

(4)  抗告人らは、本件マンションからとりわけ小学校の教室の内部が真正面から見えることが、生徒である抗告人らのプライバシーを侵害すると主張する。そして、建築物によるプライバシーの侵害が受忍限度を超える場合、当該建築物の差止めを求める根拠となり得ることは、前記判示のとおりである。しかし、教室の内部は、学校教育の場であって、私生活の場ではないから、仮に本件マンションから教室の内部が見えたとしても、法的な意味でのプライバシーを侵害するものではないことは明らかである。のみならず、本件マンションの開口部と小学校校舎とは、最も近いところでも約121メートル離れていることが疎明され、肉眼で見た場合に、右開口部から教室の内部の様子を具体的に認識することは困難というべきである、したがって、いずれにせよ、本件マンションが、桐朋学園の生徒たる抗告人らのプライバシーを、受忍限度を超えて侵害するということはできない。