まちづくりデザインワークス


       

都市計画が未完であれば、違反建築にはならない理屈だが・・・・

 神楽坂通りと大久保通りの交差点から

  東京の都市計画道路というものは、未完成が当たり前である。いつできるかなんてことは誰にもわからない。
 だから、この建築中の超高層マンションも、建て替えの際に同じ大きさのものが建てられるかどうかは、ある種の「かけ」であるといえよう。なにせ、道路が完成すれば、現在の敷地面積の約1/4が道路に取られるので、計画建物は法定容積率(500%)を150%も超過する既存不適格建築物になってしまうのだ。
 もっとも、「かけ」とは言っても、定期借地権付分譲なので、住宅を購入する方は、建て替えを考えなくても良い理屈である。結局、貧乏くじを引くのは、巨大な建物に圧迫される周辺の住民なのだ。
 それにしても、こういうのを「計画」というのだろうか・・・  

路地沿いには料亭や旅館が・・

神楽坂らしいところが、超高層ビルの真下に!

 

  • 計画地には、もともと、9世紀前半に創建された行元寺(ぎょうがんじ)という大きなお寺があったそうで、江戸後期には寺が境内を町屋として年季貸しするようになり、その一部が遊行の地となって、料亭や待合、置屋などが密集する神楽坂の花街ができていったのだという。
  • 古地図を見ると、これらの路地は200年以上にわたって現在の位置にあって利用されていたことがわかる。

超高層を見上げるようになる「直下」の路地裏

 

  • こうした雰囲気を残したいと思うのは、ここに住む住民の総意じゃないかしらと、よそ者の私も思うのだが、経過を調べて奇妙なのは、行政のやり方である。
  • 開発業者が巨大な建物を計画している一方で、都市計画法・建築基準法が役に立たないのがわかっているにもかかわらず、計画地内にあった特別区道(路地)の廃止・付け替えを建築条件なしで認めてしまうのだ。条件を付けられないくらいなら、せめて細街路のパターンを現状で維持してれば、超高層ビルは建たなかったのに・・・・。

本多横丁から 真正面に建築中のところ

まちづくりの先進地域が、いま流行の「都市再生」?

 

  • そもそも、ここは住民によるまちづくり活動が先駆的に行われてきた地区で、1991年に「まちづくり会」が結成され、1994年の「まちづくり憲章」の策定に続いて、1997年には国庫補助事業である「街なみ環境整備事業」を導入。計画地を含む神楽坂通りに沿った商店街とその裏の路地、全体で約14haの区域は、建設大臣の承認を受けた地区整備方針の策定地域である。
  • 「料亭街や寺社などの歴史的な資源や、人間的な尺度(ヒューマンスケール)の街並みを大切にし、より良い街並みを形成していく」等を基本方針にして、「現在の神楽坂の雰囲気を生かしながら、住宅地の防災性に配慮して、オープンスペースや通路の整備を行い、歩行者のネットワークをつくる」というのだから、巨大なマンション計画は地域にとって無用のものだった。


 

神楽坂通りの向かいの建物から

責任の所在は? いったい誰が悪いのか?

 

  • ところが、計画が明らかになると、お役所の腰は引けてしまう。路地の廃止と付け替えは同じ面積で交換すれば道路管理者の責任はOK。その後の建築計画は別の話というわけだ。
  • 神楽坂通り沿いは、道路から一定の斜線内に建物の高さをおさめるように、おおむね6階建てを限度とするといった内容の「まちづくり協定」が住民によって締結され、区長も承認しているが、計画地はわずかにはずれている。
    それで、計画は建築基準法にも適合しているから都市計画当局の責任はOK。という具合だ。
  • 議会は議会で、先に計画地内の路地(特別区道)の廃止を可決(決定)してしまった。それで、住民の反発が強いので、開発業者と住民との話し合いを求める陳情とか、業者に対する区の指導を求める陳情とか、地区計画の早期策定を求める陳情が出れば、それらを採択している。
  • こういうふうに、それぞれ縦割りながら一所(まさしく一つのところだけで)懸命にやっているのだが、結局のところ、問題をバラバラに分解して対応したために、責任の所在が曖昧なまま事態の進行を許したことは間違いない。

この2倍の高さに・・・ 白銀公園方面から

バラ立ちする超高層ビルって、いったい・・・

 

  • そのうえ都市計画道路が完成すれば、工事中の建物は既存不適格となる。いっそ、裏路地のような細街路を整理し、全ての街区が大きな道路に面するようにして、スーパーブロックの超高層ビルが立ち並ぶまちづくりをするんだといえば、方針は明確と言うべきだが、実際は、既定の都市計画道路だって整備する責任は曖昧だ。
  • 開発業者だって、今の超高層住宅人気がいつまで続くものやらわからない。わからないが、当面の対応に手一杯で、先のことなど考えてられないというのが本音だろう。
  • こうして、結局のところ、「まちづくり」という計画行為に責任を持つ行政当局は不在のようにみえる。本来は権限を行使しなくちゃいけない立場の責任者が、縦割りに安住して、易きに流れ、目先のことだけやって精一杯やったと自分自身を納得させてるみたいだ。
    そのくせ、中央政府からは、改革の方向を示せない代用品として、なにやら事態を打開しリードしていくかのようなイメージだけが発信され、その結果、意味不明の「都市再生」が一人歩きしていくのである(2002.4.2)


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