宗谷岬燈台
冬の宗谷岬燈台夏の宗谷岬燈台

みなさんご存じの、日本の最北端に位置する燈台です。二十歳の誕生日に初めて訪れました。
厳寒の吹雪の中を、やっとたどり着いた最北の地。想い出深い燈台です。
右はその10数年あとに再訪したときのもの。穏やかでしたがサハリンは見えず…。

宗谷海峡に向かって、航海の安全を支えています。


稚内燈台 (野寒布岬)
稚内燈台
稚内市街の北端・ノシャップ岬に位置し、宗谷岬と同様宗谷海峡に臨む燈台です。
利尻島・礼文島への航路ではおなじみの燈台です。
燈台の根元にはノシャップ寒流水族館があります。
ここノシャップ岬で食べたウニ丼は、今までで一番印象に残るものでした。

燈台は通常昼間も遠くから視認しやすいように白に塗られていますが、雪国の燈台を
はじめ立地条件によっては、このように赤白または黒白の横縞に塗り分けられた燈台
が見受けられます。
特にこの稚内燈台は、出雲日御碕の44mに次ぐ43mと国内2番目の高さを誇る
長身だけによけいに目立ちます。


能取岬燈台能取岬燈台

網走市街から約20分。美岬牧場の先にあります。
冬には沖合いをびっしりと流氷が埋め尽くします。


相泊港南防波堤燈台
相泊港南防波堤燈台
知床半島を、羅臼側から道道87号線で進むと最奥に位置するのが
ここ相泊です。これより奥は国立公園の特別保護区域となり、漁業
関係者か、特別許可が無いと立入れません。



知円別港東防波堤燈台
知円別港東防波堤灯台
知床半島南岸の中程にある、漁港の燈台です。
目前には国後島が望めます。


オッカバケ港東防波堤燈台
オッカバケ港東防波堤燈台
この燈台も知床半島の羅臼側(南側)にある小さな漁港燈台です。


羅臼燈台羅臼燈台

羅臼市街から少し離れた高台にある燈台です。
すぐ目の前には、国後島が横たわっています。



野付埼燈台野付埼燈台

野付半島の先端、トドワラの近くにあります。
間近に国後島を望めます。


納沙布岬燈台納沙布岬燈台

現在行くことのできる日本最東端の燈台です。
すぐ目の前には、色丹・歯舞の島々が見え国境という
現実が横たわっています。
訪ねたときにはソビエト連邦でしたが、ロシアとなった
現在でも状況は変わっていません。
沖合を南に向かって流氷が流れていく様が印象的でした。

手前に立っているのは、霧笛です。
北海道や東北地方など霧の発生が多い所では必ず併設されています。


落石岬燈台落石岬燈台

200万カンデラという、我が国でもっとも光度の大きな燈台の一つです。



湯沸岬燈台湯沸岬燈台

霧多布湿原のある浜中町にあり、一般的には霧多布岬と呼ばれる
岬の先端にある燈台です。



襟裳岬燈台襟裳岬燈台

観光地として超有名な岬ですね。
日高山脈の脊梁が太平洋に没するところで、沖合い7kmに渡って
岩礁が続いています。


チキウ岬燈台チキウ岬燈台

現在室蘭市街からはすぐ、住宅街の中を行くといきなり大展望が広がる
という燈台です。



増毛燈台増毛燈台

JR増毛駅のすぐ裏にあり、歩いて数分の燈台です。



雄冬港北防波堤燈台
雄冬港北防波堤燈台


幌燈台幌燈台

数年前までは雄冬を抜ける国道が完成しておらず最果てに近い土地柄の
所にある燈台です。



厚田港西防波堤燈台
厚田港西防波堤燈台
石狩湾の北端にある小さな漁港灯台です。


石狩燈台石狩燈台

現在石狩湾のほぼ中心、石狩川の河口に立つ燈台です。
珍しい鉄製燈台です。


日和山燈台日和山燈台

小樽市郊外、祝津にあり小樽港入港の目印となる燈台です。
すぐ目の前には、石狩湾が広がり遠く雄冬海岸を望みます。



大間埼燈台大間埼燈台


本州最北端の燈台です。正確には沖合の弁天島に建っており、間近には訪ねることができません。
対岸は北海道の汐首岬で、津軽海峡を挟んでわずか17.5kmの距離。北海道の最南端白神岬よりも約13km北に位置します。

海峡を吹き抜ける強風の中、じっと風に耐えるカモメが、、。
(アジサシではないかとの声もありますが、鳥のことはわからないのでご存じの方がありましたらご指摘願います。)

尻屋埼燈台
尻屋埼燈台
下北半島の東北端に位置し、津軽海峡と太平洋を仕切る
ところです。
沖合1600mに暗礁があり、昔から難所として知られて
います。
暗礁を照らす照射灯が設けられています。
明治9年10月初点灯、当時は石油灯でしたが、明治34年
に日本初の電気式燈台となりました。
現在の光度は200万カンデラで日本最大です。

大間埼より南に位置しますが、こちらの方が本州の端っこ
という雰囲気があり、「本州最涯地」と呼んでいます。
広々としており開放感のある岬です。
岬周辺には馬が放牧され、寒立馬と呼ばれています。

この燈台は、光波・音波・電波による総合的な航路標識と
して機能し総合燈台と呼ばれています。
霧が多いため本格的な霧笛が設置された最初の燈台でも
あります。
自動化(遠隔操作化)された燈台が多い中で、職員の勤務
する燈台です。


野辺地常夜燈 (浜町の常夜燈)野辺地湊・常夜燈

現役ではありませんが、燈台の大先輩として保存されています。
文政10年(1827)に野辺地の廻船問屋によって建てられて、
野辺地湊に出入りする船の安全を支えてきました。
野辺地町の指定史跡となっています。


鳥居埼燈台
鳥居埼燈台

青森県深浦町の風合瀬(かそせ)にある燈台です。
逆光で写真では分かりづらいのですが、赤白の横縞に塗られています。
塔高が10m、海面から燈火まで27mあります。

五能線の大戸瀬−風合瀬間の列車車中から撮影しましたので、
ちゃんと訪ねたわけではありません・・。
眺めた燈台、と言ったところでしょうか。



大須埼燈台
大須埼燈台大須埼燈台への道標

宮城県・雄勝町にある燈台です。
南三陸海岸に位置し、眼下に太平洋が広がり、南に目を転ずる
と金華山を望みます。

漁村内の狭い道を辿って行くと、燈台への道標がありました。
さらに細い道を登ってゆくと燈台のある高台にでました。灯高
が50mあります。

地元産の雄勝石の敷石などで周囲がきれいに整備されているの
が写真からも窺えます。


白銀埼燈台
白銀埼燈台
上記の大須埼燈台の南約3キロ南に位置し、雄勝湾の入り口の岬に立っています。
燈台への道は、最後が狭く両側が斜面(崖?)になって、木が繁っているものの眼下には海面が
見え隠れします。
灯高は38mあります。初点は昭和32年12月です。


女川港防波堤燈台
女川港防波堤燈台

女川港の入り口に位置します。右手が港、左手が外洋になります。
上が女川港南防波堤燈台(白塔:緑光)。手前が女川港北防波堤燈台(赤塔:赤光)です。


塩屋埼燈台
塩屋埼燈台

小名浜港の北東、福島県浜通りに位置します。
元は煉瓦造りの燈台でしたが、昭和13年の地震で倒壊し2年後に再築されました。



犬吠埼燈台
犬吠埼燈台

言わずと知れた犬吠埼灯台です。関東平野の東端に位置します。
煉瓦造りの燈台で、日本一高い煉瓦建造物です。
現在は外側に耐震補強工事を施されていますが、その優美なスタイルを
保つように工事が行われました。



飯岡燈台
飯岡燈台

犬吠埼灯台から九十九里方面に約10km。
屏風ヶ浦の刑部岬の断崖上に建っています。
ここから南西方向に九十九里浜が広がっています。



太東埼燈台

九十九里浜を南に下り、これから岩礁が続く断崖の上にあり、海蝕で以前よりも100m下がって建て直されました。
夷隅川の河口の北側に位置します。

この写真を撮ったすぐ後ろは太平洋に落ち込む絶壁です。


勝浦燈台
勝浦燈台

房総半島の東側に連なる燈台のひとつです。



観音埼燈台
観音埼燈台

明治の開国時に設置が決まった洋式灯台の中のひとつです。
初点が、明治2年1月1日と歴史を誇ります。
度重なる地震でニ度も倒壊し、現在の燈塔は三代目です。



海獺島燈台
海獺島燈台

久里浜港の港口からすぐの所に立つ燈台です。


久里浜内防波堤燈台
久里浜内防波堤燈台

久里浜港の港口に立つ燈台です。
現在、一時業務休止中です


禄剛埼燈台禄剛埼燈台

能登半島の最先端、狼煙(のろし)に位置しています。
条件がよいと佐渡が見えます。

明治16年に建造された石造り燈台です。

20年程前の2月に訪ねましたが、真冬とは思えぬポカポカ陽気で、汗をかきかき
Tシャツ1枚で海岸沿いの遊歩道を歩きながら、訪ねた想い出があります。


清水燈台清水燈台

静岡県の景勝地、清水市・三保の松原に位置しています。
駿河湾の清水港の入り口を知らしめています。

明治45年3月1日に初点灯しました。
日本でいちばん最初の鉄筋コンクリート造りの燈台です。
細身の八角形でスマートな姿です。
すぐ後ろにはホテルがあり、訪ねたときは夕涼みや花火をする人たちで賑やかでした。



御前埼燈台御前埼燈台

意外かもしれませんが、静岡県の最南端に位置しています。
遠州灘に突きだしており、伊豆半島の石廊埼燈台の方が北になります。

明治7年5月に英国人技師ブラントンの設計で建てられ点灯しました。
江戸時代に幕府が灯明堂を建てたのが始まりで、当時の灯明堂が復元
されています。

この燈台は見学ができ、登ることができます。

もともとは1等フレネル式レンズを備えていましたが、戦争で空襲を
受け破損したため現在は3等大型レンズを備えています。
塔身に対して灯ろう部分が大きいのがその名残です。

掛塚燈台掛塚燈台

遠州灘のほぼ中央、天竜川の河口東側に位置しています。

明治13年5月に私設燈台として設置され、明治31年3月に官設燈台として建てられました。


舞阪燈台

遠州灘に面し、浜名湖の河口(?)東側に位置します。

建てられたのは比較的遅く、昭和39年4月に点灯しました。

すぐ南側の海岸との間には、国道1号線浜名バイパスが通っています。
市街地に近いため、灯塔が高くて光度も大きな燈台です。



伊良湖岬燈台
伊良湖岬燈台
愛知県・渥美半島の先端、伊勢湾の入り口東側に位置する重要な燈台です。
沖合いには三島由紀夫の小説「潮騒」の舞台、神島が見えています。

平成14年3月に改築され、波に洗われていた基礎部分が強化されました。
灯塔自体はそのまま再利用されています。


旧 品川燈台旧 品川燈台

江戸時代末期に緊急性の高い燈台として幕府が建設を決めた4ヶ所のうちの一つです。(他に観音埼・野島埼・城ヶ島)
維新によって一時工事が中断したものの、明治政府に引き継がれて明治3年3月に、我が国3番目の洋式灯台として
点灯しました。
フランス人技師ウェルニーによって建てられた煉瓦式灯台でしたが、関東大震災で他の3ヶ所が倒壊してしまい、現存し
ているのはこの品川燈台だけです。

明治初期に建てられた数少ないフランス式の燈台で、大変貴重なものです。
現在は
明治村に移築保存され、国の重要文化財に指定されています。



明治村にはこのほかに燈台関連施設として、
菅島燈台の付属官舎(国指定重要文化財)が保存されています。



旧 小那沙美島燈台旧 小那沙美島燈台

広島湾内の小那沙美島に明治37年に設けられた鉄製の組立式燈台。

明治も20年を過ぎると日清戦争などで海運が大幅に増大し、各地に
大規模な灯台が多く建設されましたが、瀬戸内海などでも小規模な
燈台の建設が進められてゆきました。
その当時の現存する貴重な燈台で、改築の際
明治村に移転保存されました。



安乗埼燈台
安乗埼燈台
志摩半島にあり、国の重要無形民俗文化財の安乗文楽で有名なところです。
狭い町並みを抜けて行くと、その先に草原が開けて突端に建っています。
燈台の手前には「安乗埼灯台資料館」があります。

この燈台の歴史も古く、的矢湾の入り口に位置するところから烽火台が
設けられていたぐらいで、明治6年4月に木造の洋式燈台として建てられました。
昭和23年に鉄筋コンクリート式に建て替えられ、当時では珍しい四角形の灯塔となりました。
フレネル式多面閃光レンズを用いた我が国最初の燈台です。

今年4月から一般公開が始まり、登れる燈台の仲間入りを果たしました。

旧安乗埼燈台
昭和23年の建て替えの際に現存する日本最古の木造式燈台ということで、
旧木造燈台は横浜に移築されましたが、現在は「船の科学館」
(東京)に再度移築となり保存されています。


大王埼燈台
大王埼燈台
志摩半島の南東端にあり、熊野灘と遠州灘を分けるように建っています。
沖には大王岩と呼ばれる岩礁があり、幾度も遭難の舞台となっていたにも
かかわらず、燈台が設置されたのは遅く、昭和2年10月です。

この燈台は見学が可能で、登ることができます。

日本でも数少ない職員の勤務する燈台でしたが、平成16年4月1日より
無人化されました。



麦埼燈台
麦埼燈台

大王崎をさらに西へ進むと次の燈台が麦埼となります。
立てられたのは昭和50年12月と遅いのですが、沖合いの小島と志摩半島の
間の布施田水道を抜ける漁船や小型船の道標となる燈台です。

片田港南防波堤燈台
片田港南防波堤燈台
麦埼燈台を西側に回り込んだところに片田漁港があります。




樫野埼燈台
樫野埼燈台

串本の街の向かいに位置する、大島の東端にあり日本最古の石造燈台です。
日本で最初に設置することが決められた十カ所の燈台の一つで、明治3年初点灯です。
沖合は岩礁となっており、今でも海の難所として知られています。
明治23年には沖の岩礁でトルコの軍艦エルトゥールル号が難破し、多くの犠牲者がでました。
その遭難記念碑と、総出で救助に当たった島民との交流が縁で「トルコ記念館」が設けられています。
現在でも、来日したトルコ海軍の艦船は必ず寄港しており、その際にはトルコ軍楽隊の演奏が行われているそうです。

現在は無人で、潮岬燈台から無線監視装置を使って稼働状況を常時監視しています。




潮岬燈台
潮岬燈台
いわずと知れた本州最南端の燈台です。
気象通報などでおなじみで、観光地としても知られており
一般公開されているため、訪れる人が多い燈台です。
日本の近代燈台を建てた英国人技師ブラントンの設計で 
明治6年初点灯。日本初の洋式木造燈台でした。
現存の燈台は二代目で、明治11年に石造りへ改築されたものです。


袋港第2号導燈
袋港第2号導灯(後灯) 袋港第2号導灯(前灯)

左:後灯 民家の敷地に取り込まれ(?)物置と一緒に立っています。すぐ後ろはJR紀勢本線。 右:前灯は約20m南側の国道42号線をはさんだ海岸に。

潮岬を西に回りこんだ串本市街西側の袋港(漁港)にある導燈です。燈台ではありませんが立派な航路標識です。
波打ち際の前灯と国道を挟んだ民家横の後灯の延長線上が、安全可航水路となります。岩礁等が多い水路での入港時の手助けとなります。
白矢印形頭標が珍しいですね。灯火は不動赤光、つまり赤い灯火が点きっぱなしです。ちなみに第1号導燈は不動緑光です。



江須埼燈台
江須埼灯台
和歌山県すさみ町にあり、全島が亜熱帯植物の原生林で国の特別天然記念物となっている江須崎島に立っています。
周囲2kmの小さな島(島と言っても陸続きになっています。)ですが、島内には遊歩道があり亜熱帯植物でジャングル
みたいになっています。

周辺は熊野枯木灘県立自然公園に指定され、島の手前の江須崎半島には「日本童謡の園」があります。


燈台は昭和36年3月初灯で、約20mほどの断崖上に立っています。(水面から灯火までは32.6mの高さ)
鼓形をした総タイル貼りの燈台です。周囲が崖と樹木で囲まれており、灯火の部分が写りませんでした。
太平洋岸にある燈台ってなかなか順光での写真が撮りにくいですね。


紀伊日ノ御埼燈台
紀伊日ノ御埼燈台
和歌山県の最西端、紀伊水道の入り口に当たる場所にある燈台です。
岬一帯は「日の岬パーク」として整備されており、国民宿舎やアメリカ村
資料館などがあります。
標高が130mほどあり太平洋の大海原を思う存分眺めることが出来ます。

明治28年に鉄造燈台として建設されましたが、太平洋戦争で焼失して、
昭和26年7月に再築されました。その際大型燈台としては初めてタイル
張りとなり、写真のように太陽光を受けて一段と光り輝いています。
後に建っている鉄塔は「レマークビーコン」という電波の燈台です。
船のレーダー画像に燈台の位置を映し出すように電波を出しています。

小学校の時に初めて訪れた燈台で、30数年ぶりに訪ねました。
昭和52年4月からは無人化されて自動制御でされています。


美川燈台
美川燈台
この燈台は訪れたのではなく、横を通過しただけ・・ 。
写真でもおわかりのように、北陸自動車道のすぐ横に立っています。
白山山系を源とする手取川の河口の北側、美川町の海岸に位置しています。
岬ではなく砂浜の続く海岸に立っています。

何回も横を通っていながら、いつもカメラの用意が出来ていませんでした。
やっと走行中の車から撮影に成功した・・(危ないですね)写真です。



加佐岬燈台
加佐岬燈台
岬の先端から見上げる加佐岬燈台

越前加賀海岸国定公園の景勝地、加佐岬の高台に建っています。
すぐ北側にある加賀市・橋立は江戸時代から北前船の寄港地として栄えていました。
しかし燈台がこの地に設置されたのは、はるか後の昭和27年5月2日で、現在の燈台は昭和56年に改築されたものです。

岬の先端からは加賀海岸の特徴的な、軽石質砂岩の海蝕崖が眺められ、海岸沿いに中部北陸自然歩道が、黒崎・片野・塩屋へと続いています。
燈台周辺の松林には、キジ・ウグイスなどの野鳥が多く生息しています。

初めて訪れたときは、冬の日本海の烈風で20m下の海中へ吹き飛ばされそうで、吹き上がる波しぶきで塩まみれになりました。


越前岬燈台旧越前岬燈台

越前海岸の高台に建っています。
以前は海岸沿いの国道から、山道みたいなところを歩いて上りましたが、
現在は整備されて「越前岬水仙ランド」になっており、車で簡単に行くこと
が出来ます。
17時で車道が閉鎖されるので、夕陽を眺めに行くのは昔どおり歩いて行く
ことになります
周辺は水仙の名所で1月下旬から2月にかけてきれいに咲きそろいます。

平成20年11月21日に改築され、25mほど後退した所へ移動しています。


立石埼燈台
立石埼燈台
敦賀半島の先端にある、敦賀湾の入り口を示す重要な燈台です。
初点が明治14年という事からも、その重要度がわかります。
日本人だけの技術で建てられた、最初の洋式灯台です。


常神岬燈台
常神岬燈台
若狭湾内に細長く突き出た常神半島の先端にあります。
設置地点が標高約230mと高く、訪ねるのに山登り
をしなければなりません。

最近周囲の木が高くなってきて、灯光に支障するので伐採が行われたようです。




伊根港カンジャガハナ燈台
伊根・湾口燈台
舟屋で有名な、京都府・伊根町の伊根湾の港口に立つ燈台。
防波堤燈台と同じ役目を果たしており、小さくても立派な
航路標識としての役目を果たしています。

伊根湾は日本海側にありながら南向きに湾口が開き、しかも青島が
蓋をするように位置しているため、非常に波静かな漁港です。

写真の左手に写っているのが舟屋で、1階が船置き場と
なっており、海から直接船を家の中に引き上げられます。


経ヶ岬燈台
経ヶ岬燈台経ヶ岬燈台灯塔
丹後半島の北端、日本海に突きだした燈台です。明治31年12月初点灯。
現在、日本に六カ所しかない第一等フレネル式レンズを備えています。海面から燈火まで148mの高さがあります。

重いレンズを回転させる装置も、当時最新鋭の水銀槽式回転装置で、パリの万国博覧会に出品されたものを購入して設置されました。

現在は完全自動化されていますが、有人の時には立派な石造の官舎が建っていました。

燈台の見学は敷地内に限って可能です。建物内へは入れません。(もちろん灯塔へは登れません。)

三津港島堤燈台
京都府網野町・三津漁港の灯台
鳴き砂で有名な、京都府・網野町の三津漁港口に立つ燈台で、岩礁の上に建っています。
画面右手には防波堤があります。
ほんとに小さな漁港の燈台ですが、ちゃんと海の道標として帰港する漁船を導いています。




余部埼燈台

日本一標高の高いところに位置する燈台で有名です。
灯火まで284m。但馬御火浦海岸の伊笹岬にあります。




出島燈台
琵琶湖・出島燈台
船の往くところ燈台あり。
琵琶湖にある木造の小さな燈台です。
南湖と北湖を分ける最狭部にあり、明治8年に設置されました。

一時は廃灯同然となっていましたが、現在は修復され地元の方によって点灯されているようです。




旧堺燈台
旧堺燈台
安土桃山時代から海外に開かれた港として、発展してきた堺港口に立つ燈台でした。
明治10年9月15日に初点灯。住民の基金と堺県からの補助で立てられました。
建立時は旧堺港の防波堤の突端にあり、周囲は海に囲まれていました。

度重なる埋め立てと沿岸の工業地帯としての発展の影に隠れ、昭和43年に廃灯となりました。
建立時の木造洋式燈台の形態をよく残しており、昭和47年に国の史跡に指定されています。
移築されずに、当地に残る木造洋式燈台としては日本最古のものではないでしょうか。

阪神高速湾岸線の下にひっそりと立っており、ちょっと判りにくいところにあります。
大浜公園の西北にあり、公園の駐車場からは歩いて5分ほどです。

このたび少しでも元の姿に戻そうと、埋め立てられた周辺を海に戻す計画が発表されました。

その後平成13年から修復事業が始まり、文化財調査を行いながら解体され、元の形へと修復
され、平成19年に完成しました。


大関酒造今津燈台大関酒造今津燈台

大阪・神戸の中間、西宮市・今津湊に江戸時代に建てられた燈明台です。
今津と言えば灘五郷のひとつ酒造の地。
文化7年(1810)に、灘酒の樽廻船などの出入りと航海の安全の為に
酒造業を営む長部家の五代目長兵衛が私財で建てたものです。
安政5年(1858)に六代目文次郎が再建し、その後も代々その遺志を
ついで、長部家が燈明台の維持管理を務めてきました。
長部家(長部本店)は現在大関酒造となりましたが、その志は燈台の名前に
受け継がれています。

当時とは違い、埋め立ての為にかなり内陸に入りこんだ位置となってしまい
ましたが、すぐ近くにはヨットハーバーもある現役の燈台で、ちゃんと
「灯台表」にも記載されています。
昭和40年に修復され、西宮市の文化財に指定されています。


江埼燈台
江埼燈台

淡路島の北端、明石海峡を望む地に建てられた燈台です。
狭隘で潮流の早い明石海峡を見下ろすように建っています。
明治4年(1871)に、英国人技師ブラントンの設計で建てられた
わが国で8番目の近代化燈台です。

御影石で作られた燈台ですが、阪神淡路大震災で被害を受け、修復されています。
江埼燈台・非常灯
通航船舶量が多いだけに事故消灯に備えて非常用の
灯火が備えられています。
向こうには明石海峡大橋を望むことができます。


門埼燈台
門埼燈台

こちらは淡路島の南端、鳴門海峡に面する地に建てられた燈台です。
明石海峡よりもさらに狭隘で潮流の早い鳴門海峡を見下ろす地に建っています。
道の駅「うずしお」の中にあり、レストハウスの一部のような感じで、展望台
と間違われそうです。


鳴門海峡と鳴門海峡大橋
渦潮こそ見られませんでしたが、潮流が川のように
流れていくのが見られます。

対岸(徳島県側)には孫埼燈台があります。
海峡を行く船の左上に光っている灯火がそうです。


赤穂御埼燈台
赤穂御埼燈台
播州赤穂、瀬戸内海・播磨灘を見下ろす御崎に建ってます。
眼下には家島諸島が浮かび、右に目をやれば小豆島が目前です。



蒲生田岬燈台蒲生田岬燈台

四国の最東端にあり紀伊水道に臨む位置にあります。
6km沖の伊島との間の潮流が速いうえに、多くの岩礁があります。
燈光部分は小さく、光度も3500カンデラで光達距離は17.5海里です。

燈光部下の窓の中には、沖合いにある岩礁(シリカ碆)を照らし出す、
照射灯が併設されています。

燈台のある岬北側の砂浜はウミガメの産卵地になっており、地元の小学校が保護活動を行っています。

辿り着くのに、国道55号線から分かれた海岸沿いの狭い道を行かねばなりません。
右の柵の下は高さ40mの崖になっています。


佐喜浜港燈台佐喜浜港沖第2防波堤北灯台佐喜浜港導灯(前灯・後灯)

高知県室戸市の、室戸岬を回り込んだ東側にある
佐喜浜港の灯台です。

左の写真は、防波堤にある灯台です。
正式には、佐喜浜港沖第2防波堤北灯台。
港の入り口の右側に位置するため、灯光は緑光で
3秒毎に1閃光を発します。

右の写真は、導灯と呼ばれるものです。
港に進入する際に、手前の前灯と背後の後灯の光
が重なるように進路を取ると無事に入港できると
いうものです。
前灯は不動赤光、後灯は白光で明6秒暗2秒。

一つの港に赤白緑と3色の灯火が揃う、珍しい
例です。
ちなみに波長の違いで一番光達距離があるのが、白光で
13海里、赤光が9海里、緑光は6海里しかありません。



室戸岬燈台室戸岬燈台

いまさら説明する必要が無いくらい有名な燈台です。
四国の南東、太平洋に突き出たところに位置します。
台風とは切っても切れない関係の場所で、近くには測候所があります。
四国八十八ヵ所の札所、最御崎寺がすぐそばにあり、その先に燈台があります。

ご覧のように直径2.7mの第一等フレネル式レンズを備え、光達距離は30.5
海里。約56km先へ燈光を届けています。
以前は後(陸地側)に遮光板がありましたが、この燈台展望所からレンズがよく
見えるようにと撤去され、国内最大のフレネル式レンズが観察できるようになり
ました。

大形燈台では珍しい鉄造の灯塔です。
台風・戦争・地震と何度も被害に遭いながら100年以上航海の安全を支えています。


高知燈台
高知燈台
高知を代表する観光地・桂浜に立つ燈台です。同じ桂浜に立つ坂本竜馬像ほど有名ではありませんが、高知港に入港するのには
必要不可欠な燈台です。



佐田岬燈台
佐田岬燈台
四国最西端の佐田岬燈台です。
日本一長いといわれる佐田岬半島の先端、四国と九州間の豊予海峡にあります。



美保関燈台
美保関燈台
以前は地蔵埼灯台と呼ばれていましたが、昭和10年に改名されました。

現在は自動化されており、旧官舎が灯台ビュッフェとして利用されており、
簡単な食事が出来るほか燈台の資料や使われていた灯光器などが展示されています。




境港防波堤燈台
境港防波堤燈台
境港に入港する船に港の位置を知らせる燈台です。

灯高13m塔高14mの、等明暗白光 明3秒暗3秒
光達距離15海里(約28km)


境港指向燈
境港指向灯
境港に入港する船に航路を知らせる航路標識です。
一見燈台と見間違う赤白横線塔形の立派なものです。
塔高20m灯高18m。
白光で可航水路を示し、左右に外れると赤光・緑光で示します。

バックは境水道大橋です。長さ709m海面からの高さが40m。
ちょうど見えている部分の橋長が約434mあります。
昭和47年7月に完成。



出雲日御碕燈台出雲日御碕燈台

同じ読み名の「ひのみさき(日ノ御埼)」が和歌山にありますので、出雲「ひのみさき」と呼ばれています。
燈台の高さとしては日本一(44m)を誇る、立派な石造りの灯塔です。
海面上からだと燈火の中心まで63mと、さらに高さがあるので迫力満点です。
この燈台も公開されていますので、ぜひ上ってみてください。高所恐怖症の人は遠慮した方がいいかも。

この燈台も第一等のレンズを備えています。
明治36年4月初点灯。


長門伊瀬燈台
長門伊瀬燈台
山口県豊北町の角島へ架かる角島大橋の北側、本土と角島の間の海峡・海士ヶ瀬戸に位置します。


角島燈台
角島燈台と燈台記念館。
山口県の北西部、日本海に面する角島にある御影石造りで塔高30mの立派な燈台です。
明治9年3月初点の由緒ある燈台です。

見学が出来る燈台で、旧官舎が燈台記念館として公開されています。
もちろん灯塔に上ることが出来ます。


部埼燈台
周防灘に望む部埼燈台
関門海峡の東の入口九州側に位置する燈台です。
周防灘を望む高台にあります。
関門海峡を流れる潮流の向きと速さを船舶に知らせる、潮流信号所が併設されています。

設置が明治5年ととても歴史ある、そして重要な燈台です。



門司埼燈台
門司埼燈台
関門海峡の中ほど、関門海峡大橋の真下に位置する燈台です。




門司港燈台
門司港燈台
関門海峡に面する門司港の小さな燈台です。バックは対岸の下関の街並みです。
正式な名称は「門司西海岸五号防波堤燈台」といいます。
JR鹿児島本線・門司港駅にほど近い燈台です。

門司港駅周辺は、赤レンガの建物が多く残っており「門司港レトロ」として
最近整備が進み観光客の脚光を浴びています。
今注目を浴びている巌流島への観光船も発着しています。

周辺の環境に合わせて意匠された、デザイン燈台です。


関埼燈台
関埼燈台
関さば・関あじで有名な佐賀関にある、大分県最古の燈台です。
明治34年の設置で、2年前に出来た室戸岬燈台と同じ鉄造燈台です。

豊予海峡を挟んで四国の佐田岬燈台と相対しています。


豊後平瀬灯標
豊後平瀬灯標
佐賀関の沖合いにある孤立障害標識です。

群閃白光毎5秒に2閃光。


小黒港東防波堤燈台
小黒港東防波堤燈台
佐賀関半島の南側、小黒港の防波堤燈台です。
佐賀関名物、ブランド魚の関さば・関あじを水揚げする漁港でしょうか?

が、関埼燈台からの道はあまりお勧めできるものではありません。
目の前で小石が崩れ落ちる狭小路。がらがらとこぶし大の石が落ちるのを見た時は
引き返そうかと思いました。

佐賀関港西防波堤燈台
佐賀関港西防波堤燈台
四国と九州を結ぶフェリーが発着する佐賀関港の港口にある燈台です。

出航後の国道九四フェリー船上から眺めました。

鶴御埼燈台
鶴御埼燈台
設置は昭和56年と最近の新しい燈台です。(と言っても30年ほど前ですが)
戦中は陸軍の砲台などが設置され、要塞地帯でした。あちらこちらに望楼や砲台の
跡が残っており、燈台もその跡地に建っています。



元ノ間灯標
元ノ間灯標
佐伯湾の入り口にある大島と、鶴見半島との間の元ノ間海峡にある灯標です。
わずか600mほどの海峡ですが、佐伯湾と豊後水道との潮位差で流れが激しい
所です。

川のように流れっているのが見えます。




梶寄港北防波堤燈台
梶寄港北防波堤燈台
鶴御埼燈台のすぐ北側、大島との間の元ノ間海峡に面する梶寄漁港の燈台です。

後に見えるのが上掲の元ノ間灯標です。



佐多岬燈台 佐多岬燈台

九州最南端に位置します。
燈台は沖合にあり一般には行くことができません。
江戸時代末期に建設が計画された10カ所の燈台の一つですが
ご覧のような場所にあり難工事の末、明治4年に初点灯。
この燈台も英国人技師ブラントンの設計です。
現在の燈台は二代目です。


ここ佐多岬もそうですが、燈台は辺鄙なところにあるものが多く、
職員の方の維持管理のご苦労は大変だと思います。

佐多岬の電話ボックス
灯台の形をした電話ボックスです。九州最南端の電話ボックス?
中で今日の宿を探しているのがおっちゃん
結局、大隈半島の根占から薩摩半島の山川へフェリーで渡り、指宿温泉で
一泊となりました。

友人との九州最南端2人旅での1コマです。


 

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2007年7月16日 更新