旧堺燈台 戻る
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明治10年9月15日 |
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昭和43年 |
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11.9m |
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大阪府堺市堺区大浜北町5丁 |
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北緯:34度34分49秒 東経:135度27分42秒 |

度重なる埋め立てと沿岸の工業地帯としての発展の影に隠れ、昭和43年に廃灯となりました。
建立時の木造洋式燈台の形態をよく残しており、昭和47年に国の史跡に指定されています。
移築されずに、当地に残る木造洋式燈台としては日本最古のものではないでしょうか。
阪神高速湾岸線の下にひっそりと立っており、ちょっと判りにくいところにあります。
大浜公園の西北にあり、公園の駐車場からは歩いて5分ほどです。
このたび少しでも元の姿に戻そうと、埋め立てられた周辺を海に戻す計画が発表されました。
(平成12年 記)
その後、平成13年から保存修復事業が始まり、平成19年に完成。礎石部などが掘り出され、建立当時の姿に甦りました。
正確には明治中期頃の、灯ろう部分が八角形の姿を再現しています。
平成21年7月20日、「海の日」に因んだ催しで、内部の一般公開があるというので、数年振りに訪ねました。

後ろに大きく通っているのは、阪神高速・湾岸線。ちょうど大浜ランプの直下になります。
以前は護岸の中に立っていたのですが、埋め立てられた土砂を取り除き、当時の石組みが
掘り出されて、当時の姿に戻りました。


廃灯後の昭和45年に3階部分から出火し、半解体で修理を行っています。
今回の修復で、燈台自体も一度解体され、調査が行われた後に再度修復されました。
六角形の灯塔の6本の柱のうち2本が、下部の腐食等で新しい柱に交換されたそうです。
元の柱2本が灯塔内部に保存されています。

灯ろう部分です。
建立当時は丸かったようですが、何度かの改修で 形を変えているようです。
修復前(一番最初の写真)では、円形で丸ドームが載っていましたが、修復
時に明治後期の姿(八角形)に戻されました。
元の丸ドームは、堺市博物館に移設保存されています。
建立当時は、石油ランプ。その後の経過はわかりませんが、昭和初期に電化
されたようです。
発光ダイオードで緑光に光るそうですが、すでに廃灯となった燈台ですので
海側へは光が漏れないように、遮光幕が下ろされています。

沖合い数キロまでが埋め立てられ、完全に内陸部になってしまった様子が
よくわかります。

明治期の絵葉書に残る
旧堺燈台。
大浜燈台と呼ばれてい
たようです。
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