青春18きっぷのたび('99年8月7日〜8月9日)

 
青春18きっぷ。学生時代はだいぶお世話になった切符だ。全国のJRの普通・快速列車の普通車に乗り放題。5日間で11,500円という切符。春・夏・冬の学校の長期休業に合わせて発売される。
 郡山から東京都区内までの片道運賃が3,500円なのだから、2人で往復すればお釣りが来る! とはいえ、社会人になると分割しても5日間を旅に費やすことはなかなか難しいのが現実。まあ、元が取れれば5日分まるまる消化しなくとも良いのだけれど、そこは貧乏人の性。無駄にはしたくない。 それに、ある程度資金的に大人になった(?)せいもあって、鈍行だけの青春18きっぷの旅からは3年間遠ざかっていた。
 今回、そうした流れを打ち破ったのは臨時列車「リアス・シーライナー」の運転。仙台から八戸までを、気仙沼・三陸鉄道・釜石・宮古・三陸鉄道・久慈を経由して走る直通列車は今年で3年目の運転となるらしいが、「青春18持参で三陸鉄道半額」というチラシを見たこともあって、「これは乗りにいかねば・・」と相成った訳である。せっかく行くのだから、と連続3日間の休みを確保。八戸から先は「成り行き次第」というさすらいの要素も含めた真夏の一人旅がスタートしたのである。


・8月7日(土)
郡山6:11(1121M)8:24仙台(3921D〜9329D〜9215D〜9635D〜9117D〜452D 快速リアスシーライナー)18:30本八戸 [泊]

リアスシーライナーは満席!
 青春18きっぷを使う旅の朝は早い! まるまる一日使い放題の切符では、朝の時間帯を有効に使うのが鉄則である。即ち、必然的に早起きを迫られることになる。普段ならまだ夢の中(?)の5時すぎには起き出して荷物を詰めこむ。前日まで忙しかったとはいえ、当日の荷造りなんて我ながら苦笑する。旅慣れたというか、いい加減というか・・・(恐らく後者だろう)。こんな時は忘れ物に要注意!
 郡山発の下り一番列車は小牛田行き。夏休み中だが、高校生もぱらぱらと乗ってくる。宮城県に入った頃から眠気を覚え、しばし目を閉じる。昨日まで横浜へ出張だった疲れもあってか、気がついたら名取だった。目を覚まして車内見わたすと立ち客も多く混雑しており、さすがは東北一の都市仙台であると実感。

 ホームにある小さな七夕飾りも鮮やかな仙台からは、今回の旅のメインとなる「リアスシーライナー」に乗り換え。前から三陸鉄道の車両2両がリアスシーライナーで、その後ろに快速南三陸1号の編成3両を併結している。三陸鉄道の車両は白に赤と青のラインが入っている車両と車体にイラストがペインティングされている2両で、周囲の「お馴染み」JR車両の中ではひときわ目立っている。車内は、夏休みのしかも土曜日ということもあってか、家族連れを中心に満席。幸い指定席を確保していた私であるが、自由席では早くも立ち客が出ている模様だった。下り列車の仙台口でのみ指定席が設定されている理由も分かろうというものだ。

三陸沿線の「意気込み」を乗せて・・・
  私の席は5番A席。向いの席には女の子連れの女性(母親ではなさそう・・・何かの団体で引率をしている感じ)が座り、隣は幸いにして空席だった。正直言って、狭いボックスシートで4人がひしめくというのはかなり窮屈だ。空いてさえいれば足をのばせるなどゆったりできるのだが、もはや長距離列車でのボックスシートは完全なる「時代遅れ」の感がする。私見を言えば、2人で1ボックス、できればグループ客が使用する、という形態であれば十分使えると思うのだが、そうすると今度は採算が合わないんだろうな。「青春18」といえば、ボックスシートどころか車両いっぱいにすし詰めで一夜を過ごした「大垣夜行」なんて、今は昔。
気動車、しかも三陸鉄道の車両、ということで暖房車を覚悟していたが、幸いにして冷房付きの車両だ。マガジンラックには「リアスシーライナー」のパンフレットをはじめ、沿線市町村の案内パンフが置いてある。そう、これは三陸鉄道沿線をあげての「看板列車」であり「観光列車」なのである。車内を見れば「三陸鉄道」の腕章をした乗務員が乗務している。JRの運転士と車掌が乗務しているため三陸鉄道の乗務員は特に「これ」といった業務はないようで、時々車内を巡回して乗客への案内をしている。三陸鉄道のやる気は「さすが」というべきだが、人件費も考えるとかなり思い切った判断だろうと思われる。しかし、せっかく乗務員が乗るのなら乗客に観光パンフを配布して回るとか、その人を有効に活用するための積極的な姿勢が必要ではなかろうか、なんて余計なことも思ったりして・・・・。
小牛田からは石巻線、前谷地からは気仙沼線へと入る。「リアス」というぐらいだからすぐに海とご対面できるのかといえば、さにあらず。気仙沼線に入ってもしばらくは海にはお目にかかれない。海が拝めたのは志津川を過ぎた辺りからだろうか。面白いことに、海に近い部分だけ霧が立ち込めている。それ以外のところは真夏の太陽が照りつける快晴だけに妙な感じだ。きっと寒流の影響なんだろう。大谷海岸は駅のすぐ目の前が海水浴場で、たくさんの海水浴とおぼしき人たちが降りていった。我が指定席からも数人が下車。気仙沼の中心部に近い南気仙沼では後ろの「南三陸1号」から大勢の人が降りていった。

リアス式海岸は「山の中」
気仙沼では切り離し作業のため3分停車。ホームに降りてタバコに火をつける乗客が多いのにはびっくり。無煙の私は「全車禁煙」大歓迎なのだが、愛煙家にとっては肩身が狭いに違いない。気仙沼で南三陸1号を切り離して2両と身軽になった列車は大船渡線に入る。しかしこれが何とも凄い。辺りを見渡せど山山やま。海岸線とは全く無縁の山の中にってゆくのだ。勾配をとろとろと上ってゆく。ノコゴリ型をしたリアス式海岸では「海岸沿い」に線路を敷設するわけにはいかないのだと実感。しかも歴史の古い大船渡線は、ノコギリの歯の根元にあたる部分をトンネルでショートカットすることもなく、根元に当たるひとつひとつの丘を上り下りしながら進む。海は見えないけれど、これもまさしく「リアスシーライナー」の旅なのだ!
向いの席の2人が降りていった陸前高田の先からは、ちゃんと(?)海を見ながらの海岸線を走る。碁石海岸というそうだ。海も穏やかで、だいぶ落ち着いてきた車内ものんびりムードが漂う。中には夢見心地の人も・・・・。水産工場など「海辺の町」らしい雰囲気が出てきたところで、指定席区間の終わりとなる盛(さかり)へ到着である。

三陸鉄道に入って本格観光列車に・・
盛から三陸鉄道に入る。全車自由席となるため、盛到着を待って自由席から席を求めての移動が見られる。たった1両の自由席に立たされた面々のやっと席につけるという安堵の表情が印象的だ。車両の都合もあって難しいのだろうが、せめてあと1両程度増結していれば・・と思う。逆に、指定席を設けたことは観光列車らしく安心感を与える良いサービスといえよう。ちなみに私の向いには若いカップルが座った。むさ苦しい男一人旅の身には、何となく気恥ずかしいのだが・・・・。
車内には三陸鉄道の社員が車内販売として乗り込んできた。三陸名産のお弁当と飲み物などを販売するためだ。しかし12時も過ぎていたせいか、車内への積み込みが終わるか終わらないかのうちに人だかりができる。中でも「騒動」の主役は中年以上の女性陣。我先に、そしてあれやこれや、と食事の確保に懸命である。初めはそのうち収まって車内への販売に回ってくるだろう、と事態を静観していた私だが、あまりの騒動に売り切れを懸念。慌ててその騒ぎに中に入っていって「イクラ弁当」を確保、やれやれである。
餌の確保に一息つくともう発車。進行方向が変わって席が海側になったのはラッキー。さすがに新しい路線だけあって、大船渡線とは違いトンネルと鉄橋でリアス式海岸をまっすぐに進む。少し落ち着いたのか、車内販売の三鉄おじさんが飲み物を売りに回ってきた。迷わず缶ビールをいただく。何と、三陸鉄道開業10周年記念缶だった。

その名もズバリ「三陸」では、ホームに七夕飾りがしてあった。何となく微笑ましい。天気も快晴、心配された霧もなく、心地よい旅である。まわってきた車掌に青春18きっぷを提示して半額の切符を手にする。どんな切符が渡されるのか興味津々だったが、専用の切符「リアスシーライナー青春18利用券」なるものだったのには驚いた。
三陸鉄道内はそれほどの乗降もなく、やはりこれは観光列車なんだと再認識する。そういえば、盛を出発したら、車内のテレビには沿線の観光ガイドVTRが流れている。音声はなく、それほどの意味はないように思うのだが、車内販売や専用切符、VTR放映など、観光のための意気込みは充分感じられるのだ。
短い三陸鉄道南リアス線の旅を終えると、かつての鉄の町・釜石へと到着した。車内販売乗務員はいそいそと荷物を降ろしている。再びJRとなって山田線に入ることになる。向いのホームには、「ぐるっと三陸」に使うのだろう、派手な塗装と姿をした気動車が止まっている。乗客も3分の1が入れ替わった。

山田線は山だ!宮古では締め出し!!
JR山田線はふたたびの山道。鉄の都・釜石からの輸送に活躍した線路は、今では過疎にあえぐ不採算路線である。釜石から宮古までの間は、三陸鉄道の南北リアス線をつなぐ区間ではあるが、優等列車は急行1本だけとなってしまった。三陸鉄道との直通列車も定期列車で運転されているのも、どちらかと言えばJRの車両運行を節約する意味合いが強いのかも知れない。南リアス線から引き続き乗っている乗客以外は、ほとんどが地元客。車窓も山中心、その間から時折海が見えるという展開で、こちらもしばしまぶたが重くなる。鵜住居では上りのリアスシーライナーと交換したはずだが・・・・。恥ずかしながら記憶があいまいである。小説にも登場した吉里吉里(きりきり)とか、陸中なのに津軽石という深いいわれがありそうな駅も通り、半分うつらうつらしているうちに宮古到着のアナウンスが流れた。10分停車で小休止となる。 
家へのハガキを出すために途中下車。ポストはすぐに見つかり無事投函。さて、列車へ戻ろうとすると、改札口が閉まっているではないか! よく見てみれば、降りたのは降車用出口からで、降車客が一通りいなくなると閉めてしまうのだ。と、なると乗車口から入るしかないのだが、次の山田線まではしばらく間があるため改札口は閉まったまま。考えてみれば、宮古から三陸鉄道に入るのだからJRとしては改札を開ける必要がないのだろう。が、直通列車を利用する我々にとってはそんなことは関係ないことで、同じように途中下車をした人が列車に戻れずにうろうろしている。別になっている三陸鉄道の駅舎・改札口も分かりづらく、結局、誰かが勝手に降車口のラッチを開けて入場したのに何人かが続いた。面倒くさくなって私もそれに倣う。せっかく直通臨時列車を走らせながら、こうした点への配慮が欠けているあたりは、いかにも「JRらしい」と思ってしまう。
三陸鉄道は18きっぷで半額になる
 
北リアス線をゆく
気を取り直して三陸鉄道に入る。再び三陸鉄道社員による車内販売が乗務する。メニューなんかも配られ、先ほどの宮古事件(?)での嫌な気持ちが吹き飛んだ。早速、龍泉洞の水、なんぞを買ってみる。メニューには、お弁当(但し仙台行きのみ)から飲物、オリジナルグッズまで書かれており、私の席の周りでもそれなりに売り上げがあったようだ。たった小さなメニュー一つでもこうした売り上げにつながるのだから不思議だ。要は客への本当のサービスを考える、ということではないだろうか。口にした水は、とても美味しくいただいたのは言うまでもない。その後に車内を車掌が回ってきたので、北リアス線用のリアスシーライナー青春18利用券を求めた。
島越でしばし小休止島越では、列車交換でもないのに14分停車。駅前がすぐ海水浴場で、停車時間を利用して散策する。同じような乗客もいたが、大半は車内で手持ちぶさたの様子。せっかくなら、停車時間を使った限定特産品販売や郷土芸能披露などのイベントがあると面白いと思うのだが・・・・。線路の規格が新しい三陸鉄道では、入江となるところは鉄橋で渡り、突き出した丘はその根本をトンネルで突き抜ける。ぱっと海が広がったかと思うといきなりトンネルの真っ暗やみ。ずーっと海を眺めていたい向きにはいささか残念ではあるが、鉄橋からの展望は高さがあるだけになかなか迫力がある。もっとも、数々の津波災害を経験して、この高さならば安全、という位置に線路を敷設してあるという歴史を忘れてはいけないが。沿線で一番高いというナントカ鉄橋では徐行のサービスがあった。
普代では、駅の看板に北山崎展望台へのバス路線が消されていた。かつてはバス路線が接続していたのだが、相次いで廃止となり、観光地へのアクセスは寸断されてしまったという訳のようだ。ますます鉄道利用者が遠のいてしまう、と思うと何とも残念である。夏だけ開設される臨時駅の十府ケ浦では乗降なし。鉄パイプとベニヤ板で作られたホームが、いかにも臨時駅、という雰囲気だ。久慈を二駅前にした陸中野田では、これまた列車交換もないのに15分停まる。駅は野田村の観光館も兼ねた造りで、ちょいとした暇つぶしにはなるが、周囲は田んぼしかなく、乗客はかなり手持ちぶさた。少しずつ傾きつつある真夏の日差しも手伝って、どよーんとした空気が支配している。
時間が来てのろのろと動き出したリアスシーライナー。のんびり行くのが持ち味ではあるが、走行中の速度はそこそこ速い。漁港が見え、周囲の住宅が増えてくると、岩手県北部の港町・久慈へと滑り込んだ。三陸鉄道を縦断して仙台から7時間20分。さあ、残り60キロ余りだ!
 
八戸線は帰宅列車
久慈では24分停車の間に、前に2両増結。というよりは、定期列車となる452Dの後ろにつなげてもらう
という方が適切だ。とはいえ、前2両の在来車両は非冷房、こちらは冷房車、とくれば、三陸鉄道の車両を選ぶ地元の人も少なくない。車内放送では、後ろ2両は「リアスシーライナー」で、鮫まではドア扱いをしない旨を流しているが、お構いなし。きっとホームの短い駅ではドアは開かないんだろうな、と思うが・・・・。
うみ・・太平洋 久慈にやってくる9本の列車のうち、唯一の快速である「こはく」が入線して入れ違いに発車。車内は、帰宅の途につく学生や買い物帰りのおばちゃん達で賑やかだ。見渡すと、仙台から通して乗っている人も数人いる。(自分もその一人だが・・。)さすがに長いなーー、という感じで、寝ていたりボーッとしていたり、という感じだ。三陸鉄道の腕章をつけた車掌もJR線内まで引き続いて乗務している。もっとも、切符発券等の仕事はしておらず、単なる便乗、という感じだ。仙台から盛までと同じような乗務形態らしい。日差しもやわらかくなって、夕方の様相。時お祭りでもあるのかな??々見える太平洋は雄大で、今までの行程の中で恐らく一番海がきれいに・大きく見えるのではないか、と思うくらい景色はよい。どこの駅だったか、浴衣を着た中学生ぐらいの女の子が降りていった。夏祭りでもあるのだろうか。
うみねこで有名な蕪島が見えると、鮫である。「サメ」といういかにも海らしいネーミングの駅だが、行政上は八戸市に属するらしい。ここから八戸までは八戸の中心部を走る市内列車としての役割を担うようで、列車本数もそこそこ増える。冷房車なので分からないが、きっと磯の香りが漂ってくるのでは、という雰囲気の中、八戸市街地を進み、本日の宿泊予定である本八戸には18:30、定刻の到着であった。
リアスシーライナーが走り始めて何年か経つ。毎年走りつづけている、ということはそれなりの成果があるということだろう。確かに三陸鉄道とその沿線の熱い想いは伝わってきた。三陸鉄道の各駅には「歓迎、リアスシーライナー」のノボリも目立った。あとはソフト面の充実と、経由するJRの各線での認識の問題だろう。ある程度の時間停車する駅での何か一工夫があると楽しさも増すだろう。地方公共交通機関にとっては大変厳しい状況の中、優良経営と言われた三陸鉄道とて例外ではない。こうした積極姿勢のさらなる継続にエールを送りたい。
本八戸駅前に宿をとり、せっかく海の町・八戸を満喫すべく、歩いて10分ほどの中心市街地へと繰り出したのだった。

・8月8日(日)
本八戸
6:24(422D)6:33八戸(1523D)7:37野辺地8:00(723D)8:59下北9:10(下北交通5D)9:40大畑9:45(下北交通・バス)10:50大間11:30(東日本海フェリー)13:10函館フェリーターミナル(タクシー)函館14:04(2843D)17:20長万部17:34(491D)19:04東室蘭19:46(4480D)19:59室蘭・・室蘭フェリーターミナル23:25(東日本海フェリー) [船中泊]

さらに北へ!
朝の本八戸駅 明けて8月8日。昨日の酒も残ってはいない。天候、晴れ。今日も朝は早い。冬のしかも西日本だとなかなか夜が明けないのだが、そこは東北の夏。もう日差しが射している。
 そそくさとチェック・アウトを済ませ、駅へ。(と、言ってもわずか何歩、の世界だけど・・)。改札口は無人で、そのまま入場。やってきた一番列車の中は、何となく気だるい空気が漂っていたが、窓を開けるとき気分一転!爽やかな空気が入ってきた。今日も一日、いいことありそう!!
 八戸からは東北本線を北上。今日は、帰りに室蘭発の東日本フェリーを宿とすることは決まっているが、それ以外は全くフリー。そもそも今回の旅は「リアス・シーライナーに乗ること」が主目的だったわけで、あとは青春18きっぷの余りを有効利用してどこまで楽しめるか?(勿論自分の休みが取れる範囲内で・・・・)を考えれば良い。
 とはいえ、だいたい出発前に幾つかのパターンを考えておくことが多く、今日もちょっと早起きをしたのは、本州と北海道の最短航路である大間〜函館を使っての渡道のためなのだ。1日3便程度のこの航路は、下北半島での交通が不便なこともあってなかなか乗るチャンスがなかったのである。
 大湊線の乗り換え駅である野辺地では、立ち食いそばで朝食。常々思うのだが、あの立ち食いそばからの"ぷーん”という匂いは、腹が空いていなくても食欲をそそる魔力を秘めているんじゃないか。ついつい手が出てしまう、旅のアイテムなんだよなー。ところが、町の立ち食いそばではこんなに吸い寄せられることはない。うーん、不思議。
 そばを食べている間に着いた寝台特急「はくつる」からの乗り換え客で大湊線の車内はほぼ満席。普段は短い気動車が1両で走っているのに、昔ながらの「列車」という風体をした気動車が2両もつながっているだけのことはある。穏やかな陸奥湾に沿って走ると、早起きのせいかつい目蓋が重くなってしまう。うーん、せっかくの良い景色なのにーーーー。
 陸奥横浜では上り列車と行き違い。大湊線では、ここだけが列車交換のできる駅だ。やって来た上り列車は青森方面への乗客で満席だった。背の低い木が海岸沿いに茂っている。何となく北海道を思わせる景色の中を進み、周囲に建物がぽつぽつと見え始めると下北交通の乗花がきれい・・下北交通ディーゼルカーと
駅・下北に到着である。

本州最北端の町・・大間
 下北からは下北交通のディーゼルカーに揺られる。木の床とテーブルが年代を感じる車内は、座席が半分程度埋まった程度。ワンマン列車だが、発車までは下北駅に常駐している駅員が切符を売って歩く

 時節柄、帰省らしき顔ぶれも見られる。どこの駅だったか、林の中にある無人駅で下車していった女の子も大きなカバンを抱えて降りていった。久しぶりの故郷はどんな風に彼女を迎えてくれるのだろう。木々の間から差し込む日差しを受けて家路に向かう後姿を見てそんなことを考えた。林を抜けると今度は右手に海が見えてくる。一時期原子力船「むつ」で有名になった関根浜も確かこの辺りのはず。むつ市ではあるが、陸奥湾側の大湊とは海を回るとかなりの遠回りになる。末期にはこんなところに追いやられた顛末を思うにつけ、人間が作り出した技術がいかに不完全なものであるかを知らさる。なのに、まだプルサーマルやら高速増殖炉やらを過疎地に押し付けようというのだから、困ったものだ。そういえば、これから向かう大間も原発計画が進んでいる地域と聞く。六ヶ所村然り、わが福島県然り。見かけ上「豊か」と錯覚する補助金漬けの生活から決別するのは、第一義的には社会システムをどうにかするべきだろうが、現実的には原発立地地域自身が「決断」をするしかないだろう。実際、不幸なことにこの旅行後には東海村でJCOからの中性子線漏れという大惨事が起きている。
 本州最北の駅 大畑大畑からは下北交通のバスに乗り換える。列車と同じ赤と白のカラフルな車体だ。発車までに少し時間があるのでWCタイム。ついでに窓口で「大畑まではいくらですか?」と尋ねてみると、回数券を使うと安くなるよー、と教えてくれた。ナルホド。右には津軽海峡、左手に幻の大畑線延長工事の鉄橋なども見える。海には霧、陸は晴れ、の天気。北海道が見渡せるという下風呂温泉からも残念ながら北海道の島影は見えない。海岸段丘から海岸線へ急坂を下ると大間の市街地だ。本州最北端、なんて碑も立っているが、残念ながら窓から見るだけ。何せバスは本数が少ないのだ。うっかり東日本フェリーへの乗り場をチェックしていなかったが、確か少し南に下ったあたりだった筈、とそのまま乗り続ける。市街地を抜けて「さて、どこに連れて行かれるんだ??」なんて思った頃に「東日本フェリー乗り換え」の放送。やれやれ、と思ってい大間港からフェリーにると、バスから8割程度が下車した。

昼食を食べ損ねて北海道!
 フェリー乗り場は「車両はキャンセル待ち」との掲示。考えてみれば、こんな所、と言っては失礼だが、公共交通機関が不便な大間からフェリーに乗る客なんてマイカー客が大半だろう。まあ、大間周辺住民にとっては函館が一番近い「都市」なので日常的な交流はあるようだが、数は知れているだろうし・・・・。
 車なしの乗客は勿論待たずに乗船できる。乗船券を買って、「さて、乗船口は??」と見渡すと、渡船橋が見当たらない。車の誘導に当たっていたおじさんに聞くと、車と同じところから乗るんだという。車の間をとことこと歩いて乗船。結構大きな船だ。あらかた車の乗船も済んでいるらしく、船室はいっぱい。一人分のスペースを確保したら、急に腹が減ってきた。思えば、今朝は野辺地での立ち蕎麦しか食べていなかったのだ。
 売店兼案内所を覗いてみるが、食事になるようなものはなし。食堂なんかはあるはずもなく、カップ麺の自販機にコインを入れるのも気が引けるので、結局はスナック菓子と缶ビールで空腹をしのぐ。(というか、単にビールが飲みたくなっただけかも・・)。霧も晴れてきたようで、穏やかな海面を静かに出港。アルコールの入った体を潮風に当てると心地よい。海と言う広さと開放感は船旅でなければ味わえないもんね。しばし海を眺めた後は船室に戻り横になる。今朝も早かったし・・・・すぐに夢の中。船は(すいてさえいれば)横になれるのも魅力の一つだ。青い海、これぞ船旅だ!
 1時間ほど横になっただろうか。右手に函館山の姿が大きくなってきた頃に目を覚ます。青函連絡船とは無縁だった私は、それほどの感慨はないが、やっぱり「北海道にやって来たんだなーー」という感じにはなる山だ。フェリーターミナルは函館駅からは西にずれた七重浜なので、函館山から函館ドック、市街地の町並みを見ながら進み、定刻に函館フェリーターミナルに到着。所要時間2時間の船の旅は、天気・海の状況ともに最高だった。さあ、北海道だ!日差しは強いが、何となく爽やか。

鈍行列車に揺られて
 大間からの航路には路線バスの接続はない。時刻表をめくって最寄駅という七重浜から江差線の列車を調べるが適当な列車はない。そこで函館駅まではタクシーのお世話になる。約10分ほどだが、タクシー氏は「函館の人口が30万を割ってしまったこと」「観光客も減少していること」などを話してくれた。
 そんなことは言っても、夏の観光シーズン真っ只中の函館駅には活気がある。オレンジカードの出店や各種お土産品の出店が並び、「いらっしゃい、いらっしゃい」の声が響く。これから函館線・室蘭線を進み、今宵は室蘭からのフェリーが宿になる。スケジュールを見ると、経路上の1カ所で寄り道ができる計算になるが、まずは先に進むことにする。
 またまたビールと今度はちゃんとした「ミニいくら丼」を携え、「0番ホーム」へと向かう。3両編成の長万部ゆき普通列車は、先頭の1両のみが終点まで行くが、残りは七飯と森で切り離しとなる。この時期、特に青春18切符が使える期間の北海道の長距離普通列車は、大変な混雑となるので早目にホームへ移動したのは正解!青森からの「海峡5号」が着くと車内は見る見る間に満席、ついには立ち客が出た。明らかに「長い距離乗る」とおぼしき荷物を持った人が大勢。どうせ儲からない青春18きっぷの客、ということなのかもしれないが、明らかに混雑することが分かっているのだから2両に増結するなんてことはできない相談かな? 悲惨な立ち客は、結局終点の長万部までを立ったまま過ごすことになったようだ。
 そんな混雑のため、先ほど手に入れた食事&ビールを空けるタイミングが難しかったが、冷えているうちに飲みたい、なーんて思い、発車と同時に「プシュー」。ミニいくら丼もなかなか美味しい。ただ、ボックス席で3人に見られながら(同席している側としても、見たくなくても見ざるを得ない・・実はそっちの立場のほうが困っちゃうんだよね・・)。ゴチソウ様でした、周囲の皆さん。そういえば、車内は扇風機が生暖かい風を切っているだけの非冷房だ。北海道とはいえ、混雑と相まって少々暑苦しい。
 駒ケ岳の山裾を東に迂回して走る「砂原線」を経由。長〜い貨物列車と交換した渡島砂原(だった筈)駅では、ホームを彩る花がきれいだ。さらに駅名の道をはさんだ噴火湾の海面もこれまたきれい。森からは1両と短くなったのに、新たな乗車があって車内の混雑は逆に増す、という逆転現象が起きた。いかめしの立ち売りに誘われて1つ購入。遅かった昼食の反動か? ちなみに、私のボックスには外国人の少女たちの集団の一部が同席。修道院の女性たち、といった感じで、わいわいとお菓子を食べたり写真を撮ったりしている。試しに向いの娘にいかめしを勧めてみたが、ニヤッとされただけだった(当たり前か?)。
長万部でのりかえ 日が西に傾いた頃、長万部に到着。かつての鉄道の要衝は、西日が差し込める中、草が生える広大な元線路跡が悲しい。現在は機関区も廃止され、夜間は改札業務も行わない駅になってしまった。いかめしを食べた手でも洗おうかとホーム上の立派な洗面台の蛇口をひねるが、水は出てこなかったのも、そんなこの駅を象徴している。ここからは室蘭本線の東室蘭ゆきに乗り換える。満席だった函館からの列車からは、7割が函館本線の小樽ゆきに乗り換えた模様。こちらの室蘭ゆきは座席がほぼ埋まった程度とひと安心。 ロングシートの私の向かいの席にはリンコウ(輪行、と書く筈・・・・自転車持込のこと)のお兄さんとサンダルを引っ掛けたカップルが座り、「いかにもシーズンの北海道」という感じ。日が傾きつつある噴火湾沿いを走る。地元客もこまめに乗り降りがある。日が落ちて暗くなった頃、終点の東室蘭に着いた。東室蘭は真っ暗そういえばこの列車も非冷房だったが、さすがにこの時間ともなると気にならなかった。
 結局、列車の混雑もあってか、途中の下車をしないまま東室蘭に着いてしまった。駅裏手の飲み屋の明かりは気になるが、今晩のフェリー乗船を考えて「おとなしく」室蘭行きのワンマン列車の客となる。終点の室蘭も少し町外れで、ちょっと一杯、と言う雰囲気でもない。仕方なく、港へと向かって歩きフェリーターミナルでの夕食タイムと相成った。

 
さらば、北海道よ!
 室蘭フェリーターミナルは、新しい建物で売店や食堂も完備。乗船券を買った後に、食堂で食夜のフェリーもきれいでしょ事&ビールをいただく。なぜか駐車場には屋台風の焼き鳥コーナーなどもあって、ついつい・・・・(笑)。夜のフェリーというのも様々な明かりがともって結構きれいだ。ここ室蘭からは、私の乗る青森行きの他、八戸、大洗、なぜか新潟県の直江津への航路も出ている。今日は青森行きが23:25発、大洗行きが23:40発。八戸行きは日中2便が出た後である。改札開始まで時間があるので、港近くのコンビにまで出かけ、夜食を確保。戻ってみると、乗船を待つ列がかなり長くなっていた。
 乗船が始まると、長ーい通路を歩いてやっと船にたどり着く。2等船室にも枕が置いてあるのが嬉しい。出港するまでは毛布を借りることができないが、車で乗船する人たちは準備良く毛布を持ち込んで早々に横になっている。案内放送では、出港後30分で食堂と浴室は終わりと言う。面倒臭くなって、風呂はパス。出港の様子を甲板から少し眺めただけで、すぐに毛布を借り横になる。1日で2回のフェリー乗船、北海道滞在乗船券・・今晩の宿代は3,460円ナリ時間はわずか10時間というのがいかにも自分らしい、と苦笑。ライトアップされた室蘭大橋(ベイブリッジとか言っていた)の見送りを受け、北海道脱出だ!
・8月9日(月)
室蘭フェリーターミナル23:25(東日本フェリーびなす)[船中泊]6:25青森フェリーターミナル・・(タクシー)・・青森7:21(3636M快速いわき2号〜638M)8:42大館10:15(3644M快速しらゆき4号)11:34追分11:40(1131D)12:08脇本12:40(1134D)13:23秋田13:55(3476M快速こまくさ8号)16:07新庄16:21(代行バス・快速)18:33北山形18:41(3847M快速仙山19号)18:45山形19:01(452M)19:47米沢20:08(454M)20:54福島21:07(1152M)21:56郡山

朝もやの陸奥湾に、おはよう
 目覚めは5時30分。甲板に出ると、既に陸奥湾を航海中、しかも左舷にも陸地が遠くに見えるだけなので陸奥湾も奥の方でもう青森は近い。朝もやの立ち込める甲板では、女性2人が朝日を眺めている。今日も天気が良さそうだ。「おはよう放送」が流れるとみんなが起き出した。夜行列車とはまた違った「朝の活動開始」の光景だ。
 青森港のフェリーターミナルは一番端のパースに着岸。渡船橋を降りると、何もないところである。どうやら、ターミナルビルからはバスか何かで連れてこられるらしい感じだ。まあ、車なしで乗船するような客はそうはたくさんいないのだろうけれど・・・・。幸い、降りたところにタクシーが止まっていたので乗り込んで青森駅まで10分弱お世話になる。青森に戻ってきました
 朝の青森で快速のいわき2号まで小休止。朝市の食堂で、「ミックス丼」を食す。イクラ&ウニだったが、値段もそれなりで、それほどお得、というものでもない。まあ、こんな朝早くから食べられるだけでも良しとせねばらならいのだが・・・・。満腹となって、ロングシートでステンレスボディ、ピンク色のラインの入った701系と呼ばれる「電車」に乗り込む。
 弘前でどっと客が降り、列車番号も変わって普通列車になる。大鰐温泉で少し客が降りると、わずか数人のみの車内で県境を越える。冷房付のため外の温度は分からないが、かなり気温は上がっているはずだ。早起きは3文の得、ということか、9時前には早くも秋田県北部の中心地、大館に到着である。普段、寝坊した朝ならまだまだ夢の中、なーんて時間なんだから。

オールロングシートはちょっと・・・・
 大館では花輪線回りだとすぐの乗り換え。今回は、奥羽本線の新幹線切り替え工事に伴う代行バスに興味があるので、そのまま奥羽本線を南下する。次の列車まで1時間半待ち。その時間を利用して、ぶらぶらと散歩に出かける。大館駅は市街地の外れにあり、中心部は川を渡った対岸に広がっているのだ。まあ、八戸ほど「大胆」(?)ではないが、駅周辺にはほとんど何もない構造になっている。
 駅前に広がる貨物専用となってしまった小坂鉄道の線路を見ながら、市街地を目指す。やはり暑い。たちまち汗が噴き出す。ショッピングセンターが2件向かい合って建っている以外は、寂しい商店街だ。川を渡ると「ナントカ学習塾」の所にたくさんの中学生らしき姿があった。うむむ、そんなに「勉強、勉強」じゃなくてもいいのにな・・・と思うのだが。せっかくの夏休みの午前中ぐらいねえ。市街地に入り、派手な写真屋さんでフィルムを買ってから帰途に着く。帰りには、「大館駅前郵便局」(と、言いつつ駅からは徒歩約10分・・)で旅行貯金&秋田のふるさとはがき購入。
 大館からもオールロングシートの701系。合理化とスピードアップなどのため、東北北部の普通列車は全てこのタイプの車両になっている。個人的には、「全部ロングシート」は勘弁しいてほしい・・と思うのだが。第一、ビールを安心して飲めやしない(笑)。デッキがない構造による冬季の保温性もイマイチだし、何せ座席定員ががくんと減っているのだ。空間は座席がない分広いので、立ち客分を含めた全体での定員はずっと増えているが、それではいかにもJR東日本の「走らせる側」の都合による電車といわざるを得ない。考えてみても、マイカーが発達した地方圏で、せっかく乗った電車が「座れなかった」というのでは乗客は増えるはずはないのにねえ。
 五能線の乗換えとなる東能代では、「リゾートしらかみ」が止まっていた。青い車体と大きな窓。この列車で日本海を眺めるのも悪くないなーーと思ったりして・・。広がる田んぼはまだ青々としている中、八郎潟を過ぎ、追分へと到着。

男鹿線にちょっと寄り道
 
追分は男鹿への男鹿線の分岐駅。とはいえ、全列車が秋田から直通運転をしている。なぜこんな所で(と言っては失礼だが・・)降りたのかと言えば、「トレイング2000キャンペーン」で男鹿線のポイントをゲットするためである。その昔、「いい旅チャレンジ2万キロ」なる日本全国の国鉄路線を踏破しよう!というキャンペーンがあったが、今回の「トレイング・・」はいわばそのJR東日本版。東日本会社内の路線を半分以上乗ったことを乗車・下車駅で写真を撮ることによって認定してもらい、ポイントに応じて景品が貰える仕組みだ。何を隠そう(隠すものもないが・・)、私も遊びのつもりでせっかく乗った路線については写真を撮ってきたのである。今回は、今日中に郡山へ戻れば良く、ちょうど空いた時間で男鹿線を1往復できることが判明。寄り道となった訳である。
 やって来たディーゼルカーは、4両編成と案外長い。地方圏での列車の編成数は年々短くなってきていて、混雑時でも詰め込めばいい、的な発想に嫌な思いをすることが多いのだが、男鹿線はご立派ご立派。おまけに、車内には冷房がついている。小さくなった八郎潟と海とをつなぐ鉄橋を渡り、駅ごとに少しずつ乗客が降りてゆく。非冷房を覚悟していただけに、車内はとても快適だ。汗もみるみるうちに引っ込んでしまった。
 トレイング2000は、各線を「半分以上」乗れば良い。このまま男鹿まで行ってしまっても面白くないので、半分以上乗った後は、適当な駅を探して降りることに決め、まとまった集落のように見えた脇本で降りる。
 脇本には、貨物用の側線もある。年代ものの駅舎は、簡易委託で切符を売るおじさんがいるためか、きちんと掃除が行き届いている。駅を出て日差しの下に出ると猛烈に暑い。駅前にはほとんど何もない。せっかく30分ちょっとの時間があるのだか脇本で「トレイング・・」用の写真撮影ら、と暑さにめげず歩き出す。だいたい、初めての町を歩くには駅前通りを一定程度進むのがパターンだが、列車から降りた人たちが皆左に進むので、それに従い私も駅を出て左に行く道を進む。製材所もあり、木の香りがプーンと漂ってくる。時間も時間なので、簡単に昼食がとれるようなスポットを・・などと思ったものの、雑貨屋程度の店すら見当たらない。しばらく歩いてぶつかったT字路を右に曲がり、その先の信号をさらに右へ。駅を基点とした四角形でいう3辺目に入り駅(だと信じる)方向に戻るような形で足を進める。ちょうど家並みが切れかかる辺りを右へ曲がると、簡易郵便局兼文具屋、隣は床屋という所を発見。早速旅行貯金!。平日でなければできない芸当?なので、社会人となってからはめっきり郵便局訪問数は減っており、今日の成果である1日2局はちょっと嬉しい。たかが小額の貯金をしつつ局のゴム印をもらうだけなのだが・・・・。
 男鹿線の気動車・・冷房車です!郵便局を出て、さて、駅は??と見渡すと、すぐ右手にあって、無事に一周コースの散歩を終了。トレイング・・用の写真撮影を終えると、秋田行きのディーゼルカーが入ってきた。昼食は秋田までお預けだ。

奥羽本線を南下・・もはや過去の細道に
 
秋田では新庄行きの快速「こまくさ」に乗り換え。秋田新幹線の開通により、秋田から東京へのメーンルートは盛岡経由のみに集約された感がある。時刻表を眺めてみても、羽越本線新潟経由の「いなほ」は酒田以北が削減、奥羽本線に至っては山形新幹線の新庄延伸工事のため新庄までの運転となってしまった。確かに秋田は便利になったかもしれないが、羽後本荘や横手といったかつてのメーンルートの一部だった地域にとっては直通列車の廃止、列車そのものの廃止といった影響を受けているはずだ。現に、これらの地域では新幹線の開業による時間短縮のメリットはそれほどでもないのである。
 そんなことを考えながら、快速となった「こまくさ」を待つ間に立ち食い蕎麦をすする。大して「うまい!」という訳でもないのに、なぜかこの香りに誘われるのは私だけではあるまい。同じ立ち食いでも地域によって味が異なるのも面白い。秋田駅のものはまずまずかな。
 「こまくさ」は3両編成。お約束のオールロングシートの701系である。座席が全て埋まったほか、立ち客もちらほらと出る。これが3両編成のセミクロスシートならば全員が着席できるはずなのに・・・・。この「こまくさ」は、山形新幹線の開業に合わせて山形から新庄・横手・秋田への接続を狙って設定された特急だったが、秋田新幹線の開業と山形新幹線の新庄延伸工事のため新庄から秋田までの快速列車になってしまった。だから当然とはいえ、秋田へ遊びにきた人が帰るのに乗っている、という雰囲気で、長距離の客層は多くはない。
 大曲では秋田新幹線と分かれ、かつての秋田〜首都圏の動脈だった奥羽本線を進む。横手、湯沢など内陸部の中心地でまとまった下車があった。こうし
た駅では、特急列車が1本もなくなり秋田新幹線との接続も決して良いとはいえない中で、結局地元のローカル客だけを相手にせざるを得ないのであろう。「せめて新幹線と競合しない夜行列車でも・・」と思うのは勝手な言い分なのかな?実際、こうした駅からの新たな乗車はほとんどなかった。もっとも、東北新幹線の青森延長で並行する在来線そのものが廃止(第3セクターに移管・・実際問題としてはかなり厳しい経営が予測される)されるのに比べれば、ちゃんと残っただけでも良しそせねばならないのだろうか。やれ新幹線だの、空港だのという「大型プロジェクト」は、政治的な思惑によって破綻させられた旧国鉄の二の舞いにならないことを祈るのだが・・・・。
 県境を越えて山形県に入っても新たな乗客はなく、新庄へと到着。秋田からの150.1kmを2時間12分で走ったその速度はまずまず。座席の少なさを除けば、料金のいらない快速電車のほうがサービスにつながっているのかな、とも思い直す。

新庄駅舎は改築中列車代行バス・・もちろん鉄道運賃で乗れる北山形までは「列車代行バス」
 新庄駅は山形新幹線の延伸工事の真っ最中。駅の真ん中で線路は分断され、山形方面に向かっては既に幅の広い新幹線の線路が敷かれている。駅舎も工事中でプレハブの仮設のものだ。急ぎ、「トレイング」用の写真を撮影。駅前の列車代行バス乗り場へと向かう。新庄から北山形までは12月に開業となる山形新幹線の工事のため、列車は全面的に運休となり代行バスが運転されている。列車ならば1時間ちょっとですむところだが、快速運転のバスでも2時間以上かかるのは仕方のないところだ。駅前には「列車代行バス」とプレートを付けたJRバスがやって来て、乗客が次々に乗り込む。季節柄、自転車持ち込み客などもあるが、大型荷物は床下のトランクに積み込んでいた。車内は満席で、補助椅子を使う人もいる。代行バスで興味のあるところは、定時運転の確保と多客対策であるが、後者は偶然定員内でセーフ!。あとは夕方時間帯にかかる北山形到着がどんな時刻になるかがポイントだ。
 さすがに列車とは比べ物にならない狭いバス。網棚に上がらないザックの置き場には一苦労。結局、足元の前の座席側に置いて、足をその前に降ろすという足元が窮屈な形をとった。定時かどうかを確認するための時刻表取り出せなかったのは残念。隣に座った高校生ぐらいの兄ちゃんも、CDプレーヤーに入れるCDを窮屈そうにリュックから出し入れしている。
 前を見ると無線機を持った車掌らしき人も乗務している。国道13号線に出てからは快調な走りで一安心だが、大幅な遅延時にはワンマンの運転手だけにしたのでは、運転も連絡も乗客への対応もと全てをこなす訳にはゆくまい。この辺りの配慮は北山形に着いた代行バス ほぼ定時だったのは幸い当然とはいえ、「列車」代行バスらしい。駅ごとに国道を外れ細い市街地の路地へと入ってゆく。こうしてみると、車社会となった今、国道から外れた市街地=鉄道の駅はさびれてしまうというのも実感できる。駅周辺の活気のない姿に引き換え、国道沿いには大きな駐車場のある郊外店が活気を呈しているのだから・・・・。
 楯岡だったかに到着する前オーバークロスした線路にはもうちゃんと線路が敷設されていて、今すぐにでも新幹線が走ってきそうな雰囲気だった。そういえば、途中駅ではきちんと駅係員がバスを出迎え、乗降を確認しているのも代行バスらしい。 天童付近では旧国道らしき道を通るためか、結構ノロノロ運転。時刻が気にになるところだが時刻表はザックの中。うーん。
 だんだん日が西に傾き、もう夕方の様相。車内は寝ていつ人も多く、非常に静かだ。ついついこちらもウトウト・・。気が付くと山形市内に入っている様子。
 結局、山形市内とはいえ市街地の北に位置する北山形に着いたのは、定刻より5分程度遅れただけだった。偶然とはいえほぼ定員以内で着席できた点、ほぼ定刻運転だった点など、代行バスの運行はまずまず及第点と言えるかな。北山形発着ということで、山形市街地での渋滞の影響を比較的受けなかったのも運行に当たって幸いしているようだ。

いざ、郡山へ!
 北山形からは代行バスに接続して走る山形までの1駅運転の列車に乗る予定だったが、それより早く仙山線からの列車が来る事が判明。北山形から山形までは左沢線もあって、時刻表をよ〜く見ないといけない。山形からは山形線と呼ばれる普通列車で南下。山形からの帰宅客でほぼ満席で発車したが、駅ごとに少しずつ下車してゆく。さすがにこの時間ともなると米沢で乗り換え・・ここから福島までは一日5往復のみ!駅で停まった時に入る外の空気も穏やかになった。米沢では向かいのホームの列車に乗り換え。座席は3分の1程度が埋まった感じで、板谷峠を越える。この区間も普通列車が一日5往復しか走らないという寂しい区間だが、山越えのため仕方のないことかもしれない。福島から米沢・山形に行く客は新幹線を使え、ということなのか。時刻表を見てみれば、この列車は上りの最終列車である。さすがに峠駅でも名物「峠の力餅」の立ち売りの姿は見られなかった。
 終点の福島は外れの方のとって付けたようなホームに到着。標準軌のため、他の在来線との連絡が途絶えた山形線のホームが端に追いやられるのも仕方がないことかもね。
 郡山までの本日の最終ランナーは701系の2両編成。向かいの席には仕事帰りの労働者風の2人組が座り、酒盛りに興じている。話の端端から彼等はJR職員らしきことが判明するが、いくら業務は終了したといはえ他の乗客の迷惑も顧みることもできないJR職員とは困ったものだ
見ていると、カップ酒やらつまみのピーナッツやら、まあ飲むは飲むは!しかもそれらのゴミを袋に入れたまでは良かったが、堂々と座席の下に放置したままなのだからいただけない。
 当然だが、この2人の周辺には乗客が近づかない。二本松、本宮で少しずつ降りていく人もいたが、結局この2人は終点郡山まで一緒だった。うーん、旅の終わりにはなんとも締まらない終わり方だ。
 そういえば、まだ夕飯を食べていなかった事に気づく。さっきの醜態を見てしまったので、今日は飲まないことにしようか、などども思ったが、結局帰宅後に「旅の無事終了記念!」と称して缶ビールを開けたのだった。今回の旅に「カンパーイ!」 
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