しゅわっちひとり言コーナー


ここでは、しゅわっちの思ったこと、感じたことなどをまとめました。 勝手な事言ってます。まあ聞いてやって下さい。


 [タイトル]

     「電車正面衝突事故に関して」(2001.1.8)
      
 月夜の晩に・・・・ムヒヒヒヒ・・(今度こそ本番)

  月夜の晩に・・・・ムヒヒヒヒ・・

   「5%還元セール」の落とし穴

    はかない命。同級生の死。

     ご無沙汰でした。水害に思うこと。

      もぉーいぃーくつ寝るとぉー、新学期

 梅雨明けは、遠くにありき、今年の夏

  オートキャンプ場−アウトドアって一体?

   高校野球  悪くはないけど・・・・

     就職活動! ファイトっ!!

     
山陰線? 高給減税??

  
はじめてお手紙来ました。うれしいな。

   
祝 「しゅわっちの部屋」開設なのだ!

    
サッカーW杯・・・・はいはい

月夜の晩に・・・・ムヒヒヒヒ・(今度こそ本番) (’99年8月29日)
 早くも8月も終盤。時の経つのは早〜い!
いいかげんなしゅわっちのこと。性格がそのまま反映し、三ヶ月ぶりの更新と相成りました。不精でスンマセン。
 前回と同じタイトルだが、さて、思い出した思い出した・・・・・。とある晩のこと、そう午後10時を回っていただろうか。原町で仕事を終えて、一人車を走らせ郡山へと戻る時だった。海沿いの原町から内陸の郡山までは約90キロ、この時間ならば1時間30分ほどの道のりである。原町市街を抜けるとすぐに山間へとさしかかる。冬場は凍結、夏場には濃い霧で悩まされる八木沢峠はすれ違う車もない。幸いこの日は天候も良く、視界も良好だが、人家の明かりもなく木々が黒々と支配する中を一人ひた走るのは心細いものだ
 そんな中、ふと外を見ると大きな満月が出ている。思えば改めて月なんかの存在を認識したのはいつ以来のことだろう?そんな余裕もなかったということか・・・・。
 それにしても、これがとても明るくとても大きい。確か月という星は自身で光を放つのではなく、太陽の光を反射しているだけだったと記憶しているのだが、その光は山の稜線や木々を背後から照らし、その輪郭がハッキリと見えている。畑の盗人も満月の日には事をおこさなかった、というがそれも納得できる。偉人が月明かりの元で書物を読んだというのはいささかオーバーだろうが・・・・。
 そこで、急にイタズラ心というか好奇心が沸き起こってきた。月がどれだけ明るいか、自分で確かめてみたくなったのである。八木沢峠を越えて、見通しの良い平坦な区間に入るのを待って減速、そして恐る恐るヘッドライトをオフに・・・・。
 フロントガラス越しに現れたのは、やさしい光に照らされた道の輪郭だった。わずかの時間だったが、人気もない自然の中で、その瞬間だけ自分もその中に吸い込まれてゆくような感覚に陥ったのだった。自然の雄大さと
優しさ、その中での自分という存在の小ささを感じた訳だが、たまには夜空を見上げるゆとりを持つべきなんだろうな。かく反省して、(もちろんライトをつけて)無事に郡山の事務所へ到着。密やかな楽しみに満足。足取りも軽く、家への帰路、自転車をこぎながら見上げた満月は、気のせいか山の中でひっそりと見た満月よりもなぜか小さく、周囲の街灯の明かりの中で遠慮がちに光っていた。

月夜の晩に・・・・ムヒヒヒヒ・・ (もう1999年。今日は5月20日)
 いやいやいやいや、ホント、久しぶりのこのコーナーへの書き込み。
あえて言い訳をすると、ただでさえ目茶目茶忙しかったこの期間、さらには職場PCのダウンとメンテetc. まあ、「HPなんかにゃあ構っておれん。そんな時間があるんだったら寝よう!」ってなもんで、愛読者の皆さん(いるのかよ??)には大変長らくお待たせをいたしまして、ゴメンナサイ
半年ぶりに復活すべく、覗いてみたら・・・ありゃまあ、 サーバーが変更になるっていうじゃないですか。しかも自分でファイルを移動せにゃならん・・と。おまけに10月までの猶予期間内に移動できなきゃ「解約とみなす」だって。
こりゃ、真面目に移動をせねば・・・・・・・・と見てみたら、わたくし「しゅわっち」の無計画さが分かるいい加減なファイル構成!! 階層からファイル名などを再チェックしつつ、現在新サーバーへの移動準備を進めつつ、執筆中なのだ。
と、まあここまで書いたところで今日も限界!! タイトルと全く関係がなかったけれど、この続きは次回に。エヘヘ。ご勘弁あれ。(ひとまずここまでを新サーバにアップするのだ)。


「5%還元セール」の落とし穴 (11月21日)
 消費税分を還元します!そんなうたい文句でこぞって行われたスーパーの5%還元セールであったが、地元スーパーも3割も売上が伸びたと言うほどの大変な反響だったそうだ。
 しかし、そう喜んでもいられない、と言う話を耳にした。「ちゃんと5%分は定価に上乗せして売っていた」んだそうである。もちろん、値段がはっきりしているものについては上乗せしたのではすぐバレるため、日々値段の変わる生鮮品に限ってのことらしいが、これではせっかくの喜びもぬか喜びになってしまうではないか!
 確かに、生鮮品については素人は値段の動きなんてそうは簡単に分からない。ましてや、「5%安い!」という意識が働いている。しかし、これはあまりにも消費者を馬鹿にしてはいないだろうか? 商売とはそんなもの、と言われればそれまでだが、これはそこの経営姿勢を示すそのものではあるまいか。 地元のス−パーの経営者は、「俺はそんな人を騙すような商売はやりたくない。しかし、確実にセール期間中のお客様は減った。第2段があるのならば、何らかの対策を練らなければ・・・・」と言っていたが、そんな声は少数派なんだろうか? 寂しくなる話だ。物事の本質を見極めなければならない時代なんだなあと、改めて実感した。
 そもそも企画としては、消費税が戦後最悪の消費不況を起こしている、という明白な事実のもとで、大変画期的な試みだったと思う。政権党がケチをつけたらしいが、これで消費税税率を上げたことが消費不況の元凶となったことが明らかになった。しかしながら、ほとんどの政党は消費税についてあまり触れようとしない。しかも、商品券だの自自連合だの、まったく馬鹿げたことを繰り返している。いい加減にして欲しい、と思う。そんなことを明らかにしたこの画期的な試みを、単なる商売のためのパフォーマンスにしてしまった責任もこれまた大きいのではないだろうか。先ほどのスーパーの経営者の話「生活に必要な10品なら10品をトータルしていくらか? それが大切なんじゃないのかな。」 そう、われわれ自身が目先の小さな利益に騙されてはいけないのである。


はかない命。同級生の死 (11月1日)
 「Sさんが亡くなった。通夜は10月31日、告別式は11月1日」。10月30日、いやもう日付が変わって31日になった頃だったが、仕事から帰って来て机の上を見ると、そんなメモが置いてあった。慌てて電話をかけてきた奴に連絡をとる。「白血病だったんだって」。
 Sさんは中学時代の同級生。中学卒業以来、ずっと会っていなかったが、「大学で自分の好きな道を極めるべく勉強中」なんてことを風の便りで聞いていた。中学の時は、市の英語弁論大会で優秀な成績をおさめたり、クラス対抗の合唱コンクールで伴奏者としてクラスを優秀賞に導いた立役者。おっとりとしているが、頑張り屋さん。常に笑顔を絶やさない人だった。10年ぶりの再会が、こんな形なんて、本当に残念だ。
 なんでも、今年の2月に風邪の症状が長引いたので医者に診てもらったら「白血病の疑いあり」と診断され、急遽実家へ帰宅。地元の病院で治療を続けたが、父親と白血球の型が一致していたこともあって骨髄移植を決断。埼玉ガンセンターで移植手術を受けてすぐの死だったという。
 両親は、「移植をしなければ、もう少し長く生きられたのに・・・・」と無念そうだった。いくら医学が発達したと言っても、原因・治療法ともに分からない。移植手術にも「完全」ということはあり得ない、そんなこと分かってはいるが、いざ身近でこんなことが起きると、何もできない無力感、やってうまくいかなかったという虚脱感を感じずにはいられなかった。
 しかし、高校を卒業してから、自分のやりたいことを求め、仙台、東京、そして九州へと一人出かけて行き、語学の勉強のためにとアメリカ、イタリアへも行ってしまったというフットワークを聞くにつけ、何事にも一生懸命、前向きに生きる姿に逆に勇気づけられた気がする。志半ばで去って行ったことは無念だったと思うけど、Sさんはきっと、毎日が「充実している」ということを感じて過ごせた幸せ者だったのかもしれない。しっかりと生きた証がある、そんな人生だっただろう。
 命のはかなさ、尊さ、生きることの喜び、夢を追い求めることのパワー。そんなことを教えてもらった気がする。Sさんのご冥福を祈りつつ、合掌。

ご無沙汰でした。水害に思うこと。 (10月10日)
 前回このホームページを更新したのは何と一ヶ月半以上も前のことになる。言い訳をすると、この間、いろいろなことがあって、なかなかホームページに構っていられなかった、と言うことになる。
 知っての通り、
福島県南部は8月下旬に大雨に見舞われ、大きな被害を受けた。幸いなことに、私の自宅の周りには被害はなかった。しかし、郡山市でも阿武隈川に近い地域ではそれなりの被害を受けている。事務所や工場内、住宅への浸水が起きた。実は12年前にも同じように大雨によって大洪水が起きており、今回は前回のような堤防決壊という最悪の事態は免れた。川沿いの事業所などでは前回の教訓を生かし、車両の移動やOA機器の移動などを素早く行ったという。災害は忘れた頃にやって来る、というが、こうした貴重な教訓を活かして行くことがたいせつなんだと実感した。
 しかし、相変わらずこうした災害時の問題点も浮上している。まずは、
行政の対応のまずさ。何でもかんでも行政にやってもらおう、なんてナンセンスな住民がいたり、重箱の隅をつつくような行政批判をされ、可愛そうな面もある行政だが、実はそんなことよりも、最大の問題は行政の姿勢の問題ではないかと思うのだ。総理大臣が災害視察に来ると言えば、片付けそっちのけで通路整備に駆り出され、総理とやらがやって来たと思えば、何食わぬ顔で土足で床の上に上がる姿を目の当たりにした施設職員冠水で道路が危険なので通行止めのバリケードを役場から借りようと駆けつけたら、「ハンコが欲しい」だの「責任者がいない」だのと渋った役場職員に面食らった消防団員避難所に何か差し入れを持っていこうと、店中の飲み物をかき集めて出掛けたら、「種類がバラバラでは混乱が起きるからダメ」と突っ返され、がっかりした人、などなど、どう考えても理不尽極まりないことが次々と聞こえてきた。色々と行政にも言い分はあるだろう。しかし、「結局は誰のために何をしているか?」という姿勢がそうさせているのではないか。「行政などあてにならないどころか、邪魔な存在である。」教訓といえば教訓だが、いかにも寂しいことである。
 そして、
住民の姿勢の問題もあった。各地から次々とボランティアが入る中、日に日に住民の要求はエスカレートしてゆく現実。しまいには家の前をきれいにしてくれ、なんてこともあったそうだ。ボランティア受け入れ体制の不備を指摘する声もあるが、災害当初のボランティアは、行政などが動き出す以前にそれぞれの要求をとりまとめるなどスムーズに活動していたという。災害時にはどうしたって組織的な行動が後手後手になってしまう点をうまく補ったボランティア活動は大変素晴らしいことだと思う。ただ、いつまでも住民が被害者意識から抜け出せず、何かを「してもらえる」「してもらおう」という意識でいることは問題ではないか。
 さらに、全国各地から贈られた
救援物資も、相当量が余っていると言う。これは、そこまで深刻な災害ではなかったと言えなくもないが、贈られた側でもその処理に苦慮しているそうだ。せっかくの善意を処分するわけにもゆかず、かといって引き取り手も少ない状況である。贈る側にも、安易な処分方法、という意識がなかったのか? 救援物資をいただいておきながらこんなことを言うのは大変申し訳ないが、そんなことも大いに考えさせられた。
 幸い、災害から1か月以上が経って、被災地の復興もどんどん進んできている。大きな被害のあった、大信村、西郷村、堀川、余笹川などを見るにつけ、大自然の力の凄さを見せ付けられる気がするが、それを受け止めるのは私達自身なのだ。災害時にこそ、組織や理論ではなくその人その人の人間性や姿勢が現れる。
 何はともあれ、自分自身の考え方、見方を振りかえるいい機会となった、そうとらえてみたい。


もぉーいぃーくつ寝るとぉー、新学期 ( 8月23日)
 夏休みの短い東北地方は、もう明日あたりから新学期だそうで、(その分、冬休みが長いノダ・・・・暖房代節約のため??)、関係者はきっと「あーあー」って思っているに違いない。休みに入る前にはわくわく、どきどきしているんだけど、いざ休みに入ってしまうとあっという間に過ぎていってしまうんだよね、長い休みって。
 社会人になって3回目の夏を迎え、さすがにそんな夏休みからは遠ざかってしまった。社会人最初の夏なんかは「体が夏休みを欲する」という感じがあったが、そりゃあ小学校以来16年もあった休みがなくなったのだから当然だよね。逆に、休みがなくなってからは、「夏がやってくる」という一種の期待感、ワクワクがなくなってしまい、季節感が少なくなってしまったような気がするな。夏でも冬でも一緒。仕事の繰り返し。うーん、せめて昔の感動?を少しでも思いだしてみなきゃいけないかも。
 休みが終わる頃ってのは、やっぱり気になるのが宿題の山。秒読み段階になって、あれも忘れてた、これもやらなきゃ、とばたばたするのが常だが、社会人になってそれがないのは幸いかな。小さい頃からの「計画性」って大切な習慣にしなければいけないのかもしれない。
 今日は久しぶりの好天、気温も上昇して、夏休み最後の最高な日じゃないだろうか。毎年、
学校が始まると急に暑くなったり、天気が良くなったりするもので、不思議だよね。新学期が始まって、遅まきながら本格的な暑さが戻ってくることを期待しよう。



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