緊急コラム「京福電鉄正面衝突事故に思う」
報道姿勢に異議あり! そして日本の公共交通機関はどうなる?

20世紀も暮れようという12月17日、夕方ニュースを聞いて驚いた。「電車の正面衝突事故」だというではないか!。

事故の概要は、福井県松岡町志比堺(しひざかい)の京福電鉄越前本線で、電車同士が正面衝突。永平寺発の上り電車が終点の東古市駅で停車せずにそのまま越前本線に入り、反対からやって来た下り電車と衝突。上り電車の運転手が死亡するなど26人が死傷したという正面衝突事故である。

にわかには信じられず、翌日の朝刊を各紙読みあさってみた。すると、まず報道が伝える内容・姿勢について気になる点が出てきた。こうした報道の姿勢、そしてこの事故について感じた事を書き連ねてみた。

1)事実として「止まれ(ら)なかった」こと
〜電車がどうだったのか?を追いかける報道が足りないのではないか〜

今回の事故。報道は何を核心として伝えたのか、というと大いに疑問を感じる。
事実経過をたどれば、終点の東古市駅に停車せずに永平寺線から本線に進入してしまった、という点に尽きる。そこで「ブレーキ故障」の可能性が問われている訳だ。
その点、どうも乗客からのリサーチが少ないように思えた。ブレーキの効きが悪いようだった、なんてコメントから、途中駅は全て通過した、という話までまちまちの内容で、一体永平寺駅を発車してからどの時点で何が起きたのか、をきちんと証言として追いかけた報道はさなれていなかった。

2)事実の次は、原因究明につながる正確な情報をつかむこと
〜古い=事故とは短絡的なイメージ先行の報道である〜
この事故を考える時、なぜ止まれなかったのか、止まれないとすれば衝突は避けられなかったのか、をきちんと追いかけなくては報道の意味がない。
「古い電車(台車はもっと古い)」であるが「法定点検では異常なしと判断」されていたという。中には「古い台車だったから故障した」といわんばかりの単純なパターンに押し込めようとする雰囲気の報道もあった。肝心なのは、新しかろうが古かろうがいつどんな整備をしてどのように安全性を保ってきたか、なのであって、お古だから悪い、なんて事は的外れではないか。
ひどいのはM新聞に登場した有識者のコメント。「廃止にすべきだ」なる趣旨だそうな。存廃の議論は大いにすれば良いと思うが、今、ここでそんな話題を出す事が必要な局面なのだろうか? 原因究明と再発防止、そんな後始末が済んでから話題にすべき事柄だろう。コメントを出した有識者の程度が知れるが、それをそのまま掲載した編集者の見識もまた疑いたい。
(ここまでは19日AMに執筆)

3)考えるべきは、原因→回避可能性→客観的な現状確認
〜整理・分析できないような報道で良いのか?〜
ブレーキがおかしかったという永平寺線車両の直接の原因とは別に、正面衝突にまで至らずに済むような対策がどうだったのか?という点の報道もどうも整理できていないようだった。
第一は東古市駅を越えて越前本線に進入してしまった点。これは安全側線と言われる本線への誤進入を防ぐ設備がなかったという事を正確に伝えた報道が少なかった。中には「脱線防止のために誤進入しても進めるように切り替えられていた」なーんていかにも運用の手落ちだと言わんばかりの論調もあったが、ポイントの構造上分かれた先から合流するのは切り替えに関係なく可能な筈で、図面を書いてみればすぐに分かる事。勿論、安全側線の設置が義務付けられている訳でもないので、そのことが会社側の落ち度に直結する訳でもない。
次に問題となるのは、本線を走ってきた下り列車への衝突回避措置。どうやら列車無線がうまく作動しなかったようなことは報道されているが、無線自体の問題だったのか、運用上の問題だったのか、分からない。無線について言えば、永平寺発の電車がもっと早めにブレーキ故障を連絡できなかったのか、ということに触れている報道も少なかった。もっとも、東古市で交換・接続するダイヤのため、無線で連絡がとれたとしても、故障電車が越前本線に進入した時点で衝突回避はかなり難しかっただろうが・・。それから、衝突回避を論じるのに「ワンマン運転」であった点は重要だが、その事を強調した報道も見られなかった。

この件で報道は、ATS(列車自動停止装置)が未整備だとか、赤字で廃止を打診していたとか、「何となく関係ありそうだ」という感覚的な事例を断片的に取り上げているきらいがある。ブレーキそのものの故障ならばATSであっても停められない訳だし、赤字だからと言っても安全は別の次元の話なのだから・・。少なくとも新聞は、速報性の点で電波媒体に劣る分、情報を整理し分析するという役割を担っているはずで、断片的かつ読者に誤解を与えるような予断を持った取り上げ方は大きな問題だと思う。

赤字路線だと論じるならばより突っ込んだ地域における厳しい鉄道事業の実態とその役割をリアルに取り上げるべきだった。ワンマン運転を鉄道がしなければならない現実。しかし暴走する列車を懸命に制御しながら一方で無線で連絡をとり、なおかつ乗客への案内・指示を行うなんて、どう考えても運転手1人では無理だ。そんな危険性も持ち合わせたワンマン運転を認める運輸省にだって責任はある訳だし、現実として公共の足を担う鉄道が採算ベースでは到底運営も出来ない中で起きてしまったという、今の交通政策そのものへの問題提起をすべきだろう。

4)原因が見えてきたようだ・・・・過失で済まされない過失で「残念」
〜単なる一企業の安全管理の落ち度、という次元を超える視点を忘れずに〜
少し経ってみると、ブレーキロットの破損、そしてそれは整備不良というか不完全な修理だったからではないか?という線が見えてきた。
結果としては、車両の整備不良とブレーキ系統が1本しかないという危機管理体制・サブ機能(フェイルセーフだっけ?)の無い車両だった事が直接の原因だったようだ。
残念ながら、「赤字だからちゃんとした安全管理を行なっていなかった」と言われても仕方ない。本来は、赤字うんぬんという次元ではなく「安全」そのものを論じるべきであったが、ずさんな車両整備をしていた事実によって、結局は京福電鉄という一企業の過失で人々の心から忘れ去られてしまうことになりそうだ。
が、果たしてそれだけで良いのか? いざと言う時に何も対応できないようなワンマン運転・ブレーキ系統が1つしかない車両、これらを認めてきた行政。規制緩和を盾に電車バス運行への補助を削減し、儲からない事業展開はできなくなる仕組みを作り出そうとする政治。
環境問題・高齢化社会・地方の時代という時代背景を考えた時、果たして今のマイカー増加と公共交通機関の淘汰でいいのだろうか?便利なマイカーだが、それによる道路の維持管理・交通事故などの総合的な収支を考えたら、鉄道の赤字幅なんてたかが知れている。マイカーに関連する道路等に投じられる税金は相当なものだ。
鉄道だって、今やJRは「儲かる路線」だけを動かしていれば良い。整備新幹線だって税金で作ってもらったものをJRが運営するなんて「オイシイ」ところだけJRどり。盛岡以北の在来線は結局地元が負担して第3セクターによる運営になるそうだが、経営は厳しい見通しだと聞く。

ここで最後に強調したいのは、現在の枠組みの中で今回の事件を考えるのではなく、「国内の交通手段をどう構築していくのか」という視点に立って考えるべきではないか、という事である。利用客が少なく採算に合わない交通機関もあれば儲かる路線もある。一方で、税金で作った道路もある。
赤字でも税金を補填すれば・・なーんて短絡的な事を言うつもりは無い(経営努力もある意味では重要で、何より知恵が出る訳だし)。だからそうした事も含めて広い視野にたった「日本の交通政策の現状と未来像」を考えるべきではないだろうか。

5)「原点に戻れ」
交通機関は「安全」そして「信頼」こそが最大の商品であるはずなのに、最近はこの根幹を揺るがすようなJRの運賃誤表示や津軽線での脱線事故が続いている。ましてやこの事故。「公共交通機関の存続意義が問われる」問題だ。大きな話を前節で書いたものの、その前提として、こうした公共交通機関の安全性や信頼性がなければ全く意味が無い。
当たり前の事を当たり前に継続するのは難しい事だが、とにかく地道に「安全」という最大の商品を提供できるよう、全ての交通機関にはもう一度安全対策を見直すこと、そして運賃誤表記とその隠蔽をするJRなどでは企業としての「体質」そのものの見直しが必要ではないか。
この時期にそれをしなければ、完全にこの国の公共交通機関は死んでしまう。まさしく正念場であり、新世紀を迎えた関係者の努力を期待したい。


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