すばらしいワタル紀行 2000年5月26日(金)

「国際共同アピール! 『激論!連続少年事件の眞相』」


☆.近代国家にしましょうよ

シンジ はい、えー、さきほど浅野さんの方からマスコミの問題がですね、出てきてました。で、まー、マスコミ並びにですね、これマスコミに限りませんけれども少年法の重罰化を主張する、あるいは、その先ほどおっしゃった、おっしゃったねえ、本村さんの発言等……で、それまあ一連つながっているとみなさんよくご存知だと思うんですね。つまりどういうのかというと、犯罪被害者の感情的回復ってことについて。

 これはですね、法務省が悪いわけじゃないんです。我々が注意を払ってこなかった。長い間。で、これは単にいじめの問題なんですね。で、実際みなさんご存知のように刑事裁判の当事者は国、ま、特定すれば内閣総理大臣と被告なんですよ。で、被害者ははっきり言えば証、証人あるいは証言者として以上の意味はまったく持ちません。単なる当事者ではないので情報から隔離されます。で、これがしかし日本ではなくて、実は多くの近代国家でこのようにやってきたんです。

 ところが憲法というのはですね、どこの国の憲法も幸福追求権という大きな袋のを持っていて。実はその中に被害条件に応じた新しい人権を入れていこうというふうに考えているわけです。で、その中には実は徐々にですね、しかし最近急速に犯罪者の感情的な回復、これを幸福追求権の一つだ、したがって行政、統治権力はこれを保証するべきであるっていう考え方が生まれてきているわけです。いいですか? この国は感情的回復を達成するために重罰化を主張しています。これはしかし、最も原始的なやり方、応報感情に訴えるやり方です。

 ちなみにドイツとアメリカはまったく対照的な方法をとっています。アメリカはですね、ある意味組織なんかが中心になって藤井さんのおっしゃったようなNPO、NGOが判決確定後に、要するに裁判の被告になった加害者と被害者の間のコミュニケーションをとりもって、たとえ犯罪者が死刑に処せられなくても、犯罪被害者が感情的回復がなしうるようなコミュニケーションをしています。これは宗教者の方々がやっています。そしてこの方々が同時に、そういう活動をやっているという責任を果たしていることを一つの証として死刑廃止運動をやっている。これがアメリカです。いいですか? 死刑廃止運動だけやるのは片手落ちですよ。いいですか? 死刑廃止運動だけではダメです。死刑廃止、廃止運動によって感情的に放置されてしまう犯罪被害者の方々に対するケアプログラムに関する運動と、必ず一体に死刑廃止運動を展開して下さい。これは国際的な常識です。

 あともう一つ。ドイツは1985年に先進国で最も進んだ法律を作っています。それはアメリカとは違って、裁判所で判決が確定する前に法律によって施療されたプログラムによって、犯罪被害者と犯罪者の間にコミュニケーションのチャンス、あるいは、ま、ある種の奉仕活動のチャンスが与えられます。そこで自分が犯した犯罪についてどう思っているのか、犯罪被害者に救済手段与えられます。それについて将来どういうふうに償おうと思っているのか? それを聞くチャンスも与えられます。で、このコミュニケーションをもとにして、犯罪被害者が裁判所でどのような刑を犯罪者に処してほしいのかについて意見を言う権利が与えられています。素晴らしい法律だと思いませんか?

 もちろん日本ではバカな連中がですね、そういうこと言うと「犯罪者はブリッコするだけだよ」「反省したフリをして刑の軽減を進言してもらおうとするだろう」……それでいいんですよ。いいですか? 実際にそういうことがあるかもしれません。しかしですね、人間のコミュニケーションは元々郵便的です。私だってほんとは何を思って喋ってるのかみなさんわからないでしょ? 一般的なことなんです。そんなことは。そうじゃなくて、そういうコミュニケーションを通じて現に感情的な回復を行いうる犯罪被害者がいること、そしてこのようなコミュニケーションを通じて犯罪者、裁判所の被告ですが、これがそういうコミュニケーションを通じてなんらかの刺激を受けて変わる可能性があること。で、その代表的なのはドイツのやり方です。

 日本には戦後、旧内務省の解体のあと、法務省、自治省、警察、ま、国家公務員上級試験を受けた方でも、ま、ダメなヤツが行く官庁になりました。いいヤツはですね、大蔵か通産に行く。その結果、各官庁の中で最も近代化の遅れた場所に、つまりクズ官庁になっているんですが。最近バブル崩壊以降、盗聴法や住民台帳法改正案、これを見ればわかるように、このクズ官庁が急速に主導権を持ってとんでもないことをやらかそうとしているわけです。ま、あのー、そのような全体的な状況をですね、みなさんちょっとよくご覧になった上で、例えばみなさんにもいろんな鬱屈があるでしょう。犯罪被害者になっても自分は感情的な回復を果たしたいと思っているでしょう。私もそうです。しかしそれを、どのような回路で行うのが合理的であるのかということをきっちり考える責任があります。なぜなら我々には選択するチャンスが与えられているからです。このような責任をちゃんと果たすことによって、えー、ま、少年に対する処罰の問題、あるいは犯罪者とされる方々に対する処遇の問題、これを考えていかなければ、そして要求していかなければなりません。役人は要求しなければ応えません。

 で、我々の要求を役人に伝える手段が政治家を選ぶという、6月25日に迫っている何事かです。ま、我々はですね、政治学者的常識で言えば投票率の高い場所ほど民度が低い。なぜならば宗教団体とゼネコンの動員で投票に出かけるからです。選挙間の比較で言えば、投票率が低ければ低いほどゼネコン的、宗教団体的体制に有利になる。つまり日本はさっき法治国家じゃないというふうにおっしゃってましたが、鶴見君たちが、要するに近代国家じゃないのです。ね、これを近代国家にしましょうよ。つまりですね、我々の中でも早稲田雄弁会をはじめとするですね(笑)、バカな連中が政治家に選ばれるという状況を我々の責任で変えていかなければならないでしょう。

 ちなみにですね、先ほど宮崎さんがアルゼンチンタンゴで登場された。これは、その早稲田大学の有名な核マル派の黒田寛一が革マル派の政治集会でPRをする時に行うやり方です。今日は早稲田にちなんだ話が非常に多いと思いますが、別にだからといってどうというわけではありません(笑)。彼がそのような手段をとった理由は私にはまったくわかりませんが、だいたい誰かがわかると思っていたのか? っていうのがあるんですが。ま、もしかすると、ここにいらっしゃる革マルの方にですね、マインドコントロール的潜在メッツセージを送っているのかもしれません。

 ま、そういうわけでですね、是非我々せっかくここに集まった以上ですね、我々にできる範囲、あるいは限界を超えて責任を果たしていきたいというふうに思います。よろしくおねがいしまーす。はい、ありがとうございました(会場拍手)。


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