すばらしいワタル紀行 1999年11月4日(木)

秋の大講演会 鶴見済−対談−宮台真司 in大隈講堂


3.憲法・人権・法律

ワタル えーっとね、まずね、これでみなさんに愕然としてほしいのは、世の中全然デタラメだっていうことですね。みんなが思ってると思うような程ちゃんとできてない。この日本社会は。さすがに『自殺マニュアル』が発禁になればみなさんわかってくれるかもしれないんですが、考えてみたらいま、みなさんムカツクような日の丸・君が代法制化、盗聴法、

シンジ あ、盗聴法で思い出した!(会場笑)

ワタル どうぞ。どうぞ。

シンジ ちょっとその日の丸・君が代の話、後でやってみます。で、本来、権利っていう概念に関係するんですけど、実はですね、ぼくは『性の自己決定原論』という本のコーディネーターとして本格的なんですが、自己決定権といわれる権利がある。あります。で、これはあのー権利という概念を使う以上、憲法上の概念なんです。これは国家権力に対して主張するべきもので、他人に対して主張するべきものではもともとないんですね。でー、権力ってのはもともとそういうものである。例えばですね、売春を合法化しろっていうのも、まあ売春を合法化してる国が先進国では大半ですけれどもね、これも要するにある時点から売春を禁止する、あるいは売春婦を処罰する、そういう法律が憲法に違反するってことで考えられます。であるから、これをえー、ま、あのー非合法であったのを合法化していくっていう動きになっていくんです。
 お考えくださればわかりやすいんです。人権っていうのはですね、憲法上の概念なんですね。で、どういうものかっていうと、もともと日本ではですね、理解していない方が多いんですが、憲法っていうのは統治勢力に対する命令です。ですからもしですね、花子さんと太郎さんがいるとして、花子さんがですね告白してきた太郎さんにですね、「私、オウム真理教の人とはつきあわないの」と答えたとしますね。それに対して「それは思想・信条の自由に反しているだろう! 君は憲法違反じゃないか!」とかですね、いうふうに言う場合には、意味が無いんですね。思想・信条の自由とか両性の平等云々かんぬんといった憲法上の権利は、これ統治権力に対して要求されていく、命令されていくものである。
 ですから雇用、雇用において男女の区別を行っても憲法違反ではありません。これは男女雇用機会均等法っていうですね、法律ができて初めて違法だという具合になります。で、つまりですね、簡単に言えば法律が市民への命令で、憲法が統治権力への命令。命令です。そしてこの統治権力への命令である憲法を支えている観念が人権という。つまり統治権力はどのような理由があっても、人権を侵害するような行動、つまりその法律の制定などを行ってはいけないっていうことになります。で、

ワタル オレの、オレの人権は? オレの人権は露骨に侵害されてるでしょ?

シンジ そうですねぇ。でー結局、例えば都条例とかですね、地方条例とか法律っていうのはもちろん、条例制定、あるいは法律制定は統治権力の行為になりますから、当然これ自身もですね、憲法違反あるいは権利の侵害を問うことができる、そういう種類の振る舞いになっているわけです。
 ところがですね、ここから先です。もう短くてすみますね。ぼくが以前あるテレビで売春合法化っていうことを主張すると、「宮台! お前は自分の娘が売春してもいいと思うのかー!」とかいうですね、リアクションが出てくるわけですね。これがいかにトンマであるのかっていうのは、権利概念を考えてみればよくわかる。例えばですね、簡単に言えば、売春の合法化を主張する人間が自分の家族・親族で売春や買春をしていることに対してどのようなコミュニケーションを行おうが、それは自由勝手です。何の矛盾もありません。逆に同じことですが、安楽死や自殺の自由をですね、例えば憲法上あるいは法律上認めようっていう主張をする人間が自分の主義矛盾で、自殺、あるいは安楽死を試みようとしている段階で、それを邪魔立てするとかやめさせようとするっていうこと自体が、まったく問題ではなく矛盾ではありません。
 つまりですね、自分自身が安楽死したいと思うか、あるいは自殺したいと思うか、あるいは自殺している、しようとしている隣人や親しい人間がいたらそれを止めようと思うかどうかということと、そのようなコミュニケーションも一般に禁止するのかどうかっていう問題、つまり憲法上、法律上の問題とはまったく違うんだっていうことがですね、一般に日本以外の先進国では日本よりはるかに理解されやすいんですが、日本では理解されにくい。そうすることには売春のキライな人が「売春を禁止しろ!」っていうような……

ワタル 日本の歴史で1回も理解されたことはなかったんじゃないですか?

シンジ 1回も理解されたことないです。

ワタル だからあのー、要するに、そのー、この青少年健全育成条例がやってるってのは、親が子どもにね、自分の本を読ませないのが倫理だからっていうふうにできるんだから、こういうふうに制度的にやってもいいんじゃないか。そこに大きな隔たりがあることに気づいてない。

シンジ その通りですね。だから、親が子どもに読ませなければいいし、親が子どもに見せなければいいわけです。そのようなコミュニケーションはどんどんとって差し支えないし、憲法違反でもない。まあ思想・信条の自由や表現の自由にも全く反しない。なぜならば私人、市民の振る舞いだからですよね。
 ところが、行政がその親と同じような保護育成的な、ある種の保護育成主義とでもいいますかね、保護更正主義ともいいますが、そういうタイプを迫るっていうことは多くの場合に、直ちに憲法違反になる可能性があります。あるいは憲法違反であることを裁判で証明しなくても理念的にはですね、基本的には立憲政治の原則に大きく反していることになりかねないわけです。

ワタル 実際、そういう痛い歴史があったからこそああいう日本国憲法を作ったわけじゃないですかね。

シンジ そうですね。うん。

ワタル だからいま一番守られていない法律が、たぶん日本国憲法だと思いますよ。

シンジ まあ、日本国憲法だけじゃなくて、その法律を守るということがねぇ、日本ではあまりリアルじゃないんですよ。で、例えばこれは昔からよく言われますけれどもね、法律違反だからといって例えば訴訟、禁煙だっていうんでこれを訴訟を起こす云々かんぬんっていうのは、アメリカであれば別にリアルでしょうし、いいわけなんですが、日本でですね、何かっていうと訴訟を起こすようなことをするとやはりさっき申し上げた地域の共同体から排斥されるということが。これが、こういう考えがあるんですね。ですから、東京なんかはわりかしラク。関西とか田舎に行くとなんとなく……警察じゃなくてむしろマル暴さんというかですね、ヤクザさんを頼る方がはるかに現実的な解決になりうることがあるわけですね。

ワタル 後進的な政治形態ですね。

シンジ うん。

ワタル だけど、みなさんはさっきぼくがあのー「じゃ、裁判で決めましょう」「裁判で法廷で決めつけましょうよ」って言った時に、実はほら、弁護士探さなくっちゃ。弁護士ってどこにいる? これがわからない。弁護士法っていうのがあって、弁護士っつーのは広告とかそういうのをしちゃいけないことになってる。で、弁護士、裁判ていうのは弁護士つけないとできないですから、それが法外に高い。何百万とかいきなり請求される。それを弁護士法とかで一律条件。決まってる。それで実際に民事訴訟なんかだと、えー例えばこの間加勢大周っていう人がね、勝訴したっつーのニュースで見ましたけど、加勢大周っていう名前を使う使わないっていうくっだらない話をずーっとやってて。6年後ぐらいかな? やっと使えることになった時はもう加勢大周は、もう全然日本の芸能界から干されちゃって。台湾かなんかでやるとかいってね。だから6年ぐらい平気でかかる。で、金なんかも結局それで自分のもの手に入らず、両方とも金は損しちゃう。裁判機能してないんですよ。この国については。刑事訴訟なんかもオレ受けましたけど、あれはちゃんとシナリオが決まってる演劇ですから。30分かなー? ここら辺が、この国の一番底が抜けてるところなんじゃないかなーとか思うんですけど。


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