すばらしいワタル紀行 1999年11月4日(木)
「秋の大講演会 鶴見済−対談−宮台真司 in大隈講堂」
2.安楽死問題
シンジ 安楽死の問題は後で詳しく時間とるからちゃんとやりますが。ま、あのー基本的にですね、自殺をめぐる問題は非常に微妙な問題なんだということに……。つまり、人を殺すとかですね、幼女を強姦するとかですね、爆弾を作るとかそういうことと自殺のことは、ややカテゴリーとして違うということをおわかりいただきたいなと思うんですけれども。
カテゴリーの問題にもう少し踏み込むと、いわゆる日本でですね、今から3年前ですか。脳死法案といわれるものを通して、いわゆる臓器移植といわれる効果のためにですね、ドナーといわれる、ま、提供人の方の家族承諾で脳死段階で臓器を取り出せることになった。つまり、脳死を人の死というふうに言うようになった、いわゆる脳死問題がありまして。それともう一つ。それとは別に今度は安楽死問題っていうのがある。
安楽死っていうのは実は日本でも一定条件のもとで、既に判例上は合法化されているんですね。この安楽死っていうのはつまり4条件存在しまして。日本の場合ですよ。95年のですね、横浜地裁判決っていうのがあるんですけれども。えーまず、死期が迫っていること。で、モルヒネ治療にもかかわらず、それが第2のモルヒネ治療について。で、3番目。本人が痛くて苦しくてたまらないと申告していること。そして4番目。本人が死を希望していること。この4つの条件が満たされれば安楽死、つまり具体的に多くの場合、生命維持装置を外すとか、積極的延命治療を行わないということにすることや……ワタル そうっすか。それがあればいいんですか。
シンジ そうすれば……
ワタル なんか東海大学の医者が……
シンジ 東海大学の事件、裁判ですけど、基本的に安楽死4条件を満たしていれば安楽死に加担することは自殺幇助ではないし、殺人でもないが、今回の東海大の医者に関して言えばそれを満たしていなかった。安楽死4条件を満たしていなかったので殺人罪に該当すると。
ワタル なんとなくそういう形で安楽死とかを規制したい? 安楽死、尊厳死とかを。なんでなのか知らないんですけど。
シンジ ただ、日本の場合4条件がありますし、この4条件は実は諸外国でもかなり一般的に採用されている条件なんですが、一部の国についてはこの4条件を緩和するという方向に出ていまして。ま、テレビでも放送されてみなさんご存知のことと……オースト、オーストラリア、オーストラリアの北部準州っていわれるところで成立している法律が典型例なんですね。で、これは死期が迫っていれば、当時はですね、耐えがたい痛みを訴えていなくても、死期が迫っていることを専門医が証明し、さらに本人が健全な精神状態であることをまた別の専門医が証明すれば、耐えがたい痛みがなくても自分の死期を自分で決めて、えー要するに自殺をすることができるんわけですね。そういう法律になっているわけです。で、アメリカではですね、キボキアンっていう有名なお医者さんが今まで40人近くですか、自殺を……
ワタル はかった段階であのー自殺幇助罪ですよね。ここが日本だと。安楽死どころか自殺幇助やりまくり。
シンジ そうですね。で、まー彼はですね、第3回目の裁判でキボキアン無罪になったんですけれども、その無罪の要するに要件を見てみると、要するに安楽死4条件のうち、実はオーストラリアの方とは違ってですね痛みがあるか、耐えがたい痛みがあれば死期が迫っていなくてもいい、そういう条件なんですね。肉体的苦痛があれば、耐えがたいと本人が訴えれば、安楽死幇助、安楽死を行ってもよいということですね。このようにいろんな条件が緩和されつつあって。おわかりのようにですね、安楽死と自殺の境界は極めてあいまいで従来安楽死といわれてきたものは、すべて自殺であって、
ワタル そうです。
シンジ 自殺幇助であったわけですね。したがって安楽死っていうのは、最近できた新しいカテゴリー。つまり合法化されたので、あるいは合法化を求める人間が出てきたので安楽死っていう、その自殺のための新しいサブカテゴリーができて。で、今になってみると自殺がむしろ違うカテゴリーが増えたっていうだけの話。
ワタル わかりやすい例を挙げると、ガンが克服されたあとに、いま当然、当面人類が直面する不治の病ってアルツハイマーだって言われてるんですけど、アルツハイマーって宣告されたらあとはボケまで一直線なんですよ。その人が下の世話まで人に見られる、人間の尊厳を失う前に死にたいっていう、そういうふうに望んだ時、なんら反対するべきでもなんでもない。普通の人間の感覚だと思うんですけど。そういう人はどうすればいいかっていうと、レーガンなんかもアルツハイマーなんですよ。今ね。で、意識がはっきりしている精神状態イコール自殺なんですよ。
シンジ いま尊厳死っていうね、カテゴリー。これはなかなか法的に認められてはいないんですが、要するにさっきの脳死、安楽死、そして自殺の間に強いて言えば尊厳死っていうのが入りますね。これは自殺云々かんぬんではなくてね、例えば今の場合にはボケっていうファクターが入りました。入りましたけれども、個人が自分のですね尊厳、ま、自分が自分であることの価値を、その自分自身を失ったと思えるような状態になる。もちろん生前に決めますけれども、その場合には自殺の可能性を認めてもいいっていうふうにカテゴリーを拡張すると尊厳死になってくるわけです。
ワタル ま、でも植物人間になってまで生きたくないってのは尊厳死みたいな。
シンジ そうです。それも含まれてます。植物人間も含まれてる。植物人間っていうのはね、今差別用語らしいんです。放送では使えなくて「植物状態の人」みたいな。
ワタル ほんとですか?
シンジ あのー、えーと、ラジオで植物人間ってふうに言ったらいきなりディレクターからダメ出しが。「ダメじゃないかー!」っていうふうに言われましたけれども。
ワタル 植物みたいな人間……素晴らしい。オレはなりたいなー(会場爆笑)。花のような人間に。マリーゴールドくん♪
シンジ 例えばね、べし。べしっていいましてね。あのー蔑称でしょ。植物人間イコールべしっていうまあ蔑称だろうっていうふうな考え方なんですね。ま、それはちょっと横に置いておきましょうよ。で、まー自殺っていうカテゴリーがそもそもこういうふうな理由で非常に微妙なカテゴリーなので、人を殺してはいけないだとか、幼女を犯してはいけないだとかと比べますと、違った問題があるので。そもそもこの今の状況ではむしろ、コミュニケーションのね、対象になるべきなんですね。でー、どういう条件が自殺と尊厳死と安楽死と……
ワタル そうかな?
シンジ わけるのか。
ワタル そうくる???
シンジ いや、そういう問題がカテゴリーについてはある。
ワタル ま、宮台さんの……
シンジ ぼくについてはね、言うと……
ワタル あんま……
シンジ いや、いいよ。『神奈川新聞』……あ、ごめんなさい。えーと『朝日新聞』神奈川版でしたっけ? のコメント※1 ではね、あのー、ま、そのことについてのぼくの意見が一部採用されていましたけれども、結局、その自殺をめぐる情報にアクセスすることを禁じると。つまり『完全自殺マニュアル』はまさに自殺についての情報であるし、もちろんインターネットのホームページにはたくさん出てきますが、そういうことにアクセスすること自体が自殺の誘引になるという、そういう考え方が一般化しているのであるのか。もちろん自殺についてのコミュニケーションですね。自殺がいいか悪いかというかコミュニケーションすること自体を「有害」だという判断の対象になりかねない、そういう可能性があります。
ワタル 「死」全般っていう。
シンジ 「死」全般っていうふうに広げてもいいですね。だからそうなってくると、当然のことながらむしろこれからしばらくの間必要とされるですね、死を巡るコミュニケーションが、まあ特に未成年とよばれる若い人たちの目から遠ざけられて、その結果としてですね、彼らの死や自殺についての……
学生 あ、すいませーん。
シンジ はい。
学生 お話中すいません。
シンジ はい。どちら?
学生 えーっと私、早稲田大学教育学部4年の者ですけども、
シンジ はい。
学生 えー、鶴見さんはぼくの尊敬する人物の一人であるんですけれども、大隈老公から続く講堂の中でタバコを吸うのはご遠慮願いたいと。
ワタル えーっと、あのーもし、あのー何か問題があれば裁判で決着をつけましょう。(会場爆笑)堂々とあのーかってたちますから。そうしましょう。
学生 お話中断してすいませんでした。
ワタル はい。
シンジ 気がつきませんでしたね。禁煙だそうです。
ワタル ま、白黒一番はっきり、法廷で決着をつけましょう。いいですよ。
シンジ えーとね、安楽死を続けますが、
ワタル 後であの言葉の意味がわかってくると思う。
司会 質疑応答は後でやるので質問は控えてください。
シンジ いや、まあ質問かどうか?(笑)はい……えーとですね、ま、カテゴリーの問題というとき、つまり実際には『自殺マニュアル』の事実上発禁になったっていうのは、自殺のコミュニケーションのカテリングを行うことに等しいので、これはずいぶん引き続き起こる問題が明らかではない、ということがあります。
で、ついでに言っておきますと自殺本の類は諸外国にも多様に実は存在しています。自殺本についての裁判で要するに「有害図書」指定に近いような処分が認められたケースもありますが、そうでないケースもあって。実はこれについての制度的な一つの妥当性も実はちゃんとした合意があるわけではありません。しかし日本の場合、そうした問題を越えてやや重大な問題があると思うんで。それはちょっと後の話にしましょうか。ワタル でも、あのーここまで安楽死に関してだったら、まあ他の国っつーのは認めていこうっていう方向をとったのに、日本では要するに逆だというのがおもしろいですね。全然後進国じゃないですか。世界的に見れば。
シンジ あのーこれがねえ、難しいのはー
ワタル あ、えーとこれとかに関してヨーロッパっていう。アメリカ・ヨーロッパ。
シンジ あのね、これが難しいのはね、たまたま『SIGHT』っていう今出ている雑誌で僕がですね、安楽死についてのけっこう長い文章※2 を載せさせて戴いてるんですが、それを書きまして制限が問題になってくるってのがあるんですね。でー、うーん……。えー……ちょっと待ってくださいね(笑)。いま何の話をしてましたっけ?
ワタル えーっとね。あのー
シンジ カテゴリーの話までやって、
ワタル 安楽死にも問題があるんですけれども、変えるところが。
シンジ そうか。その、何を言おうとしていたか一瞬忘れてしまいましたが……
ワタル 安楽死を、死のことを語ることを封じるというようなことに関しては、全般的にやっちゃいけないとか。語り合わせない。
シンジ 今ね、ちょっと一瞬記憶が……
ワタル じゃあ、ここら辺は私がつなぐとして。
シンジ あ、うん。はい。
●注
※1 『朝日新聞』(神奈川版)1999年10月20日・朝刊の「「完全自殺マニュアル」有害図書類指定へ」でのコメントをさす。
※2 『SIGHT』創刊号(ロッキング・オン)に掲載された「死を自分のものにするために」という論文のこと。