すばらしいワタル紀行 1999年4月2日(金)

現代的犯罪とその背景


9.質疑応答

会場1 (こちらを参照)

会場2 あのー、直接ですね、今日の演題とは違うかと思うんですが、宮台さんいらっしゃるんでちょっと質問させてただきたいんですが。最近ですね、今まで、以前もあったと思うんですけど宮台さんに対するですね、そのー、まあ、今とられてるリベラリズムだとかニヒリズムに対する批判的な書物がですね、いろいろこう出てるかなっていうところありまして。で、まあ哲学的だとか主張的なですね、そういう論理矛盾がないかっていうふうな立場とですね、そういう批判がある一方でですね、やはり確信犯的にそうしてるっていうふうなですね、まあ、2通りのこう……だったと思うんですが。その点宮台さんはご自身でどんな立場からその、ま、リベラリズムのフィールドを考えられているのか?

シンジ それはねえ、あのー、ま、僕に批判本がいろいろ出てるんだけど、あれはけっこうありがたい話でね。っていうかもちろん彼らはさあ、僕の名前でねえ、人の褌で相撲とって儲けてるわけだから「俺に印税回せ」っていうふうな主張もありうるけど。でもあの本極めて質が低いんでですね(笑)、多くの人間は、あのー、つまり僕の対抗論理はこの程度ものしか組織できないのかって、そういうのが目撃できるやっぱいいチャンス。ショボさを目撃できる。対抗論理の。

 でー、あのー、例えば典型的な批判、その僕が矛盾しているという批判の一つはね、宮台はポストモダンを推奨してるのか、モダン、やっぱ自己決定とかさあ自己責任原則のある社会ってのはそのモダンの典型じゃないですか。でー、モダンを追求してるのか、ポストモダン、例えば「まったり」とか「意味からの離脱」「意味から強度へ」とかなんとかってね、そのー、ポストモダンを普及してるのかどっちだと。「両方は本来矛盾するじゃないか」とかっていうふうな議論がいろんな所で同じように出てくるわけ。

 で、これはさっきちょっともう鶴見さんとの話で話してることで、単に無知なんですよ、彼らは。ポストモダンっていうのはプレモダンではありませんから、基本的にはモダンの徹底の中でしか出てこない。だから僕は『ダ・ヴィンチ』でも書きましたが、「意味から強度へ」とかね、「アタマじゃなくてカラダを使え」とかっていうのも、例えばそれが本に書かれて、活字に書かれて、で、みなさんそれを目で読んで、頭で理解することから始まるわけだから。

 近代社会になって以降はね、例えば死を共同体的に生きるにしろそれは自己決定だし、死を孤独に生きるにしろそれは自己決定だし、共同体を選ぶにしろそれは自己決定だし、ポストモダンな生き方、例えば意味から離脱をするにしてもしないにしても、それも自己決定だし。実はそのポストモダンっていう概念は、モダンの中でしか意味を持たない概念なんですよ。だから「モダンとポストモダンが対立している」っていうふうな考え方は、それは単に無知です。ま、詳しい話は来週しますから。はい。

ワタル 一時期あのねえ、『構造と力』みたいな本が売れた時に「ポストモダン、ポストモダン」って言われて。あれはポストモダンっつー形を理念型として想定しただけであって。別に「ポストモダンの社会になった」って言ってるわけじゃないのにみんな誤解して、今もポストモダンの社会なんだと思いこんじゃったところがバカですよね。

シンジ うん。

ワタル それを話しさせたらこの2人すごい強いと思いますよ。

シンジ うん、ま、だからそれはね、浅田彰氏が今から10年……あれは83年だから……16年前に言ったことですけどね。あのー、つまり彼は「実は自分はモダニストだ」と。「9割はモダニストである」と。で、実はモダンの先のことを言っただけなんであって、日本に必要なのはね、ポストモダンじゃなくてまずはモダニズムの徹底だと。あるいは「モダニズム的なものをなんらかの形で持ち込む以外に手はない」っていうのを繰り返し言ってますよね。

ワタル 最初言ったのたぶんニーチェでしょうね。きっと。

シンジ そうだね。

ワタル 結局はドゥルーズ=ガタリかな。で、浅田彰になってる。

シンジ 19世紀の現代哲学のルーツになるのは、基本的にはそういう発想です。全部ね。ま、この辺の話は、僕向きの質問は来週に詳しく……はい。

ワタル この話は無意味っちゃ、無意味。

シンジ (笑)

会場3 先ほどのドリルの話なんですけども、

ワタル はい。

会場3 部活動のトレーニング……トレーニング自体にハマっていくみたいなことで、あまり鶴見さんそういうこと……自由がキーワード、あまりハマっていくこと自体に肯定的ではなかったように思ったんです。

ワタル はい。

会場3 で、私は体育会系ではないんでわからないんですが、例えば本を読む、フーコーを読むって、フーコーの本は読むの難しいじゃないですか。で、難しい本を読むこと自体が苦痛ってことがあって。だから……だけども、苦痛だけれどもハマって、本にハマっていくってのがあるじゃないですか。

ワタル あるんすよね。

会場3 そういうことを、なんていうんですかね、鶴見さんだって結構難しい本たくさん読まれたわけで

ワタル そもそも自分で

会場3 その苦痛が快感とかって、そういうことだってあるんじゃないんでしょうか?

ワタル や、そもそも「考えたってしょうがねぇ!!」っていうふうに本の帯にでかく書いてるんですけど、思いっきり考えて本書いてるところが矛盾なんですけども。やー、矛盾しちゃってね(会場笑)。まったく矛盾しちゃって申し訳なくて。だけどツライもんはやっぱり読めないですよね。面白い本しか読めないです、俺。

会場3 や、だから辛いということ自体が快感とかそういうことまで含めて快感ですか?

ワタル あー

会場3 もうちょっと膨らませて言った方が。

ワタル マゾヒズムの快感とかたぶんあると思いますけれども……ドストエフスキーの小説面白いんすけど、あのー、自意識過剰について突きつめて書いてる『地下室の手記』っつーの是非一読オススメするんですが。自意識、自意識過剰っつーことがたぶん今の世の中の問題の最大のキーワードじゃないかなと最近にらんでるんすけども。その自意識過剰、「あらゆるものを意識してやる」とかね、その主人公は言ってるんですけど。「そこにジッと焼け付くような快感がある」って書いてるのを、俺は高校の時に線引きましたけどね。そういう……パンクってなんかみんな不満そうじゃないですか。でもあれって不満じゃなくて楽しいんですよ。ものすごく。そういう、なんちゅーんすかねぇ……単なる「気持ちいい」という以外の快感もあるな、とは見てるんですけどね。だけど大方、概ね辛いことが多いんじゃないかという感じです……としか今のところまだ考えが進んでない状態なんですけど。

シンジ あのー、鶴見くんのね、『檻のなかのダンス』に対する書評の一つで僕が読んだのは、「踊れっていうんだったら、お前が本書いてないで踊れよ」っていうね(笑)、批評があったんですよ。

ワタル あ、それ

シンジ それは僕に対するのもありましたよね。そのー「まったりしろって、お前なんで物書いてんだよコラ」っていうね(笑)。結局同じ質問なんで……対する疑問ですよね。だからそれは、もちろん矛盾なんですよ。でもその2つのことでその矛盾は弁護できてね。近代社会っていう社会はそういう矛盾を通過してしかさ、その強度とか踊りとかに行けない。そういう……だって踊りが自明じゃないし、まったくの自明じゃないからしょうがないんですよ。意味を通じて強度に行く、そういう弁護の仕方が一つあるのと、あとやっぱり僕たちはさー、やっぱりドリル、ドリルにある時期やっぱ適合してやってきて。で、それをモダンの徹底っていうふうに言ってるんだよ。いっぱいいっぱい本を読んだりとかやって。で、モダンの徹底とよく似てるのは、つまり徹底しちゃったら嫌になったっていうのは、それはあるかもしれませんよね。だからその意味でいえば、じゃあ、なぜ物を書きながら「まったり」とか「踊れ」とか言ってるのか? それは、こっちがそういうところに行くまでに本を読んでしまったと。不幸か幸いかそれはわからないけど。

ワタル 矛盾はありますね。それはあるね。

シンジ 読んでしまったんだよ。それは取り返せないよ。読んじゃったんだからさあ。今さらねえ(笑)、記憶を消すことはできないし。つまりそういう個人的キャリアの中で物を書いてるってことがある。

ワタル それとか、後やっぱりあのー、それ、それに気付いて以降でも、自分が大切に思ってる自分の幸せに反することはやっぱりやってないなと思うんで。それってやっぱ楽しかったんだと思うんですよ、俺。あのー、本書きはね。快感の種類の中でちょっとこれは上げなかったんですけど、あの、代弁者になるっていう快感。実は自分でそう思ってるところがうぬぼれてるんですけど。これはかなり強いすよね。

シンジ 僕ね、あのー

ワタル 代弁者。

シンジ はい。その快感と

ワタル 「みんなこう思ってるでしょ」「俺がかわりに言うよ」っていうね。

シンジ うん。

ワタル これはすんごい痛快。

シンジ あとねー、あとやっぱ、物書くこと自体の快感ってやっぱりあってね。

ワタル ありますよねー

シンジ うん。漁師町を取材してて思ったんだけど、やっぱり漁師の人間ってみんないい顔してるのはね、まずさ、出ても豊漁かどうかわかんない。それはとにかくわかんないじゃないですか。不透明なとこに乗り出していって、

ワタル ええ。

シンジ で、「手応えがあったー!」ってそれが強度になる。インテンシティになるんですけど。物書きとよく似てて。代弁できるかとかね、人が賞賛してくれるかってことが具体的にはなくても、書いてると「うまく書けたか/書けなかったか」って自分にしてみればわかる。

ワタル ええ、ええ。

シンジ だから「うまく書けなかった……ボツ」「うまく書けた! 最高だぜ!」っていう快感ってあるわけですよ。その後、でもその後、その書いたものを人が評価するかどうかわからないですよ。「全然だめだ」ってなるかもしれないけれども、物書きっていうのは面白くて、自分がやっぱり最大の読者である。うまく書けたときにはすごい快感があるんですよ。「やった! こんなスゲエこと誰も書いてないぜ!」っていう。

ワタル そう、その、それだったらもう発表しなくてもいいぐらいっすね。

シンジ そう! 発表しなくてもいいぐらいの快感なんですよ。

ワタル そういう段階もあるんですよ。

シンジ あるんです。ドーパミン出まくるんですよ。夜中に書いてると、真夜中のラブレターとよく似たような感じ。

ワタル 何度も読み返しますからね。

シンジ そうだね。

ワタル そういうのって。

シンジ そう、そういう快感があるので。それは物書きをする時にやっぱりそれはねえ、

ワタル だからほんとに『檻のなか〜』で書いたアタマとカラダに分ける快感っつーのは、ほんとに便宜上のもんであって。やっぱり、これ(花)を見てなんで気持ちいいのか? っつーの説明できないですし、多様なものがあるんで。各自見つけていただきたい、という感じなんですよね。僕にもまだ分析しきれてません。

シンジ 他にどうですか?

会場4 とりあえず今日のとこは鶴見さんにお伺いしたいんですけど、私はドラッグをあんまり……合法しかやったことなくって、ちょっとよくわかんないんですけど。友達……ま、知り合いくらいの子なんだけど、やっぱりエクスタシーとかやってる子がいて。で、その子は、まあ、一時すごいハマってたんだけど、なんかエクスタシーやったまんま運転したらそのまま電柱にぶつかって……

ワタル それはありえるかもしれないですね。

会場4 うーん、で、まあ、それを機会にこう足を洗ったらしいんですけど。そういうこうクスリ入れてる状態で、ちょっとこう自分が何をやってるかわからない、コントロールできないみたいな恐怖っていうのは……?

ワタル だってそのためにやるんですもん(会場笑)。

シンジ (笑)

ワタル 酔っ払い運転と同じでしょ。

会場4 そうですね。

ワタル それ考えれば、そんなに特別なことではないと思われませんか?

シンジ 酔っ払うためにやってるんだもん。

ワタル そうそうそうそうそう。酔っ払うため、みたいなもんです。それバーンってやって「酔っ払い運転はもうやめよう」って思うのと同じようなレベルで考えてもらえば、すごいわかりやすいと思います。そんなに恐いものではないですよ。

会場4 あともう一つお聞き……

ワタル むしろアルコールの方が恐いって言っておきましょう。

会場4 もう一つ質問で、えっと、管理されることすごく嫌うじゃないですか。

ワタル 大っ嫌い。

会場4 たぶん2人ともそうだと思うんですけど。ただ私の実感として、絶対なんか「自由に生きろ」って言っても困ってる人絶対いると思うんですよ。むしろ管理されることを望んでる人っていうのがいて。それを私あのー、一時期こうちょっとオウマーで、サティアンに通ってたときにすごく感じたんですけど。やっぱなんか、私下っ端の方しか知らないんですけど、すごい頭悪いんですよ。でもなんか頭悪くなりたがるっていうか、思考停止に陥るためにやってんじゃないかな? っていう部分が結構あって。

ワタル ああ。

会場4 案外管理されるって、それはそれで気持ちいいんじゃないか?

ワタル や、もう自分の体験の例と、それ一緒にしていいのかどうわかんないんですけど、もうその受験勉強してたときって今から見ると完全に精神病だったんすよね。苦しくてしょうがないんですよ、もう。その時なんかはもういろいろ、もう全てのことが気になって気になってしょうがないんで。ヒトラーみたいな人がボーンと現れてくれて、「全部決めてくれ」って、「決めてくれたらいいなあ」ってほんとに思いましたけどね。

 そういう……だから人間って面白くて、柄谷行人とか強迫反復だとか言ってたけども、自由と管理の間を行ったり来たり行ったり来たりしてんですよね。とりあえずどっちが……あのー、ナポレオンのねぇ、独裁とかっつーのは、あれはみんなで選挙で決めたりとかしてんでしょ。その後またナポレオン3世が復活したりとかして。また独裁政治に戻ったり。イギリスの歴史を見ると、ヨーロッパ見ると完全に自由な社会が成立してるなんてないですよ。ロベスピエールの恐怖、恐怖政治みたいなの全然自由社会じゃないじゃないですか。あの自由革命起こった直後なんですけど。

 だから管理される、「されたい」っていう人たちがドーンとのし上がるとき、たびたびあるんですよね。あれヒトラーだって全部選挙で投票して、で、国会でわざわざ全権委任法っていうのを通してヒトラーに全権委任したんですから、あれ。みんな管理されたかったんですよ。ヒトラーにね。社会メチャクチャになってて、誰かドーンと出てくれる人いないか? っていう感じで。だけど、じゃあ、俺はどっち、そういう時どっち選ぶか? って言われたら「やっぱり俺は自由がいいな」って思いますけどね。それはその人の自由。好き好きだろうと思いますけどね。

シンジ あなたは快感が……あなたはどういうふうに感じたの?

会場4 いや、けっこう……私その時受験生で

ワタル でもそれってわかる気がします。そういう、受験の中でそういう感性があるのは確かだとは思いますね。歴史を見ても明らかなように。

会場4 なんか案外こういう人が幸せそうになる、っていう部分はあったんですよ。

シンジ あなたはノレなかった?

会場4 本をかなり読んでましたから。

ワタル 自分で、自分で決める苦労を全部放棄しちゃうってことかな。

会場4 うーん、でもその管理されたい人が過半数になった時に、やっぱりこう、自由を求める人たちはどうやって対抗すればいいんでしょう?

ワタル 逃げる。そういう社会から。だいたい飛行機のって海外行きゃあいいじゃん。あの「国家論」とかいう人ってバカバカしいのは、テクノロジーのことなんも考えてないんですよね。それ……愛国心とか言ってる頃の時代って、海外旅行すらままならない時代だったから、当然国対国の敵視、愛国心があったり敵国心があったりとかってあるのに、今はこんだけ海外の人と自由に通信もできたりとか、えーっと、遊ぶの行けたりして。その頃に愛国心だの国と国との敵対心だの芽生えるわけないんであって。実際芽生えてないじゃないですか。「攻める」つったって、国連軍がNATOが決めたりとか。国対国、国の威信を背負って、で、お互い闘う戦争もうないでしょ。実際に。あのー、むかーしからやってるようなところ以外は。そういうこと考えないで愛国心だの公共性だの言ってるのって、ほんとに頭が悪いですね。余談ですけど。テクノロジーが大事です。

シンジ あの、もう時間来ました。あと1件だけ。はい。

会場5 あのー、ちょっと理論的なことというか実践編というかそういう感じなんですけど、去年まで「レインボウ2000」があったじゃないですか。鶴見さんは、ちょっと知らないんですけど毎日行かれてたんですか?

ワタル はい、最初っから行かしてもらいました。

会場5 あ、で、今年は、それはあるのか知らないんですけど「ワイヤー99」っていうの決まったじゃないですか。

ワタル いや、それあんまり聞いてないんですけど。

会場5 横浜アリーナで1万人とかって規模でやるらしい……

ワタル あ、卓球がやるやつ?

会場5 はい?

ワタル 卓球が?

会場5 あと、マイク・ヴァン・ダイクとかみんな来て。

ワタル …?…とか?

会場5 はいはい。それで「レインボウ2000」の話し聞かないんでそれが代替になったのかな? と思ったんですけど。

ワタル や、それは違う組織がやってますね。

会場5 あ、そうなんですか。

ワタル ええ。

会場5 それって屋内じゃないですか。

ワタル 横浜アリーナって言ってました?

会場5 はい。

ワタル 横浜アリーナか。横浜球場じゃないんだ。

会場5 そこで一晩やるっていうんですけど、それはどうなんですかね?

ワタル そういうのもレイヴだと俺は思いますけどね。イレギュラーなクラブ会場でやるもの以外は、あ、レギュラーなクラブイベント以外は全部レイヴだと俺は思ってますけど。全然いいと思いますよ。「雨降ったら困るんだから屋根つけりゃあいいじゃん」って、そういう発想で。

会場5 じゃ、屋外の方がいいっていうのは、やっぱり散歩とかそういうのに……

ワタル あ、そっす。そう、その楽しみがないのは残念ですけどね。

会場5 ああ。

ワタル だいたい夜明け、夜が明けてるのに見れない、日の出が見れないとかですね。夜明けのきれいな時間に。あときれいな空気を吸えないとか残念なんですが。でもそういう大会場でやるのっつーのは、非常に楽しいと思います。

会場5 はい、それであと散歩っていうのに、興味がまだわからないんですけど。僕からすると解脱、解脱しちゃったのかな? っていうふうに見えちゃうんですけど。散歩……ダンスが楽しいってわかるんですけど、散歩は体が楽しいからじゃないですよね?

ワタル や、でも考えてみたらレイヴだって半分は散歩してるんすよ。みんな。踊ってないもん(笑)。散歩、散歩だけして帰ってきた日だってありますからね。なんちゅーのかな? やっぱ体が自由に動いてるじゃないですか。

会場5 はい。

ワタル 絶対に「こっち行け」とか「あっち行け」とか命令されずに「行きたい方行ってる」みたいのっていうのは、気持ちいいもんじゃないかな? と思って。俺は同じ快感に感じられますね。

会場5 あ、同じなんですか。

ワタル はい。その後にバスとか乗せられて3時間ぐらい新宿までずーっと行くのは、「まったく別のもんだな」っていうの明らかに感じますからね。

会場5 ああ。分かりました。どうも。

シンジ まあ、体使うっていう場合にね、使う場合と、受容体としてね、いろんなものアクセスしてくる力を開くってのと両方あるから。散歩ってむしろその受容性の部分が開かれるから、

ワタル あとダンスってトランスっつー要素があるから

シンジ そう。

ワタル また特殊ではあるんですよね。

シンジ ま、だからその、散歩もそれなりに体使ってしてるとは思います。えー、ま、今日はですね、あまり「犯罪の話」という意味では

ワタル (笑)

シンジ 必ずしもやりませんでしたが、あのー、まあ、いろんな新しいタイプの犯罪のベーシックな部分に流れている感受性に触れることができたというふうには思っています。まあその隣り、さっきもちょっと僕申しましたけども、単なるバランサーとしての補完的なリラクゼーションとかね、補完的な逸脱っていうものと、ほんとに、システムにほんとに対立するような逸脱とは基本的には区別される。論理的には。で、いろんなものがたぶん混在しているのが、今日的な状況じゃないかな、というふうに思います。で、来週1週間後ですけれども、僕一人でお話しをさせていただきますが、その時は比較的犯罪に結ぶもので。えー、主に「毒」、僕は昨年から、ま、「毒」っていうのはみなさんもキーワードだと思っていますけど、「毒」っていうことをブリッジしてみなさんとお話ししてみたいなというふうに思っています。じゃあ、また来週(会場拍手)。

おわり


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