TAKE IT EASY

鶴見済の「生きる練習、死なない工夫」最終回

 

『昆虫の擬態』1)なんて写真集をふと買ってしまったばかりに、大変なことになった。
体が葉っぱ! コノハムシの羽(体)は葉脈(葉のスジ)まで木の葉そのものだ。しかも青葉やら枯葉やら、緑が微妙に枯れてるものまで(!)……、各種ある。鳥に見つからないためなら、ここまで完璧に似せる必要はないらしい。水中の"擬態"ではリーフィ・シードラゴン2)が驚異的だ。タツノオトシゴの体じゅうにコンブがうようよ生えている! 信じられない。
 ――いい! 生き物の色や形は、どれもこれも実にうまくできていて驚くが、これらは全部、我々を驚かすためにやってるわけじゃないのだ。ハアハア言いながら、次々と写真集を買いまくる。花、紅葉、昆虫……。

 最終回の今回は「自分の幸福」のみを追求しつづける筆者の、当面の結論を書こう。

地面が紫!3) うっ……! あたり一面、紫色。"芝桜"が、びっしり咲いてるらしい。この世のものとは思えなかったが、(北海道)とは……。
 ――大変なことになった。翌日、また本屋へ行き、自然モノの写真集をまとめ買いする。珊瑚と熱帯魚、鳥、ペンギン……。
ペンギンが無数!4) あうっ! 氷の上にドバーッと散らばる黒いものが、全部ペンギン! 何百万羽か知らないが、気が狂いそうな過密状態でじっと立ってる。寒いからだそうだが、南極は寒いってば!
 ――こんなことが起きてるとは! 凄い、凄い……とまた取り憑かれたように書店に走り、買っては部屋で叫ぶ。空、雲、虹なんて非生物も……。
純白の砂漠!5) 真っ白い砂と青い空。それだけなのに、アメリカの"ホワイト・サンズ"は素晴らしい。それ以外に言葉はない。「砂漠が美しいのは、どこかに井戸をかくしているから」だぁ!? この「よさ」に"理由"をつけようなんて愚かだ。「まったくわからない」からこそいいんじゃないか(井戸どころか、この美しい場所は、人類初の核爆弾の爆発後を隠してるのだ)。
――みんな「驚異の世界」だ。もっと見たい。クラゲ、鉱物、蝶……。止まらない。
月が光っている!6) 雲の上は別世界だった。いつでも晴れてて、月が呆れるほど輝いてて、下に雲海が広がる……。いい、としか言えない。「神」なんて"理由"もいらない。ただ「わからない」ことに圧倒されるべきだ。
――そして、ついに見つけた。「雪の結晶」写真。これが今のところ"ベスト"だ。
精巧なガラス細工7) !!!?……。まさか……。声も出ない。輝かしすぎる。人工物だと思いたい。が、ひとつひとつ全部違うから、自然にできたものに間違いない。"雪印のマーク"よりはるかに複雑で幾何学的な「紋章」。細かいところまですべて正六角形と角度120度でできてる。しかも、何かに似てる。シダの葉、鳥の羽、葉脈、ハエの触覚……、みんなそっくりだ。川、木の枝、毛細血管……、"手"もか? 蜂の巣や亀の甲羅も正六角形だった。なんて不思議なんだ。ただ、「フラクタル現象」なんてまとめかたは違う。似てないものは、もっとたくさんあるじゃん。「神は細部に宿る」だって!? バ〜カ。「神」なんて、地球上で、ほんの最近、ヒトの大脳っていう「細部」に宿ってるだけだ。わからない。自然界のことでヒトがわかることなんて、ほんのわずかだ。
 ――2ヵ月後、50冊くらい買ってやっと落ち着いた。あー、面白かった。

「海の生物の不思議について、幼児のうちに体を通じて体験できたものは幸福だ。遅くとも中学1年生まで、外の世界の驚異ではなく自分自身の内面問題に関心が集中してしまわぬうちに。これが幸福になれるためのタイムリミットだ」(荒俣宏8))
 そのとおりだ。で、自分もほとんどの人も、タイムリミットをすぎて、自分の部屋で「鏡」と「日記」と睨めっこをはじめて、"内面=(自意識)"の探りあいに全力を使い果たして、外の世界を見るのを忘れて、不幸になってると。他人の内面に映る自分の内面に映る他人の内面……という、自意識と自意識の「合わせ鏡」の地獄。「日記」はその膨大な自意識の徒労の記録だ。「合わせ鏡」の間に無限に広がる世界は、見尽くすこともできないし、見る価値も薄いのに。あなたが毎日熱心に見てるその鏡には、何か大したものでも映ってるのか?
 その間、外の世界では、ヒトになんか目もくれず、いろんな生物が共生をしてる。ヒトは生物界のオミソ、仲間外れだ。ヒトは進化の頂点になんかいない。変に「考えすぎてる」生き物だ。キノコはそれを教えてくれる。

キノコは「考え」を笑う9) わからないばかりか、わかろうとする努力自体を嘲笑っているとしか思えない。
 シイタケなんかは一部にすぎず、度肝を抜くような、ヒトをバカにするような色や形、大きさ、生態を持つものがたくさんある。蛍光緑に強烈に光って、ヒトの気を狂わせたものもある(そのメカニズムも意味もよくわかっていない)。何も考えずに見れば、とんでもなく美しいのに。
 しかもキノコの本体は、地下にある「菌糸」の集まりで、これらは胞子を飛ばすために地上に出したほんの一部の「子実体」なのだ。その見えない本体は、最大で広さ15ヘクタール、重さ100トンにも及ぶ。その年齢が1500歳ってことは、「生死」もあるらしい。
 しかもしかも、キノコとカビは「菌類」とされて、両者の区別は、子実体が肉眼で見えるかどうかでしかないのだ。だから、研究するほどデタラメなものが見つかり、どんどんわからなくなるばかりなのだ。
 ヒトはわからないものを見ると不安になって、「区別」や「分類」をして「理解」し、安心しようとする。なのに、キノコはその出発点から崩してくる。何度も分類をやりなおした末、今では区別の第一歩の「命名」もしなくなってきた。つまり「わかりません」と白旗をあげたらしい。
 幻覚性キノコなんて、物理的にヒトを「思考不能」にして混乱させるが、無理に考えようとしなければ、とても気持ちいい。
「最初は色々工夫をしていたが、だんだんそれが無意味とわかって、何も考えず、目の前にあるものを写すようになった」。キノコに限らず、自然モノの写真家は大体同じことを言う。「わからない」と素直に認めれば、爽快な気分になれる。
 しかし。冗談ではなく、キノコの本領は、こんなことではないのだった……。

地球の大御所 生き物は最も簡単に、菌類、植物、動物(動くもの)に分けられる。大勢力らしい。そしてこの3者は、「光合成と呼吸」に匹敵する、エネルギーの大共生関係を作っていた。
 まず植物が光合成によって太陽光(無機物)エネルギーを有機物に変え、それを草食動物が食べ、それを肉食動物が食べ、生きるエネルギーとし、糞尿をまき散らした末に死体になって転がる。ただ植物は、自分の落葉でも、有機物は取り入れることができない。そこで「分解屋」のキノコ(菌類)が、これらを腐らせてアンモニアなどの無機物に戻し、その過程で自分のエネルギーを得て、それら無機物を植物が根から吸い上げて光合成する。「植物→動物→菌類→植物……」と地球上でエネルギーが流れてるわけだ(ハエトリソウなどの"食虫植物"が驚異的なのは、虫を食べて「植物←動物」という、動物が光合成するような、恐るべき大反則をやってのけるからだ)。

 単純な事実として、キノコは"地球の主役"で、糞尿を下水に流し、死体を焼くヒトは「いてもいなくてもいい存在」と言える。地球の写真集はそれを痛感させる。
地球のメイン部は海 10) スペースシャトルからの写真を見て思い知るのは、大部分が海だったこと。さらに残り(3割)の陸で目につくのは砂漠(40%)、熱帯雨林(6%)、氷、山……、など。こういう人が住めないところが半分以上で、ヒトのいる"都市部"なんてまさに「点在」してるだけ。
 地球は「未開の地」だらけなのだ。メイン部分の海の中も、全生物の半数以上が密集する熱帯雨林も、ほぼ前人未到でやんの。
 だから生物種の総数なんて、何百万だか何千万だか、「近似値さえわからない」のだ。わかってるだけでも、一番多いのは、昆虫と花(顕花植物)で、以下、菌類やクモ類。脊椎動物なんか、虫の1割もいない上、哺乳類はそのビリから2番め。熱帯雨林に住めないヒトにいたっては、「地上のチリ」と言える。

 で、「地球を守れ!」だっけ? ヒトは地球を守ることも壊すこともできない。そんな力(影響力)はない。誰も言わないので言うが、ヒトは、ホワイト・サンズ以降、たった50年間に核実験を900回もやったんだぞ、90回じゃなくて900回! 太平洋のサンゴ礁なんて、核実験場だったのだ。キノコ雲の写真集11) を見ると、もう笑うよ。ドーン、ドーンって、よくもこんなに爆破しまくったもんだ。
 で、「地球にやさしく!」だっけ? 大した"ホモ・サピエンス(賢いヒト)"だ。「地球環境問題」「エコロジー」なんてヒト最大級の問題でさえ、全部架空、ウソでやんの。「近似値さえわからない」生物種が、今統計では「15分に1種が絶滅してる大ピンチ!」だそうで、「トキを守れ!」だって。気狂いか? 人口、気温、面積……等々の地球的統計数字は、よーく見れば、全部「ドンブリ勘定」とさえ呼べない"大予言"だ(特に"急激な変化"以前の数字ね)。人口爆発も「種の大繁栄」じゃなくて「地球の危機」だとさ。「自意識過剰」は「うぬぼれ」って意味でもあったけ。呆れたよ。

 もう、つき合いきれません。自分は、他の全生物と同じように、「自分の幸せ」だけ考える。しかも「いてもいなくてもいい存在」なら、一層やりやすい。
 実はタイムリミットを過ぎても、確実に幸せになれる方法を、ひとつ知ってる。
「エクスタシーやりゃいいじゃん」。覚醒剤でもいいけど。
 ヒトの不幸のもとは、規模の大小に関係なく「自意識過剰」の一言に尽きる。「考えすぎ」なのだ。もともとヒトの変な進化の始まりが「自意識」で、しかも後戻りができないなら、もう自意識過剰を突き詰める以外に道はない。
 「自意識」ってのは「自分の脳の働く様子を自分の脳でとらえる」作用のことで、脳内の感覚や情動を統合して、脳の各部へ指令を返す「前頭連合野」がそのありかだ。
 つまり自意識過剰を突き詰める、というのは、脳の動きを把握しつくして、脳を自由自在にコントロールして、自意識を意識的に操って苦痛を鎮めて(人格改造!)、さらに幸福まで脳を刺激して感じてしまうことだ。
 だから、エクスタシーと覚醒剤は、変に進化して不幸になったヒトの、一発逆転の最終兵器だと思う。これらが自由にできれば、もう他の生き物より不幸だろうが、どうでもいい。嫌な人はシラフで生きればいい。で、ヨーロッパでは、大体どちらの個人使用も、事実上ほぼ合法だ。
生き物に国境はない 国境線はヒトの大脳にだけあるものだった。この島の生活環境が嫌なら、移動すればいい。簡単な話だ。誰もここを望んだわけじゃないんだから、全員この環境に合うほうがおかしい。トンズラ、トンズラ。こんな「動物」の特権ですら、自意識のせいで忘れてた。ここの教育、金融、労働……なんて問題が本気で嫌なら、トンズラだ。
 さて、結論。本気で幸せになりたけりゃ、社会を憂いたり、「反対」なんてやってる場合じゃない。他の場所での生活とここの生活のメリットとデメリットを真面目に調べて、比較して、生きやすいように「動く」ことだ。「渡り鳥」方式でもいい。まず自分は、調べることから初めてみる。ただ念頭に置くだけでもいいし。
 とにかく、外に目を向けること。すぐには難しくても、いつかは。で、最後は威勢のいい言葉でお別れだ。
鏡を割れ」。

 

1)海野和男、平凡社 2)サンシャイン水族館で見れる。
3)『百人百花』グラフィック社 4)『ペンギン大陸』岩合光照、小学館
5)『White Sands』小川直樹、講談社
6)『天の刻』竹下光士、青青社 7)『雪花譜』講談社
8)『海の散歩』光琳社出版。傍線筆者。海のものは素晴らしすぎて、
  記述不能。クラゲやサンゴやウミウシの「よさ」は見てもらうしかない。
9)『きのこブック』伊沢正名、平凡社
10)『驚異の地球』日経BP社
11)『アトムの時代』美術出版社

(『buzz』1999年3月号より)


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