石川県政の功罪(第五部)

6 NPM(ニュー・パブリック・マネジメント)

 静岡県のホームページでは『 全国初!! 本格的な新公共経営(NPM)を進めます 』などと、まるで静岡県が本格的なNPMを全国に先駆けて導入し進めているかの印象を与える見出しが躍っている。
 しかし、よく読み進めていくと、

「静岡県では、明確な成果目標のもとで、計画(Plan)−実施(Do)−評価・改善(Check,Action)を的確・確実に繰り返す行政運営の体系を構築し、我が国初の本格的なNPM(新公共経営)を確立します。具体的には、平成14年4月に策定した新しい総合計画「魅力ある“しずおか”2010年戦略プラン」やこれまでに作り上げてきた「業務棚卸表」が、我が国初の本格的なNPMの構築に向けた取組です。」

 などとあり、それが目標に過ぎないことが分かるのである。

 静岡県の広報の特徴として、前章(情報操作)で指摘した直接的な「まやかし」のほか、このように、全国初であるとか全国一とかいう飾り言葉での自讃を好んで多用する事実が散見されるが、一般にこういったケースの多くは第三者から評価してもらえず中身の無い実態を取り繕う意図を持って行われることが多いものである。
 実際、
一連の裏金問題では、存在する書類を無いと言ったり、職務で作成した調査メモを職員個人のものだから、と情報公開にも応じなかったりし、その隠蔽体質を非難されている本県の情報公開の実態がありながら、県のHP(知事トーク)では、

 「本県の情報公開制度は全国的にも早い11年前からスタートしています。」「地方公共団体が国に先駆けて導入し、育ててきたものです。」

 などと、聞こえの良い言葉が並んでいるのだ。しかし、情報公開の良し悪しが導入の速さなどではなく、今現在どのように運用されているのかという中身で評価されるべきものであるということの認識くらいはいくらなんでもあるのだろうから、やはりこれも中身の無いものを糊塗するための飾り言葉であるということになる。

 ただ、NPMに関しては、自身の守旧派イメージと改革派知事と呼ばれる知事達の存在を意識してか、そこにかける執念はすさまじいものがある。

 「今後は、本県がNPMの本家・本元となるよう、「NPM発想の県内外への普及」のため、「新公共経営・政策評価学会(仮称)」の発足を支援し、全国の行政関係者、研究者等のネットワークづくりを進め県内外に情報発信します。」

 などと、全国レベルの政治的広報手段にまで税を投じ、その守旧派イメージの払拭に懸命である。

 そうは言っても問題は、やはり中身がそれにふさわしいかが問われなければならない。

 さて、それではその静岡県のNPMの実態を見て行くのだが、それに当っては、やはり具体的に他の自治体との比較による方が分かりやすい。
 ここでは三重県との比較において検証していきたい。
 なぜ、三重県かであるが、以下のとおり、NPM・行政評価関連の近年の主な文献において、その著者の立場・主張を越えて評価が卓越していることも大きな理由であるが、平成8年に起きた不正支出問題に対する対応、情報公開に対する姿勢など静岡県とは実に対照的なリーダーシップの下、似て非なるNPMが進められているからである。また、その三重県のリーダーシップを取った北川正恭元知事は、2000年、長年にわたる懸案となっていた芦浜原子力発電所計画を巡り計画の白紙撤回を求める考えを表明し決着に結びつけるなど、決断力ある政治家として評価が高く、この点でも実に好対照だからである。

評        価
2001
(H13)

「地方団体でまず行政の大胆な改革に取り組んだのは三重県である。三点セットと呼ばれる、「さわやか運動」、新しい総合計画「三重のくにづくり宣言」、行政システム改革、のうちで最も先行して取り組まれたのが、内なる改革と位置づけられ、職員の意識改革と事務事業の見直しから構成される「さわやか運動」であり、1995年7月に開始されている。なかでも事務事業評価システムは95年度に試行、翌96年度から他団体に先駆けて本格的に導入されている。このときの改革手法が伝統的な改革手法と大きく異なっていたのは、NPO的な考え方を取り入れ、成果目標(アウトカム)、コスト(事業費+人件費)を明確にし、情報公開による客観化も行ったことである。」「もう1つの大きな特徴は、NPMの主要な部分である発生主義会計を導入し、1998年3月に公表したことである。‥‥。その後、総務省が「自治省方式」を提示する大きな原動力となった。翌年1997年度には、静岡県および岩手県、群馬県が行政評価を導入した。」(文献1−p284)

「通産省は三重県の事務事業評価に注目しつつ、政策評価研究会を開催し、政策評価の研究を進めました。」p13
「北海道、岩手、三重といった早くから評価に取り組んできた地方公共団体は、施策レベルの政策評価に取り組みつつあります。」p31
三重県は事務事業評価システムを地方公共団体のなかで一番にはじめ、注目を浴びてきました。」(文献2−p37)

「事務事業評価が事務担当職員の参画に成功すれば職員の意識改革に結びつくことが多い。TQM活動による職場の活性化である。三重県の事務事業評価制度は早くからこの第一段階まで到達していたようである」(文献3−p242大住荘四郎)

「コスト情報を公会計改革と連動させ施策や事業単位で集計していくこと(事業別会計への展開)が求められる。三重県などの行政評価先進県や長浜市、川崎市などはこのような段階まで改革を進めてきている」(文献3−p243大住荘四郎)

「666兆円の借金を負担しなければならない国民、住民は、悲観ばかりしているわけではありません。全国各地で、住民の声に耳を傾けない行政を拒否し、住民本位、生活者起点の行政改革を求める動きが出始めています。岩手、高知、宮城、三重、東京、長野、栃木では県庁改革が始まっています。」(文献4−p2まえがき)

「北川正恭知事が「サービスの受け手の側に立った公共サービス提供」を目指して三重県の改革を始めた。供給者の側にしか立っていない、今の行政サービスのあり方を問題視したものであるが、職員の意識はなかなか身内の論理から抜け出せないでいた。しかし、平成8年(1996)年、市民オンブズマンによる情報公開で発覚した「カラ出張」への県民からの批判を契機にして、過去の行政から決別し、県民から信頼される行政を目指すという意識が職員に浸透していった。ある意味でピンチをチャンスに変えたのである。」(文献5p99、財務省理財局国際課課長松尾信尚、2001.9.14)

2002
(H14)

「改革は所詮蜃気楼なのか。そんなことはない。改革が着々と実践され、成果に結びついている具体例が確実に姿を現している。その代表例は、行政では三重県である。平成7年、国政から転じた北川正恭氏が県知事として登場以来、「生活者起点」というキーコンセプトをかかげ、「情報公開」をキーワードに打ち出される斬新な政策は、地方行政のあり方の手本として旋風をもたらしている。行政の慣例として当然視されていた「使いきり予算」を「使い残し予算」に180度転換、予算の効率化と事業の活性化を成し遂げたなどはその好例である。」(文献6−p2出版社まえがき)

2003
(H15)

「NPM改革の本質は、いままでの行政改革の常識ではとうてい理解できるものではない。先行する福岡市役所や三重県庁、愛知県瀬戸市などの話を聞くと、暗黙の常識をいちいち壊していくプロセスであり、毎日が小さな驚きの連続だということがわかる。」(文献7−p111、上山信一)

「日本でもこの理念(NPM)に対する関心が高まっている。それを紹介した研究が最近増える傾向にある。なかには、三重県のようにNPMをすでに実践している団体も出ている。」(文献8−p66)

「わが国では地方公共団体がNPMの導入に積極的である。三重県がその代表的な事例になるが、政策評価をはじめ、ベンチマーキングやアウトソーシングなど、英語圏から出てきたアイディアは、今では日本の自治体の間では日常語にすらなっている。」(文献8−p82)

「自治体の行革は財政や人事、それに事務事業などミクロな問題の改善に力点がおかれ、地方行政の将来とは必ずしも結びついていない」「現状を見る限り日本の自治体では行革は財政に連動するものを優先させてきている」「財政危機の克服に関心が集中するなか、行政の質に変革を迫る「マクロ行革」は、三重県を筆頭に高知県や宮城県、それに北海道など、リーダーシップのある知事を擁する府県に多い」「そのなかでは、三重県の行革が注目を集めてきている」「1995年に衆議院議員から知事に転じた北川正恭氏は、就任と同時に三重県政を生活者中心の内容に変えることを企図した。前任者の時代には、カラ出張が慣例化するなど、職員の綱紀は緩んで、行政は惰性化していた。北川行革は、なによりも職員に意識の改革を求め、彼らの間に行政が住民主体であることを徹底することからはじまった」「三重県は他のどの自治体よりも早く、諸外国の行政改革に刮目し、海外での実績や手法を集めることにつとめた。三重行革のいちじるしい特色の一つは、外国での実績が県の行革案の随所に織り込まれていることである。これは職員が実際にニュージーランドなどにおもむき、エージェンシー化や競争入札制度、それにマトリックス予算などの実例を収集した成果である」(文献8−p160〜166)

「地方行革に大きな刺激を与えた人の一人は、三重県の北川正恭前知事であった。三重県の北川知事の初当選は1995年であり、「さわやか運動」は、この年から始まっている。ちょうどこの頃、バブル以降の財政が問題として感じられ始めていた時期である。北川知事は、デビッド・オズボーン、テッド・ケーブラーの『行政革命』に影響を受け、またスタッフにニュージーランド等外国の調査も行わせるとともに、自らNPM有数の論客になっていった。その手法の中心は、事務事業評価であるが、議論を地方議会の情報公開や定数削減にも及ぼしていった。200年には長野県‥(略)‥北海道の‥(略)‥東京都の‥(略)‥秋田、青森などの東北の諸県が‥(略)‥。静岡県の「業務棚卸し」による検討も、政策評価の重要な事例である。」(文献9−p11村松岐夫)

「NPM(ニュー・パブリック・マネジメント)という言葉は、日本では1990年代の後半から使われ始めた‥(略)‥。特に三重県などの改革について論じる際に「NPM型自治体改革」とのタイトルがつけられるようになり、その後、行政改革会議最終報告やそれに伴う中央省庁等改革を論じる際にも「NPMの導入」について言及されるようになった。」(文献9−p121稲継裕昭)

2004
(H16)

「自治体における「NPM行革」は、三重県や東京都の行政評価制度やバランスシート導入によって先行されていました。総務省は、「新たな行政マネジメントの導入にむけて」(総務省行政管理局、2002年5月)を発表して、「NPM行革」の推進を本格化させました」(文献10−p41)

三重県の北川正恭前知事は、「さわやか行政」として、1995年知事に就任以来、事務事業評価や公会計への企業会計導入などの企業経営手法を取り入れてきました。そしてその「行政改革」の効果が高く「効率的」な県政に変化したとされ、マスコミや自治体関係者のなかで注目されるようになりました」(文献10−p37) 

「このNPMは、イギリス、ニュージーランド、オーストラリア、北欧各国などの行革先進国で、非常に大きな成果を挙げている。わが国では、いち早く行革に取り組んだ三重県で導入された考え方として知られている。三重県では、民間企業の経営手法を参考にして、その中から県の行政運営にうまく適用させることができるものを選び出し、それらを次々に導入して、一定の成果をあげている」(文献11−p143)

文献

文献1:「地方財政改革−ニュー・パブリック・マネジメント手法の適用」(2001、有斐閣、本間正明・齊藤愼)
文献2:「どう考える自治体の行政評価制度」(2001、自治体研究社、樹神成)
文献3:「NPMによる自治体改革〜日本型ニューパブリックマネジメントの展開〜」(2001、経済産業調査会、白川一郎・兜x士通総研経済研究所編著)
文献4:「「行政経営品質」とは何か」(2001、生産性出版、淡路富男編、財団法人社会経済生産性本部自治体マネジメントセンター監修)
文献5:「NIRA研究報告書−NPM(ニュー・パブリック・マネジメント)手法の地方自治体への導入」(2003、総合研究開発機構)
文献6:「組織はこうして変わった−高塚猛と北川正恭の革命論」(2002、致知出版社、高塚猛)
文献7:「日本型NPM−行政の経営改革への挑戦」(2003、ぎょうせい、大住荘四郎・上山信一・玉村雅敏・永田潤子)
文献8:「自治体主権のシナリオ−ガバナンス・NPM・市民社会」(2003、芦書房、中邨章)
文献9:「包括的地方自治ガバナンス改革 RIETI経済政策分析シリ−ズ」(2003、東洋経済新報社、村松岐夫・稲継裕昭)
文献10:「自治体「構造改革」批判−NPM行革から市民の自治体へ」(2004、旬報社、安達智則)
文献11:「基礎からわかる自治体の財政分析」(2004、学陽書房、井出信夫)


 一方、静岡県の評価はというと、上記文献以外でも(割と早い時期に事務事業評価などに着手したにもかかわらず)予想外に評価そのものが存在しないのである。たまに散見される記述でも、県のホームページからの引用による紹介であって評価とは言いがたいものばかりである。本県のNPMは、組織の中にあっても捉え所がなく成果の実感が伴わないものだけに、外部からの評価の困難は当然と言えば当然といえるが、寂しい限りである。
 とはいえ、石川知事の出身母体である総務省のまとめた「新たな行政マネジメントの導入にむけて」(総務省行政管理局、2002年5月)の中では、第5回研究会における静岡県、瀬戸市、福岡市の3自治体の取り組みについてヒアリングした結果を踏まえ、

「現場改善については、福岡市のプロポーザル運動、「DNAどんたく」、瀬戸市のプロポーザル分科会における業務改善提案募集、静岡県の「ひとり一改革運動」等が一定の成果を挙げており、国においても現場改善運動に取り組む必要がある」

などの評価(リップサービス?)を与える一方で、

「静岡県においては、知事が毎年予算編成に入る前に、「知事方針書」により基本方針を示すこととしているが、数年先の県の在り方を明確に示すといったような戦略計画の策定に至っていない」

など、元身内に対する評価としては手厳しい。

 今日、全国の都道府県において多様かつ斬新な改革が進行中であるが、保守的な地方メディアの影響下にある静岡県においては、静岡県を賛美する情報は微に入り細に入るほどであるが、他県の情報は皆無に等しい状況にある。これは県民にとどまらず、職員にあっても同様であり、不幸な環境にあると言ってよい。
 ここでは、この両県の取り組み状況、内容、質が大きく異なることを通して、静岡県のNPMによる行政改革が同じNPMと呼ばれる改革の中にあって民主的要素に乏しい原型のままであり、かつ「見せかけの取り組み」に彩られたものであることを明らかにするとともに、国内外の優れた先進事例に多くを学ぶべき必要を職員のみならず県民にも問いかけるものである。

6−1 NPM総論〜NPM(ニューパブリックマネジメント)とは?なぜ今NPM?〜

 今日ではNPMに関する出版物は多数あり、流行といった兆しである。それゆえNPMについてそれがどのようなものかを知ることは容易であるが、そこにこのNPM概念の落とし穴がある。なぜなら、1冊の本、1人の著者の本だけで得られるNPMの理念や性格は、あくまでその本、その著者のものでしかないからだ。ある著者はNPMの特徴を非常に狭義に捉え問題点を指摘した上でNPMの発展型として「第三の道」を類型化し、ある著者はそれをもNPMの一部と広義に捉えて潮流を語るなど、論者によって捉え方は様々である。そこでまず最初に、NPMとは何なのかについて一通りの概観を行い、各論における理解の一助とする。

<NPMとは?>

 NPMを理論として明確に定義することは、現時においては不可能である。NPM(New Public Management)は「新しい公共管理」などと訳されるが、これは体系化した理論として用いられているものではない。なぜなら、NPM的手法とは、1980年代からニュージーランド、イギリス、アメリカなどの諸国において(それぞれの法制度環境に応じて)民間経営手法を公的部門に導入し成功を収めた、その行政運営手法のいわば総称であるからだ。

 ゆえに、行政分野の研究などではニュージーランド、オーストラリア型NPMとアメリカ型NPMなどに大別され比較されるものの、同じアメリカ国内でも州によって手法は様々で一様に定義付られるものではない。このことを踏まえ、日本国内で行なわれているNPM的行政手法導入の動きを「日本型NPM」として理論化する試みもあるが本末転倒の感は否めない。要は所与の理論に基づいて(縛られて)改革が行なわれるのではなく、所与の政治・財政・法制度等の緒環境における必要性からそれに最適な改革手法が創造・選択されていくことが重要かつ有効だからだ。

 かかる理解において、わが国のNPM事情を鑑みるに、

「法制度が異なるわが国において単に表面的なツールの導入に留り、本来得られるべき効果が実際に得られていないのではないかという懸念」(前掲文献5−p25)

「注意しなければならないことは、NPMという用語が、論者の都合の良いように定義される傾向があるということである」(前掲文献9−p131、大阪市立大学稲継裕昭教授)

「諸外国ではNPMは実践的な改革の動きであって、それを支える理論的な流れが新制度派経済学や新経営学といったものであると考えられている。NPM自体が理論であるなどという広まり方は、日本独特のものであり、一部の論者によるミスリードであるとの見方もあり得る」(同−p132、同上)

「日本のNPM論者の中には、パートナーシップをもNPMに含めて議論する者が見受けられるが、これはNPMの概念を不当に拡大しているとの批判もありうる。拡大したNPM理解は、「全ての新しい取組みはNPMだ」といっているのと変わらない」(同−p317、同上)

「NPMやマネゼリアリズムがアメリカやイギリスの文化や社会を背景にした理念であるため、適応度は限られている」(前掲文献8−p80、ドイツボンバルグ大学教授ハンス・ウーリック・ダルリン教授)

「日本では目下、NPMが基本とする理念を無視し、体裁や枝葉末節だけを追いかける「つまみ食い」式の改革が進行中である」(前掲文献8−p81、オーストラリアグリフス大学マーク・ビーソン教授)

「改革の目的を明確にし、手段と目的を取り違えないことが大事」「ガバナンスやNPMは、あくまでも改革の目安になる手段」(文献12−p60)

※ 文献12:「市町村行政改革の方向性−ガバナンスとNPMのあいだ」(2004、公人の友社、佐藤克廣)

等々、わが国の実情に対し、それぞれが実に的確にして有益な指摘がなされているのである。

 ただし、NPMが理論としての定義は不可能としても、おおよそどのような特徴をもった手法であるかについては講学上の議論・分析の必要から踏まえておくべきであろう。
 NPM研究の先駆者といわれ、近年のNPM議論の状況を「一時的熱病か流行病であるような印象を与える」(前掲文献8p54)と評したイギリスの代表的行政学者クリストファー・フット(1991)は、NPMについて次のような7つの特徴を挙げた。

@実践的マネジメント:経営トップの裁量の余地を拡大するとともに責任を明確化

A業績についての明確な基準と指標の設定

Bアウトプットと結果を重視し、資源配分と報酬を業績測定とリンク

C公的組織を細分化:供給主体の分離と契約的手続きの使用

D競争原理の導入

E民間の経営スタイルの取り入れ

F資源使用における規律と節約の重視:do more with lessの追求

(前掲文献5ーp25)


 また、三重県のNPM行革のバイブルともなり、実質、NPM指南書として日本のNPM行革の導きの本となったデビッド・オズボーンとテッド・ケーブラーの「行政革命」によって提唱された行政改革の特性としては次の10テーマが挙げられている。

@触媒としての行政−船を漕ぐより舵取りを

A地域社会が所有する行政−サービスよりもエンパワーメント(権限付与)

B競争する行政−競争が活性化を促進する

C使命重視の行政−規制重視の組織から転換する

D成果重視の行政−成果志向の予算システム

E顧客重視の行政−官僚ではなく顧客のニーズを満たす

F企業化する行政−支出するより稼ぎなさい

G先を見通す行政−治療するよりも予防する

H分権化する行政−階層性から参画とチームワークへ

I市場志向の行政−市場をテコに変革する

※ 文献13:「行政革命」(1995、日本能率協会マネジメントセンター、デビッド・オズボーン・テッド・ケーブラー)

 一方、日本における講学上の捉え方としては、大住荘四郎教授による次の定義が一般的で、他の文献でもおおむねこの捉え方を踏まえた紹介や分析が数多く見られる。

行政現場の経験をもとに体系化されているので、厳密には国や地域によりあるいは時代によりそのコンセプトはかなりの幅がある。このため、NPMの定義を厳密に示すことは困難であるが、おおよそ次の四点に集約できそうだ。

@ 業績/成果による統制:経営資源の使用に関する裁量を広げるかわりに、業績/成果による統制を行う。

A 市場メカニズムによる統制:公的企業の民営化、広義の民営化(民間委託など)、エイジェンシー、内部市場、PFIなど市場メカニズムを可能なかぎり活用する。

B 顧客主義への転換:住民を行政サービスの顧客と見る。

C ヒエラルキーの簡素化:統制しやすい組織に変革する。

このなかで、とくに重要なのは@およびAで、BおよびCはシステム統制の基準であり手段に過ぎない。

(前掲文献3−p59〜60)

<静岡県と三重県におけるNPMの捉え方〜同音異義のNPM〜>

 同じNPM行革に取り組みながら、静岡県と三重県における導入目的や解釈を比較してみると、その違いの大きさに驚愕する。

NPM行革の導入目的・ねらい

三重県

「生活者起点」に立って「住民満足度の向上」を目指す

<北川正恭前三重県知事>

 「私は最初、「生活者」のサイドに立った行政を行うことを「生活者重視」とか「生活者優先」という言葉で表現していたのですが、どうもしっくりこない感じがしていたんですよ。というのは、官の側が生活者を重視してあげますよ、優先してあげますよというのは官による囲み方の遺制だなと思ったわけです。言い方を変えると、「県民を満足させる行政」というのは間違っているんですね。「県民を」というのは目的語でしょう。「を」は目的格ですね。では、そのときの主格、主語は何かというと「県行政が」ということです。「県庁が県民を満足させる」ということですね。これは思い上がりだということなんです。」「「生活者起点」というのは「起きる点」ですから、生活者のみなさんが主役なんですね。官の側が優先してあげるとか重視してあげるというのではなしに、県民のみなさんから起きてきたものに対して、私どもがどういう行政サービスをできるか考えていこうということなんです。つまり、「県民が満足できる行政」です。」(前掲文献6−p54,55)

静岡県

行政の「生産性の向上」を目指して

<石川嘉延静岡県知事>

 「私は、行政改革のねらいは、「行政の生産性の向上」であるといってきた。これについては、最初は拒否反応があったが、生産性の向上とは、質の向上をいかに低コストで達成するかということである。1時間で達成する業績を1.5倍にも2倍にも同じ労力で達成することである。これが達成できたかどうかは、コストで計られる。コストの中には、財源だけでなく、投入した労力、時間も含まれる。これがなぜ大切かというと、宇宙船地球号の中で資源が有限だということが明らかになったからである。資源が有限な中で人間がどういう生き方をすべきか。いかに浪費をしないで、同じ資源でより成果を挙げるかが、我々が追求すべき普遍的な価値である。それを行政の場に置き直せば、行政の生産性の向上である。これは単に景気が悪いから目指すというのではなく、それに止まらない普遍的な価値をもったものである。この行政の生産性の向上は、住民の幸福の増進につながるだけでなく、地球的な問題の解決にもつながる。このため、静岡県では、業務棚卸表、戦略展開システムと取組を進め、新しい総合計画の策定を契機にNPMの手法を身につけてきた。これは、全地球的に求められる大義である。」(2003.1.6、「平成15年新年知事挨拶要旨」)

比較

 まず断っておくが、静岡県の「生産性の向上」という目的はNPM導入の目的として決して間違ったものではない。しかしそれはNPMの原型などと称され、その政治的合理性(トップダウンの独断など)により、民主的統制や参加が弱点視され批判を受けている狭義な捉え方としてのNPMである。
 佐藤克廣教授は「ガバナンスの目的は、そのエッセンスを簡単に言えば「行政の民主化の推進」ですし、NPMの目的は「行政の能率性の向上」にあると整理できるわけです」「民主的というのは非常に簡単に言ってしまえば、いろいろ議論しながら決めていきましょうということですね。したがって時間がかかりますよということですね。能率的というのは、これまた簡単に言えば、手早くどんどん決めてやっていきましょうということです」(前掲文献12−p14)と、ガバナンス(共治)とNPMとの矛盾した指向を指摘し、その両立の容易ならざるを説いているが、本県のNPM行革においては知事の言説のとおり、狭義のNPMがことさら強調され、時間のかかる民主的手法は言葉の上だけのものとなっているのが実態である。
 県は、「生産性」とは「効率性」と「有効性」を合わせた概念だと説明するが、政策評価法1条でも「効果的かつ効率的な行政の推進に資する」などと記述されるように、分かりやすさという点から言えば、「効率性と有効性(効果性)の向上をめざす」とでもすれば良いはずである。
 にもかかわらず、(どちらかといえば有効性が主観的概念であるため、)効率性が強調されがちな「生産性」という言葉を用いた結果、より重要であるはずの有効性ばかりか、適法性、公平性、安全性、本県においては誠実さ正直さといった常識感覚など、他の諸価値までもが軽視されかねない、誤った現場へのメッセージとして組織に浸透している。
 では、なぜあえて「生産性」なる言葉にこだわるのか。石川知事は読売新聞のインタビューの中で、スズキやヤマハなどの世界的な県内企業における生産性の向上の取組みを参考に本県行革に取り組んだ旨述べており、そこからこのような製造業的表現が出てきたのだろう。そしてそこに、どうしてもオリジナリティーを出したいとの思惑もマッチしたのだろうと推測される。
 もちろん、個々の業務を効率的に行うことも重要であるが、問題はその節約された「資源」が他のどのようなことに振り向けられたのかということが明らかにされなければならない。
 知事の言う「行政の生産性の向上は、住民の幸福の増進につながる」というのは、せっかく浮いた金・人などの資源が住民満足度向上に繋がる使われ方をされる」という前提があって初めて成り立つものといえるのだ。
 すなわち、それら前提をも担保するような理念が掲げられなければ真の改革には決して至らないのである。
 せっかく節約しても、県民の支持もないことに無駄に使われていると感じれば、職員のモチベーションが低下するのも必然となる。

 一方、三重県における「生活者起点」の「生活者」という語は、生産性と同じ抽象性を持っていても、逆に良い作用を持っている。
 これは、

 「「生活者」というのは、簡単に言うと、税を納める納税者の立場という意味なんです。それなら納税者と言えばいいんじゃないかという話になるわけですが、「納税者」と言ってしまうと、お年寄りの方とか障害を持たれている人とか子供さんは、その意識はあっても必ずしも納めていらっしゃらないでしょう。だから、「納税者」という言葉には限界がある。そこで、そういった方たちも含めた総称として「生活者」という言葉を考え出したわけです」(前掲文献6−p47)

 という北川元知事の言葉から明らかである。

 しかも「生活者起点」はNPM自体を目的化する危険がないばかりか、NPMを一手段に過ぎないものとしてしまう包容力をもっている。一方の「生産性の向上」が容易に「NPM」自体を自己目的化し、そこに拘泥する危険性があるのと対極である。

 「生活者起点」は、県行政を統べる価値・目的たりうる。しかし、「生産性の向上」の重要性は認められるとしても、それはあくまで個々のケースにおける一価値に過ぎないのである。
 ましてや、「全地球的大義」などではありえない。
 それなら、県の総合計画のテーマともなっている「富国強兵」をもじったかのような「富国有徳」という言葉では?と言うかも知れないが、「ふざけるな」と言いたい。まず「反省」「責任」という基本的な言葉の意味から学びなおすべきであろう。

 三重県の「生活者起点」においては、県民を単なる顧客としてみていない。すなわち狭義のNPMとガバナンスが融合したNPM、あるいはNPMを超えた新たな行政経営の形を目指すことができる可能性をもったキーコンセプトだと評価できるのである。
 このため、この「キーコンセプトを支えるキーワードは情報公開だ」(前掲文献6−p56)との必然が生まれたのであろう。
 一方、「生産性向上」からは、「住民参加」はもちろん「情報公開」を導くのさえ、迂遠なものとなる。
 はたして行政が追求すべき価値として、どちらが普遍性をもっているのか、相応しいのか、明らかでろう。

NPMの捉え方

三重県

市場原理の導入がともすれば強調されますが、ニュー・パブリック・マネジメント志向のシステムには、いくつかの共通点があり、行政内部のしくみとしては、

○マネジメント単位ごとに、マネジメントの責任者の権限と責任を明確にする

○成果目標を明示して、必要な権限と行政資源をマネジメントの責任者に付与する(権限委譲)

○成果に対する説明責任を徹底して求める(成果主義)

といったところが特徴的です。

ニュー・パブリック・マネジメントの基本原理は、「マネジメントの責任者に委せる(Let Managers Manage)」と、「成果によるマネジメント(Management by Results)」という二つの言葉で表されます。

静岡県

「NPM」とは、戦略計画の策定と、その達成度合いをモニタリング(業績測定)する評価システムの設計などを主眼とする新しい公共経営の手法です。

NPMは、おおむね次の特徴をもって定義されます。

1. 顧客主義への転換(住民を公共サービスの顧客と見ること)

2. 業績/成果による統制(数値目標の設定と行政評価)

3. ヒエラルキーの簡素化(組織のフラット化等)

4. 市場メカニズムの活用(民営化、エージェンシー、PFI等)

比較

 先進的自治体と後発後追い組の違いが明確に出ているのがそれぞれのHPに記述されるこの部分である。

 三重県の独特な捉え方の表明に対し、静岡県のそれは実に教科書的である。三重の記述からは、先の目的と相まって具体的な行動へと向かう想像力・工夫を求められるものとなっているが、静岡のそれからは議論の余地のない単なる目録となっている。講学上の分類をそのまま持ってきただけで県民に示すというのは形式的取り組みという伝統的役人体質を象徴するものである。
 静岡県では業務棚卸表・フラット化などの個々の取り組みは早かったが全体を統べる価値が不在だった。NPMはそこに都合よく持ち出された統合概念にすぎない。それはNPMのファジー性と一般に「よいもの」として認知された評価イメージの存在と決して無関係ではない。


 また、改革の目的だけでなく、そのアプローチにも、視野の大きさに、大きな違いが見られる

 

改革のアプローチ

北川正恭

「私の持論は「改革3段階論」です。まずこの生活者起点に向けた職員の「意識」の改革、その総和としての「県庁の仕組み・組織」の改革、そして最後に「県政全体」の改革という積み重ねを考えています。」「生活者起点をキーコンセプトにし、情報公開をキーワードにして、職員・県庁・県民の順番で意識の改革を目指していこうということを考えたんです」(前掲文献6−p56他)

石川嘉延

「私たちの進める行政の生産性向上は、第一段階の業務棚卸表の開発とリエンジニアリング研修の実施、第二段階の戦略的展開システムの導入等を経て、今、第三段階にあり、一層の生産性の向上を図る段階にあります。構造改革を伴う行政運営の改革をわが国で初めて静岡県がやってみせることになります。私は、必ず成功すると確信しています。」(2002.12.20、知事メッセージ)

<知事のリーダーシップ>

 なぜ、ここまでの違いが生じたのか。次に、その原因の一端を探ってみることとする。

 まず、両知事の横顔の比較から、政治家として役人と対峙してきた北川氏と、早くから地方の役人としての処世術を身に着けてきた石川知事との改革へのスタンスの違いが垣間見られる。

 

略     歴     等

北川正恭

(きたがわまさやす)

1944年11月11日生まれ

出身地 三重県鈴鹿市

1967年、早稲田大学第一商学部卒業。

1972年、28歳で三重県議会議員に当選、3期連続。

1983年、衆議院に転じ、当選4回(自民→新党みらい→新進党所属)。

この間、文部政務次官など歴任。

1995年、後継候補の副知事を僅差で破り三重県知事に。

1996年、過去のカラ出張による裏金づくりが発覚。これを意識改革の絶好の機会と捉え、部長以下100余人との深夜2時に及ぶ大激論を重ね、職員側から「処分を受けます」「返還します」「改善します」の自主回答を得、約12億円に及ぶカラ超勤、カラ雇用、カラ謝礼、カラ食糧費、カラ購入などの膿を出し切り過去の県庁文化と決別、以後の改革に弾みと自信をつけた。

1999年、再選

2000年、長年にわたる懸案となっていた芦浜原子力発電所計画を巡り計画の白紙撤回を求める考えを表明し決着に結びつける

2002年11月25日、多選の権力は民主主義に逆行するとして、三重県議会で突然の3選不出馬表明。

<人物像ワンポイント>〜三選不出馬〜

「8年前知事選出馬のとき、知事のような「公的権力の座」は普通2期、特に大きな課題があるときでも、3期12年で退くべきだと話しています。」「任期を重ねる知事の力の大きさを知っている人たち、市町村長や団体関係者は、私の識見、人格によるのではなくて、現実的な判断として権力の座に票を集中させる行動を選ぶでしょう。その結果、知事をトップにした権力構造がますます固く、大きなものになっていく。これは民主主義に逆行することです。」(「地域政策−あすの三重」2003冬号bW−p44)

石川嘉延

(いしかわよしのぶ)

1940年11月24日生まれ

出身地 静岡県小笠郡大東町

1964年、東京大学法学部卒

1964年、旧自治省に入省後、三重県庁に3年間出向。

1975年、静岡県総務部学事文書課長

1984年、静岡県総務部財政課長などを経て、同県総務部長に。

翌年、旧自治省に帰任し、官房審議官、行政局公務員部長などを歴任

1993年、前知事の後継として静岡県知事に。

1996年、カラ食糧費(預け金)問題が発覚。しかし、「三重県などの例のように全庁あげて一気にウミを出すべき」との追求に対し、「監査委員が入念に調査しており、さらに再調査することは考えていない」(知事)として、幕引き。

1997年、共産を除く幅広い正当・団体の推薦を受け再選。

2001年、自民、公明、連合静岡などの推薦を受け3選。

2002年、1996年以前にカラ出張などで作られた裏金を横領したとして元県職員が逮捕されたのをきっかけに、プール金と呼ばれる裏金が現存することが発覚。免責条件での調査などを経て返還させ、幕引きを図ろうとするものの、調査結果などを隠蔽していた事実などが次々と明らかになり、さらなる新事件(簿外切手など)や逮捕者続出で現在、調査再開中。さすがにトップの責任を問う声も出ている。(参考ページ:静岡県庁裏金問題トピック集静岡県庁裏金(プール金)問題詳解

<人物像ワンポイント>〜タブー無き発言〜

2001年知事選に当たって「空港建設の問題については今後、県民投票の結果にゆだねるというのが、今度の私の選挙の公約になると。」との発言を、当選後は一転「条例案は議会の決定を待たなければならなかった。住民投票をやってほしいと考えていたが、公約ではなかった」と、単なる「公言」であると釈明(参考ページ:いま、しのびよる危機)、また、県議会で静岡県を素通りする「のぞみ」に通行税をかけることを検討したいと述べるなどユニークな発言が特徴の一つ。
最近では、例えばと前置きしつつ「500万人以上の人口があれば「政令県」とし、そこに国の地方出先機関の権限を全部委譲する。小さな県は認めないことになる。静岡県は、相模、甲斐、三河等も含めて、例えば、中国流にいえば「中央省」、韓国流に言えば「中央道」にしたらどうかと思う。」(2003.1.6)などと発言、衰えを知らない。


 一般に、官僚出身の知事の悪弊を指摘する際に「官僚型知事」と類型化することがある。

 富野暉一郎龍谷大学教授はその官僚型知事の特徴を次のように考察している。

○ 官僚出身知事はその権力性、官僚的硬直性、社会的常識と正義感の欠如、閉鎖的体質などが指摘されつづけてきた

○ 各政党や推薦母体の求める政策を折衷した公約体系によって手足を縛られて、突出した独自の政策が打ち出しにくく、自らの就任のため力のあった議会や諸団体に顔を向けて、住民との協働に関心を向けない傾向を強く持っている

○ 基本的に密室の中でことが運ばれ、創造性ではなく従来の実績に外挿しただけの政策が優先される行政におけるリーダーシップは、透明性と説明責任を欠くだけでなく、その方向性や責任の所在も不明分になり、そのことが行政職員のモラルとプライドを徐々に侵食して行政システムを崩壊させていく

○ 推進母体から期待される官僚出身の知事である限り、地域社会の現場に根を下ろし、創造性にあふれた独自の地域政策を攻撃的に展開することができない(地域政策bT−p33)


 その上で、同氏は脱官僚型知事の希少な例として、進行中の公共事業の相次ぐ見直し・中止や、住宅再建補助制度の創設などで改革派知事として有名な片山善博鳥取県知事をあげ、その違いを生じた第一の理由として、

「官僚としては例外的に民主主義に基づいた地方自治の基本理念を明確に持ち、その実践において地域社会の現場における行政−住民関係の変革を基本としていること」

 を挙げているが、これと先に紹介した石川知事の3年前の住民投票条例に関連する猫の目発言・姿勢と比較すると違いは明白であろう。

 また、一方で官僚型知事の例としては贈収賄で逮捕された徳島県の円藤寿穂元知事を挙げているのだが、この知事、「お代官様」などと巷で呼ばれ、吉野川第十堰の是非を検討する審議会の委員に、知事自身が推薦した学者などをあて、計画に批判的な委員が入っていないとの市民団体からの批判に対し、地域の声を反映できる人選だ、などとして強引に計画推進の結審をさせた知事である。北の指導者になぞらえて「将軍様」などと影で呼ばれるどこかの知事とそっくりだと思うのは私だけではないはずである。

 多くのしがらみを抱え思考のスケールが小さくなりがちな官僚型知事石川と、徹底した情報公開(情報共有)で新たな民主主義の創造を目論む改革派知事北川。
 ほぼ同時期に事務事業評価を始めたこの両者が取り組んできた改革の成果も実に対称的である。これについては各論で述べる。

<なぜ今NPM?>

 NPMによる改革は大変便利で都合のよい改革の手段となっている。 明確な定義がないため、NPMを進めているという建前の中でも、あらゆる手段の中から任意の手段を取捨選択できることから、既存の手法をNPMと称したり、新しい都合の良い手法をNPMとして新たに用いることが容易な反面、不都合な手法はあえてとる必要もないからである。
 さらに、諸外国で成功した手法として広く一般に認識され、一種流行の感もあるため、県議会や職員、県民を納得させやすいということも、NPMが重宝がられる理由である。
 総務省が2001年に実施した調査によれば、わが国におけるNPM的手法の代表例とも言える「行政評価」について、すでにこの時点でも都道府県では79%が導入済みで、翌2002年の調査では98%、2003年に至っては100%が導入済みとなるなど、NPM手法とと無関係な都道府県は存在しなくなっている。また、行政評価以外の手法も急速な広がりを見せている。

 しかしそれは、さながらNPM導入が目的化したかのようである。

 原点に返って考えるに、NPMは手段にすぎないし、NPMの手段といっても多様性を持っていることを忘れてはならない。

 静岡県は、「我が国初の本格的なNPMの構築に向けた取組」であるとか、「本格的なNPMの確立を目指す」と、「本格化」なる概念の構築やその導入が自己目的化してしまっている。(そもそも、NPM自体が体系化された理論でないのに、「本格的なNPMをすすめる」というのはナンセンス)

 今、県が優先的に取り組むべきは学術研究ではないはずである。「本格的」とか、「本家」とか考える暇があったら、行政として今何を解決しなければならないかを考えることの方が重要であろう。県民は「本格的」であって欲しいなんて望んではいないはずだ。むしろどんな手法であれ行政課題を解決していって欲しいと思っているはずだ。世間の評価というものはその後に自然と付いてくるものではないのだろうか。

 また、そもそも、求められる成果に到達するために、NPM手法である必要もない。
 その状況において最善の手法ならば、何でも良いはずである。

 国立学校財務センター教授の山本清氏は次にように述べ、警鐘を鳴らしている。

「政府と住民・国民との関係はサービス供給に焦点をあてても、行政学者メトカーフが整理するように執行官と対象(交通取締りなど)、専門家とクライアント(公的医療など)、代表者と市民(長期計画・地域計画など)、および供給者と消費者(街路清掃など)という四タイプ存在する。したがってこうした関係性に応じて、伝統的経営、企業的経営、ネットワーク的経営、および市場的経営を使用することが重要であり、常にNPM原理が適切だとして市場的および企業経営モデルを無条件に適用するのは避けるべきである」(2002、「パブリック・ガバナンス〜改革と戦略〜」、日本経済評論社、宮川公男・山本清、p145)

 まして、静岡県のように狭義なNPMの捉え方で効率性と有効性という一部の価値観をもって全てを統べようとするのは、明らかに間違った選択であろう。

 繰り返しになるが、NPMに取り組むことが目的であってはならないのだ。

 NPMは手段としての選択肢の一つに過ぎないこと、処方薬の一つにすぎないことをしっかりと認識すべきであり、個々のケースにおいての適切な処方の判断ができるよう現場はその能力を高める必要がある。
症状に対し誤った処方は返って症状の悪化を招くことを常に認識すべきである。
 もっとも、その際、変化を嫌う前例踏襲や専門性の壁をもっての囲い込みなどの言い訳にすることはもっての外であり、これを防ぐには、現場をサポートする部署においては、現場以上に判断力・分析力を養い指導・助言を行いうる能力の向上に努めるべきであろう。

 今後本県が、現状の反省に立ちよりよき改革の方向に進むのか、あるいは、あきらめと惰性の下、虚構の改革に盲目的に合わせていくだけなのか、今、その岐路に立っていると考える。

<補足:改革のキーコンセプトの重要性について>

 「生活者起点」も「生産性向上」も「たかが言葉」「単なるお題目」と思うかもしれない。しかし「されど言葉」というべき重要な役割を持っている。
 改革を進めようと思えば必ず前例踏襲の考えと対立せざるを得ない。さまざまな立場や価値観の中で組織として適正な答えを見つけようとすれば、そこには共通の価値観の存在は不可欠なものとなる。
 この問題(議論)の答えは、「生活者起点」で考えるとどうか、とか、「生産性向上」の観点から間違っているのでは、というように、拡散しがちな議論の焦点を明確にし、議論の収束を促し、結果、組織としてあるべき回答を見い出すのである。
 その意義からも、行政にとって普遍性を持ち、しかもある程度の具体性を持った適切なキーコンセプトの存否が、改革の行方を左右するほどに重要なものとなるのだということを忘れてはならない。

平成16年8月27日 (6−2 NPM各論 につづく)