| 花巻電鉄 |
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軌道線 |
軌道線 デハ4 '69.8 花巻 |
軌道線 デハ4の車内 '69.8 花巻 |
軌道線 デハ5 '69.8 花巻 |
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| もと鉄道線 デハ3とサハ200型 '69.8 花巻 |
鉄道線 デハ56とキハ '69.8 花巻 |
鉄道線 デハ55 '69.8 花巻 |
EB型 電気機関車 '69.8 花巻 |
東北本線の花巻駅で下車すると、駅の西側に車庫があって小さな電車がとまっていました。線路幅が762mmのナローゲージの花巻電鉄です。集電装置にポールを付けたのが西鉛温泉へ行く軌道線、Zパンタは花巻温泉へ行く鉄道線です。この中に、よく見ると小さいだけではなく、幅がとても狭い電車がいます。大人が両手を広げた幅と同じ、1m60cmしかありません。前後はドアの位置から絞られていますので、更に幅が狭くなっています。馬ヅラ電車のナンバーは、デハ1、デハ3、デハ4、デハ5の4両。デハ1から4までは半鋼製車ですが、デハ5だけは木造車です。花巻電鉄軌道線が田舎道の脇に線路をひいて開通したとき、民家にすれすれのところを走ったそうで、こんな狭い電車になってしまったそうです。
デハ4の車内の写真も載せておきました。シートの奥行きが極端に狭いため、通路幅があるように見えますが、両側に乗客が座ると膝がぶつかり、通路に立つことができません。それでもしっかり、つり革がついています。また、客室と運転台の間の仕切がありません。仕切を設けると運転台に出入りできなくなるからでしょうか。柱の1本でも立っていれば、運転手さんは楽だったのではないかと思います。
後に、道路が改良されて、幅の広い鉄道線の電車も軌道線に入線できるようになりました。鉄道線にもデハ3とデハ4があり、同じ線路を同じ番号の別の車両が行き来していたこともあります。俗に朝顔型と呼ばれた、軽便鉄道で使われたピンとリンク式の連結器で、デハがサハをひく2両編成の電車もありました。サハは写真のように近代的な車両でした。
車庫の隅の草むらには、凸型の小さな電気機関車がいましたが、屋根にポールはなく、もう走れる状態ではありませんでした。木造のデハ5も片方のポールがなくなっており、もう長い間乗客を乗せて走った形跡はないように見受けました。デハ5の後ろにいる、もと鉄道線のデハ4と比べると、その車体幅の狭さが際だちます。
Zパンタの鉄道線には、同型のデハ55と56、それに正面2枚窓の近代的なデハ57の3両がありましたが、いずれも平凡な路面電車タイプの車両でした。
車庫の奥には、黄色の車体にコカコーラの広告を描いたディーゼルカーがいました。廃止になった遠州鉄道奥山線のキハ1804です。花巻電鉄で乗客を乗せて走ったことがあるのでしょうか。
この写真を撮ってから程なく、花巻電鉄軌道線は廃止になりました。その後、岩手中央バス(その後の合併で岩手県交通)に吸収合併された鉄道線も、1972年には廃止されています。でも、今でも花巻市内に馬ヅラ電車の1両が保存されているそうです。
先を急ぐ旅であったため、残念ながら花巻電鉄には乗車していません。でもこの日の車庫で、デハ1〜5の狭幅車を全部写していますので、軌道線の運用に入っていたのは、鉄道線と同じ大きさの車だけだと思われます。もう、走る馬ヅラ電車には乗れなかったのです。
2000/11記