▲稚内駅に到着した下り急行「利尻」

急行「利尻」(札幌〜稚内)

1996.7.31 宗谷本線 稚内駅
 私が渡道した時、北海道では札幌を中心に夜行列車が、沢山走っていました。道南・本州へは、特急「北斗星」・急行「はまなす」・快速「ミッドナイト」。釧路へは特急「おおぞら」。網走へは特急「オホーツク」。そして最北端・稚内へは、急行「利尻」が結んでいました。

 急行「利尻」に使用されていた車両は、キハ40・キハ48を改造して作られたキハ400・キハ480で、14系寝台車を挟み込むという、本州では考えられない編成でした。寝台車を気動車で挟む編成は、この「利尻」の他に、「おおぞら」・「オホーツク」にも使われていました。
 キハ400・キハ480は、宗谷本線を走る急行列車用に作られた車両で、「利尻」の他に、「宗谷」・「サロベツ」にも使われていました。
 特にキハ400・キハ480は、座席をリクライニングシートに変更したため、窓と座席の位置が、ずれたままになっていました。

 急行「利尻」は、道北へ向かう旅人にとって、親しみやすい列車でした。時間を有効に使うことができ、自由席なら、周遊券だけでのることができる。 夏休みになると、たくさんの若者が、「利尻」に乗って、道北を目指して行きました。
 1996年・夏、私も、そのような若者の仲間入りを果たしました。その時、とても貴重な体験をしたなと、今でも思います。
▲キハ56増結車にヘッドマークをつけて
 1996年7月29日23時06分、滝川発富良野行き2443Dに乗った私は、終点富良野駅に降り立ちました。なぜ、こんな夜中に富良野駅に来たのか?それは、富良野駅から「利尻」に乗るためでした。
 通常「利尻」は、札幌を出発後、函館本線を北上して旭川まで行き、そして宗谷本線へ入る、というルートを取ります。しかし、この時は、滝川〜旭川間夜間工事のため、滝川から根室本線・富良野線経由で運転していたのでした。

 日付が変わった富良野駅に、急行「利尻」は6両編成でやってきました。「自由席は満席だろうなぁ」と思っていましたが、案の定満席でした。何とか乗車できたものの、デッキで立つことになりました。
 車内は、旅人達で満員・・・、ではありませんでした。旅人と同じくらい、女子中高生が乗っていたのでした。「なぜこんなに、女の子が乗っているんだろう?」と思いましたが、その謎は、女の子達の持ち物で、すぐに解けました。
 女の子達は、Kinki Kidsのうちわを持っていました。そう、その日は、札幌でKinki Kidsのコンサートがあり、女の子達は、そのコンサートの帰り道の途中だったのでした。女の子達に囲まれながら、北を目指すことになった私。この状態は、士別あたりまで続きました。

 その後、急行「利尻」には、2度お世話になりましたが、その度に思い出ができました。私の思い出がいっぱい詰まった急行「利尻」、今では、私の夢の中で走っています。
(2000.3.11 特急に格上げ 下段の写真:1996.8.1 稚内駅)




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