流奈くん問題を知らない人は、以下のページ参照
この理学療法士さんからのメールは随分前に来ていました。そしてこのメールの内容を流奈くん記事の本文に組み込みたいと思っていたのですが、これがなかなか難しく、結局、関連個所の全文をまるまるコピペという形にしました。
これまで、理学療法という観点があまりでてこなかったので、貴重な意見だと言えます。ドーマンも理学療法が専門でした。
素人向けに作った理学療法解説ページはなかなかありません。強いて挙げるとすれば、神奈川県理学療法士会のページが、アウトラインを手っ取り早く知るのに有効です。でもあまり詳しくないので、更に深くしりたい人は、そのページのリンク集を活用して遠くまでとんで下さい。
さてメール本文(の関連個所)。
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書きたいことが、多くあるので、散文、乱筆にて失礼いたします。 それぞれの意見に対する私見を述べさせて頂きます。 >お母さんのタイピングのように見える これは、その通りだと思います。流奈くんは、自分の意志では、重力や、自重に逆らって手を自由に動かせないほどの運動障害があるため、流奈くんのみの動きでは絶対不可能な事であり、母親の介助が合って初めて可能な、FCであると考えています。しかし母親の意志のみのタイピングであるかどうか?、また流奈くんの意志が全く介在してないかどうかの検証についてはまだ充分ではないと考えています。 つまり、 >何でルナ君は最初から「とらわれづに」と言う文節で話さずに、 これは、FCの問題点として、HPの説明にもあったように介助者の意図が入るからです。流奈くんは、話したくてもそれを、うまく読みとる者(母親)がいなければ意志が伝えられない事の説明になると思います。 >指している回数より言葉の数が多い という問題点にもあるように、流奈くんの場合文字盤を指した言葉をそのまま読んでいるのではなく先読みをしているという事が言えます。この先読みに関しては、介助者の流奈への理解が重要であり >流奈くんと母との関係を綴った段落がほとんどで、父や他人については圧倒的に少ない これは介助者が母親であり、自分との関係についてはかなりの先読みが可能であり流奈との意志疎通?が可能であるが、それ以外のことに関しては読みとれない(流奈の意志が反映できない)ためであると思います。 以上をふまえて考えてみると、流奈の意志が全く反映されてないとも言えないし母親の意志の介入の問題も両方あると考えます。 FCの文字盤の大きさについては、大きければよいという問題ではありません。運動障害が重度の場合、小さければその分運動範囲が狭くなり、少しの労力でFCができるため好都合の場合もあります。(視力問題がでてきますが・・・)。しかし、もっと大きな問題点があります。それは、不随意運動についてです。不随意運動とは、自分の意志とは、関係なく手足・体幹が動いてしまう事をいいます。 水頭症の場合必ずあるという問題もありますが、TV放送を見る限り最後の平行棒内での歩行を見る限り、急に手が動いたりしてましたからその症状はあると思います。 その場合、FCを行った場合、どうなるのか、流奈くんの意志があると仮定し自分自身で、ある程度の動かせるとしても、不随意運動と、随意運動との違いを明確に感じ取る事は、かなり難しいのではないかと思います。 つまり、「あ」と言う文字の上を指が指したとして、母親が読みとったとします。それが、流奈の意志であるのか、疾患による不随意運動によるものかの証明はかなり困難があると、私は思います。日本語はある程度文字が抜けても意味が理解できますし、あれは、流奈くんをモデルにしたコックリさんの可能性も否定はできません。それが、母親が気がついてないとしても、あり得ることだと考えます。 |