旅人 legend ej の世界紀行・心に刻む遥かなる「時」

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バルト海エストニアの首都 タリン旧市街 Tallinn

ラトヴィアの首都 リガ旧市街 Riga

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エストニア・タリンTallinn/(C)legend ej
                      真冬の真夜中 タリン旧市街/ラエコヤ広場の旧市庁舎
                     吸い込まれてしまいそうな濃厚な紺藍(こんあい)の澄明な空

世界遺産/タリン旧市街

夜更けのラエコヤ広場/旧市庁舎
  夜半になり、北ヨーロッパならでは、気温は凍てつくかの如く氷点下に下がってきた。中世の香り漂うバルト海の古都タリン(タリーン Tallinn)の旧市街の中心、上品さを漂わせた旧市庁舎の高い塔が僅かに粉雪の積もった急勾配の屋根から優美に背伸びして、雲ひとつない満天の星が瞬き、ギリシア語で「深みのある青」を意味する宝石カイヤナイトに似た紺藍(こんあい)の澄明な夜空に粛然としてそびえ立つ。
微かな傾斜を作り、クリスマスの名残を伝える大きなヨーロッパトウヒ(マツ科唐檜)の飾りが光り輝くラエコヤ広場には、寒さも忘れ、中世の童話と同じ夢のような美しい世界から抜け出たような空間に惹かれたエストニアの人々の姿が絶えない。正にUNESCO世界遺産に相応しい、北ヨーロッパの古都の感動なるシーンである。

すらりとした高さ65mの塔を付属した「北ヨーロッパ唯一」と言われるゴシック様式の旧市庁舎が、最初に建造されたのは14世紀後半、その後、現在の姿となったのは15世紀と言われている。旧市庁舎前の台形の形をした総石畳の広いラエコヤ広場は、ゴシック・ルネサンス・バロック様式などの中世の時代を今に伝える美しい建物群に囲まれている。
それらの建物の正面ファザードがまるで綺麗な「絵本のページ」をめくるかのように、優美に連なる様はたいへんと印象的で、過言なくして「あまりに美し過ぎる」という言葉が思い浮かぶほど圧倒される光景だ。吹く風もなく、ただ純粋に凛として冷え込むバルト海エストニアの首都タリン、その真冬の夜空は限りなく澄み渡り、まるでオーロラの余波を思わせるような、濃厚でありながら透明度の高い紺藍色で覆われる(トップ写真)。

中世の街にあって、この「何と言う美しさなのか!」と言うほかに表現のしようのない、自然と歴史と時間が織り成す偶然が創り出す調和のとれた醇然として優美な光景に、いつまでも酔っていたいと希望するのは、極寒の厳しい真冬にかの地を訪れた者だけに許される、余りにも勝手な欲と言えるだろうか。
ヨーロッパの範疇で言えば、あくまでも私の経験論だが、エストニアの世界遺産タリン旧市街は、同様に世界遺産に登録されている中世のままの姿を伝えるチェコ南部チェスキー・クルムロフと首都プラハ(下写真)、芸術の都オーストリアのザルツブルグ、あるいはの歴史を秘めたイスラムの香り漂うスペインの古都トレドなどと並んで、今や「ヨーロッパで最も美しい街」に数えられるだろう。

プラハ城&マラー・ストラナ地区 Prague//(C)legend ej
                       中世の香り漂うプラハ城と美しいマラー・ストラナ地区
                       世界遺産/チェコ共和国の首都プラハ旧市街

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虐げられた人々の歴史/タリン旧市街の夜に想う
  北ヨーロッパの歴史はバルトの小国エストニアの人々にとって余りに厳しく、かつてエストニア・バイキングはスウェーデンを攻略する程の強力な勢力があったに拘わらず、13世紀の初頭以降、旧ソビエト連邦の崩壊後の1991年になるまで、エストニアにとって真の意味での「独立」という言葉は存在しなかった。
13世紀、デンマーク王ヴァルデマラU世による北エストニアの占領に始まり、続いて西欧騎士団、ドイツ貴族階級、更には東のロシア帝国、北からはスウェーデンなどにより、次から次へと侵攻され、第一次・第二次大戦ではナチスドイツに、そして戦後は旧ソビエト連邦に組み入れられた。
その結果、日本の国土の1/8程度しかないこの北の小国は、800年もの長い間、幾度となく入れ替わる周辺列強の下で被支配国として虐げられてきたのである。
中世の時代に農奴制度が敷かれ、第二次大戦とそれ以降、旧ソビエト連邦の共産主義支配から逃れようとした人々の亡命と大量処刑など、厳しいエストニアの悲劇の歴史は、支配されてきた気の遠くなる年月と同じ位、忘れ去られることなくエストニアの人々により確実に後世へ語り継がれることであろう。

深夜、幻想の如く照明されたタリン旧市街地の美しい光景を眺めていると、800年の間、独立から見放されてきたこの北の地に、何故に夢のような美しい世界が残されてきたのであろうかと、信じられない驚きと感動を覚える。
朱色の屋根に粉雪が僅かに積もり、おもちゃの家のような造りをした中世の建物が複雑に連なる旧市街地域は文字通り世界遺産に相応しく、深深と冷え込む厳しい真冬の深夜にあっても、なお更に心躍る旅情を私に与えてくれる。こんな時、「この街を訪ねて良かった」と納得できる感慨に満たされる。

ロシア・ネフスキー大聖堂/タリン旧市街の朝
  旧王宮の広場を挟み、その正面にはタリンの古い街には「あまりマッチしない」と言われているアレキサンドル・ネフスキー大聖堂が建っている。今は公的機関に使われている13世紀からの旧王宮やネフスキー大聖堂などは、「トームペア」と呼ばれる30m〜40mの高さの丘の区画に属している。
タリンの人々が訪れるカトリック教の大聖堂は、「トームペア」の丘のさらに北奥の方に配置されているが、ネギ坊主の塔が特徴のネフスキー大聖堂は、100年前の1900年代の初め、当時の支配者であったロシア帝国の命令で建てられたロシア正教の教会堂である。大聖堂を訪れるのはロシア系の人々であり、エストニア人からは不人気であるが、唯一と言ったら叱られるかもしれないが、夜間照明の頃は非常に美しい姿となる。

朝、午前9時過ぎ、白夜の真夏とは正反対に北欧の真冬の遅い日の出が始まる。弱々しい陽光が数百年の中世の歴史を秘めた人口39万の小さな街・タリンの旧市街を照らし始める(下写真)。
他国からの長い支配と戦い、そして僅かな平和の期間が幾重にも交わり、その変化変動の度に支配者が替わった。必然として街の構造も変化が求められたに拘わらず、何故かタリン旧市街の風景は常に統一的な雰囲気と乱れのない精神が連綿と引き継がれてきた感がある。
それは厳しく流動する歴史が紡ぎ、人々の弛まぬ意識が磨き織り成してきたエストニアの力強い精神のように思えてならない。この穏やかにして美しい光景を眺める時、バルト海エストニアの人々の優しき心情やかたくなに守り続けてきた民族の伝統と誇り、それを後世へ引継ぎ渡す人々の誠実さと責任を見たような気がする。

            タリン旧市街/(C)legend ej
                                   タリン旧市街の朝
           ※ポプラ社発行書籍 「ポプラディア情報館・世界遺産」掲載写真に採用される/2007年03月

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世界遺産/リガ旧市街

バルト三国で最大都市
  バルト海諸国で最も大きな都市と言える人口80万、ラトヴィアの首都リガ(リーガ)はハンザ同盟に参加した中世13世紀後半頃から大きく発展を成し遂げてきた。
しかし、16世紀以降、1991年に隣国のロシアの支配下から完全に独立するまでのラトヴィアの歴史は、他のバルト海沿岸のエストニア・リトアニアと同じく、入れ替わり近隣列強の支配を受け続けるという厳しい状況であった。

バルト海のパリ」とまで呼ばれた中世の面影を色濃く残すリガの旧市街地には、13世紀に原形の教会が建立され、展望台を兼ねる高さ123mの高い塔を備えた聖ペテロ教会堂、石畳の市庁舎広場、そして13世紀に最初に建てられ、その後18世紀に至るまでロマネスク・バロックなど時代を反映した様式を見せるリガ大聖堂などが良好な状態で残されている。これら中世の時代を今に伝える旧市街地は、現在UNESCO世界遺産の登録を受けている。

            リガ・市庁舎前の広場/(C)legend ej
                            リガ旧市街/市庁舎広場の夜更け
           ※ポプラ社発行書籍 「ポプラディア情報館・世界遺産」掲載写真に採用される/2007年03月

市庁舎広場を囲み、色鮮やかに輝く細密彫刻と彫金細工のファサードを強調する「ブラックヘッドのギルド(上写真)」と呼ばれる華やかな建物は、15世紀以降、半破壊状態であったが、2001年に「リガ創設800年」を記念して完全に再建され、その印象的な姿を誇示している。
真冬の夜半、透明度のある夜空がなお青みを増し、氷点下の冷気が総石畳の広場全体へ広がり始めてきた。人通りの少なくなったリガ旧市街の空間は時間が止まり、ただ静けさだけが支配している。極寒の空気が限りなく澄み渡り、中世の香り漂う建物群の照明が更にシャープになってきた。何と素晴らしい静かな時なのか・・・

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