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グラナダ・アルハンブラ宮殿 Alhambra Palace/Granada

コルドバ・メスキータ寺院 Mesquita/Cordoba

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アルハンブラ宮殿・ライオン中庭/(C)legend ej
                            アルハンブラ宮殿・ライオン中庭&水盤

中世スペインの歴史/グラナダ・アルハンブラ宮殿の歴史

中世スペインの歴史
  中東では、イスラム教預言者ムハンマドの亡き後、7世紀の半ばからムハンマドの父方の縁故者が興したダマスカスに本拠を置くイスラム・「ウマイヤ王朝」が興隆してくる。その後、8世紀の中期なると、ウマイヤ王朝はムハンマドの親族を祖としたバグダッドに首都を置く強力なイスラム・「アッバーズ王朝」に滅ぼされてしまう。その王朝の勢力範囲は西の北アフリア・モロッコから東の中央アジアまでの広範囲に及ぶほど強大なもので、アッバーズ王朝は歴史的な繁栄を極めることになる。
中東ウマイヤ朝が崩壊した時、生き残りの王族の一人がアンダルス(スペイン)へ逃れ、後述のコルドバを首都とする「後ウマイヤ王朝」を立ち上げる。この後ウマイヤ王朝はアンダルシア地方のみならず、キリスト教徒の街トレドや東部のカタルーニャ地方まで攻め落とし、王都コルドバは人口50万人を数え、政治・経済・文化面で繁栄を極め、メスキータ寺院(後述写真)の建立を初め、市街も大都市の様相を呈していた。

関連Webページ: 世界遺産/イスラム教とキリスト教文化の融合する古都トレド

11世紀になると、後ウマイヤ王朝は衰退して、その後のイベリア半島はイスラム系の複数の王朝が乱立する複雑な政治情勢となり、この政権の乱れに乗じて、「レコンキスタ Reconquista 国土回復運動」を続けてきたキリスト教徒はついに王都トレドを奪還する。
さらに11世紀後半には、「レコンキスタの英雄」と称えられたキリスト教・カスティーリア王国の貴族エル・シド(ロドリコ・D・ヴィバール)の武勇伝も伝えられた。

一方、多くのイスラム王朝の乱立する中で、13世紀の初めのグラナダ Granada 地方では、ムハンマドT世がイスラム・「ナスル王朝」を成立させた。その息子ムハンマドU世の時代から、グラナダのアルハンブラの丘での宮殿建設が本格化され、東方のシエラ・ネバダ山脈 Sierra Nevada を源流とするダーロ川 Darro からの水路を設け、堅固な城壁を初めとする宮殿施設の拡張や庭園の造営などが行われた。
王朝とアルハンブラ Alhambra の宮殿は、ほぼ100年後の14世紀の後半にその絶頂期を向かえ、さらに宮殿はその後も100年以上にわたり、歴代の王による拡張と整備が続けられてきた。しかし、キリスト教徒によるレコンキスタ運動の抵抗は激しく、15世紀の終りの1491年、グラナダのナスル王朝はイベリア半島中央部にあったカスティーリア王国イザベラT世とアラゴン王国フェルナンドU世のキリスト教徒合同軍による攻撃を受け、翌年1492年、ついにイスラム王朝は陥落となる。

さらにその翌年の1493年には、長い航海の末にカリブ海諸島を発見したコロンブスがスペインへ帰国する。長い間イスラム勢力に支配されていたイベリア半島のキリスト教国スペインと隣国ポルトガルにとって、ようやく歴史の幸運がもたらされることになる。
グラナダ・アルハンブラ宮殿のイスラム王朝陥落をもってレコンキスタ運動は完遂となり、時を合わせるかのようなコロンブスの「新大陸発見」、1497年のヴァスコ・ダ・ガマによりアフリカ・喜望峰(下写真)からインド洋への航路発見も追加された。これ以降、時代は「大航海時代」となり、スペインとポルトガルでは異教徒との戦いから、海外への進出と交易ルートの確保へと方向転換し拍車がかかる。
さらに16世紀のマゼランによる「世界一周」が成し遂げられ、それ以降、特にヨーロッパ・インド航路は胡椒などの香辛料、絹織物などのアジアの産物を大量にヨーロッパへもたらし、スペインとポルトガルはその交易とマーケット取引の中心的な役割を果たし、国の「黄金時代」を迎える。

            南アフリカ・喜望峰/(C)legend ej
            南アフリカ・ケープ岬から1km先の喜望峰を展望/喜望峰自然保護区
             関連Webページ: 南アフリカ・ケープタウン/ヴァスコ・ダ・ガマのアフリカ・喜望峰〜インド洋への航路発見

アルハンブラ宮殿の歴史
  グラナダ・アルハンブラ宮殿は、東方にどっかりと構えるシエラ・ネバダ山脈から延びている標高750m前後の岩盤の尾根が、それより50mほど標高が低いグラナダの市街地へ突き出たような地形にあり、ここは軍事的に極めた有利な場所となっていた。北側に崖が迫る宮殿の敷地は、南北におおよそ200m、東西に700mほどの細長い形容である。
キリスト教からイスラム教支配への転換、そしてキリスト教への復権に特徴付けられたイベリア半島の中世史を紐解くまでもなく、グラナダ・アルハンブラ宮殿は、13世紀以降のイスラム系歴代王達の居城であった。
アルハンブラ宮殿は200年以上の長い歴史の中で常に増改築が行なわれた結果、イスラム芸術の粋を集めた複合的で美しい集合建築様式を残すことになる。宮殿全体を見た場合、「小宮殿」と言える大小の広間を備えた複雑な区画と「パティオ Patio 」と呼ばれる美しい中庭が連結されている特異な様式を示していることが分かる。。

「アルハンブラ Al Hambra」とはアラビア語で「赤い砦」を意味するとも言われ、建物全体には「赤い砦」を表現するスペイン南部特有の風土に合った茶系の石材がふんだんに使われている。
建物の床面には見事なデザイン・タイルを敷き占め、柱や壁面や天井部分では、イスラム独特の美術技法である連鎖状のアラベスク文様(ムカルナス装飾 Muqurnas)を施した石膏石アラバスターの美しい装飾を見ることができる(トップ写真)。さらに豊富な水を上手に使って、癒しとリフレッシュ感を演出する噴水や池などの施設も完璧である。

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アルハンブラ宮殿へ向かう

正方形のカルロスT世の宮殿
  入場ゲートで与えられるツーリスト・コースマップに従って宮殿内部を見学する。王宮区域 Palace Area は時代の統治者であった複数の王が増築・改造を行い、それぞれが時代を映す「4つの宮殿」で構成されている。それらが複雑に絡み合い、建物の配置や内部は非常に複雑な造りと関係を形づくっている。
先ずは、アルハンブラ宮殿全体がイスラム様式でありながら、少々違和感を感じる最大の建造物は、16世紀の神聖ローマ帝国皇帝カールV世でもあったスペイン王カルロスT世の宮殿 Chales V Palace である。イタリア・ルネサンス様式のカルロスT世宮殿の平面視野は正方形、中央部は吹き抜け構造の広場的な円形中庭で、それに面する円周回廊は1階がドーリア様式、2階がイオニア様式の石柱で支えられている。現在この区域は博物館と美術館となっている。

宮殿区域=コマレス(王)の宮殿/アラベスク文様と幾何学文様タイル装飾
  カルロスT世の宮殿の北側と東側が、正にアルハンブラ宮殿・王宮区域の「中心部」で、広間や塔、柱や壁面や天井も、至る所がイスラムのアラベスク文様(ムカルナス)や幾何学文様のタイルで装飾されている。先ずメスアールの広間 Hall of Mexuar や黄金の広間 Gilded Room、メスアール礼拝室など複数の広間があり、次がコマレスの宮殿と塔 Comares Palace/Tower の区画となる。
コマレス宮殿には、王が外国大使を謁見した大広間である大使の間(又はコマレスの間) Hall of the Ambassadors があり、ここは水盤のある広い中庭(パティオ)で、天井は高い塔(コマレスの塔)となっている。
大使の間の南側がバルカの通路 、そして紺碧の空に開口した長さ35m 幅7mの長方形の鏡のような水面を湛える美しいアラヤネス(天人花/常緑樹)の中庭 Patio de los Arrayanes/下写真)へと至る。

            アルハンブラ宮殿/(C)legend ej
                          アルハンブラ宮殿・アラヤネスの中庭とコマレスの塔

アラヤネスの中庭からさらに東方向へ進むと14世紀後半に造られたライオン中庭(Patio of Lions トップ&下写真)の区画へと至る。アラヤネスの中庭とライオン中庭の間には、マカラベ装飾の間(ムカルナス装飾の間 Hall of Macarbes)や浴場 Bath などの狭い部屋と装飾空間が配置されている。

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アルハンブラ宮殿/(C)legend ej
              アルハンブラ宮殿・ライオン中庭/美しく精緻なアラベスク装飾(ムカルナス装飾)
         ※ポプラ社発行書籍 世界の宗教シリーズ・「イスラム教」掲載写真に採用される/2005年03月

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ライオン中庭
  ライオン中庭 Patio of Lions(トップ&上写真)の区画は王の居住区であり、美しい女性達と王が過ごすハーレムでもあった。極端に広くもなく、狭くもなく、絶妙な広さをもつライオン中庭の中央には、ちょっと「お澄まし顔」に見える12頭のライオン像に支えられた噴水の盤がある。この「お澄ましライオン像」をもって中庭の名称が付けられた。
具象を嫌い抽象を基本とするイスラム建築において、このライオン像達はアルハンブラ宮殿で唯一とも言える写実的な表現物である。
ライオン中庭には、124本の細めの装飾大理石柱が林立して中庭をぐるりと囲んでいる。中庭は中央噴水から流れ落ちる水を流すため機能美の細い水路で四分割され、平面視野では丁度「田」の字に構成された長方形の空間となっている。

ライオン中庭と周辺広間/豪華なニ姉妹の間
  ライオン中庭の周囲には水路や幾分傾斜のある建物の屋根を含め、全てが単純な美しさだけでなく、豪奢で、バランスされた美観をかもす広間や通路が取り囲むように配置されている。
先ず中庭の南側には、権力を誇ったアベンセラヘス家系の騎士達が王の指令により命を落としたとされるアベンセラヘスの間 Hall of Abencerrajes、そして中庭の東側には王の居住スペースであった連続部屋を構成する諸侯の間(王の間) Hall of Kings が連なる。諸侯の間はライオン中庭の東側を占める部屋というより通路的な空間である。
いずれの広間の柱や壁面や天井部分は、上写真のように、目を見張るほどの連鎖状アラベスク文様を施したアラバスターでびっしりと装飾されている。特にアベンセラヘスの間では、約8,000個もの細密加工されたアラバスターの寄木細工で造作されているは脅威的と言えるだろう。

さらに訪れるツーリストに最も人気があり、アルハンブラ宮殿を象徴するライオン中庭の区画の圧巻は、何と言っても中庭を挟んでアベンセラヘスの間と対面する配置(ライオン中庭の北側)となるニ姉妹の間 Hall of Two Sisters と呼ばれる豪華広間であろう。この部屋の壁面と明り取りを兼ねる吹抜けの2階へつながる八角形の天井は、全てがアラベスク文様で装飾され尽くされている。
5,000個を越えるとされるそのアラバスターの寄木細工の細密設計、あるいは芸術的と言うか、ある意味で「異常」とも言える精緻極まるボリュームは、まあ見事と言うしかないだろう。

ニ姉妹の間の天井の装飾は、説では、イスラム教の創始者ムハンマドが篭った洞窟を表現し、その装飾のモチーフは「追っ手からムハンマドを守るクモの巣」がイメージされていると言う。この部屋は見上げる人の感動のため息が絶えることなく、圧倒するイスラム・アラベスク文様の時空を越えた魔力で支配されている。壁や床面の幾何学文様のタイル装飾も言葉で表現できないほどの精緻で変化溢れる作品群である。
ライオン中庭とその周辺の広間や通路、壁面、天井部分などの装飾は、見慣れていない東洋からのツーリストにとってはかなり「過度」の装飾と言えるが、人々から「イスラム美術の最高傑作」と絶賛されている事実を、この場所で納得できる。ニ姉妹の間の北側は通路的な空間(望楼室)で、リンダラヤの中庭(小庭園) Patio of Lindaraja を眺めることができる。またライオン中庭区画から東側は広い庭園区画となり、婦人達の塔 Ladies' Tower などがある。

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要塞アルカサバ/ヘネラリフェの庭園/アルバイシン地区

要塞アルカサバ/ヘネラリフェの庭園
  宮殿区域の西方一帯、城壁で囲まれた区域が「アルカサバ Alcazaba」と呼ばれる場所で、アルハンブラ宮殿内部で最も古い時代の13世紀に属する要塞部分である。現在、強固な城壁と数多くあったとされる塔の遺構では見張り台のベラの塔 Vela Tower だけが残され、ここからのグラナダ市街とアルバイシン Albayzin 地区の眺めは必見である。

アルハンブラの宮殿区域から北東へ少し離れているが、かつて中世の時代、夏の離宮として使われたヘネラリフェ Generalife の庭園が広がっている。ここは「天国の庭園」とも言われ、豊富な水を使った無数の噴水、色とりどりの美しい花々と植物に囲まれた多くの庭園あるいは階段やアート的に刈り込まれた植木類など、オリエント文化を強調する構成と仕掛けも見逃せない。

迷路のアルバイシン地区
  宮殿区域とヘネラリフェの庭園を含むアルハンブラの丘は、ヨーロッパにあって中世イスラム建築と美術様式を今に残す、最大規模にして最高レベルの場所であると言っても良いであろう。アルハンブラ宮殿区域とそれに隣接するヘネラリフェの庭園、そしてアルバイシン地区はUNESCO世界遺産に登録されている。
アルバイシン地区は宮殿の北向かいの丘に広がる古くからイスラム系の人々が住んでいる区域で、斜面と迷路にように入り組んだ住宅街を形成している。宮殿見学した後、私はアルバイシン地区を1時間ほど歩いて回ったが、曲がりくねったかなり複雑な路地の連続で、大まかな地図では現在地を見失ってしまう感じである。斜面を上へ上へ歩めば自然とアルバイシン地区の丘上に出られる。ここからのアルハンブラ宮殿の展望も素晴らしい。

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コルドバ・メスキータ寺院/(C)legend ej
                          コルドバ・メスキータ寺院/アンダルシア地方
           ※ポプラ社発行書籍 世界の宗教シリーズ・「イスラム教」掲載写真に採用される/2005年03月
           ※ポプラ社発行書籍 「ポプラディア情報館・世界遺産」 掲載写真に採用される/2007年03月

イスラム教・キリスト教文化の融合/コルドバ・メスキータ寺院

メスキータ寺院
  中東でウマイヤ朝が崩壊した時、系譜の王族はコルドバ Cordoba を首都とする後ウマイヤ王朝を立ち上げる。UNESCO世界遺産に登録されているメスキータ寺院 Mesquita(上写真)は、8世紀後半、繁栄した後ウマイヤ朝の初代アッラフマーンT世によりイスラム教モスクとしての建立が始まり、その後拡張が行われた歴史ある大規模な建物である。
時代が流れ16世紀になると、スペイン王カルロスT世(神聖ローマ帝国皇帝カールX世)は、メスキータ寺院のイスラム様式の内部を残したまま、ロマネスク・ゴシック・バロック様式を付け加えることで荘厳な大聖堂カテドラルへの大改造を行った。
今日見ることのできるこのメスキータ内部は、上述のカルロスT世の宮殿があるグラナダのアルハンブラ宮殿と同様に、イスラム教とキリスト教文化が見事に融け込んだ不思議な世界を見せている。計算されたかの如く、上方からのわずかな光でメスキータのアーチ型天井が黄金色に輝き、幻想的な空間をつくっている。

関連Blogページ: スペイン・中央平原ラ・マンチャ地方の「風車の丘」の詳細:
ブログ ラ・マンチャの乾いた風/コンスエグラとカンポ・デ・クリプターナの風車の丘

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Ref.  1970年代/スペイン滞在の回想

グラナダ滞在
  2001年、訪れたグラナダ・アルハンブラ宮殿は、1973年以来、28年ぶりの再訪であった。宮殿を中心としたアルハンブラの丘は、1984年と1994年にUNESCO世界遺産に登録され、今や個人やグループツアーを問わず、世界中からツーリストが訪れ、管理の都合上からか、宮殿区域への入場券もネット予約ができるようになっている。
かつて訪れた1970年代初めのアルハンブラ宮殿は、混雑を避ける時間による入場制限などもなく、宮殿内部や庭園などを一人で勝手に回ることができるほど閑散としていた。訪れるツーリストの数も少なく、ヨーロッパのどこの古い都市にもある極普通の公園のような雰囲気であった。

コルドバ滞在
  私が初めてスペイン・アンダルシア地方を訪れたのは、グラナダ・アルハンブラ宮殿を訪ねた同じ時期、マドリッドでカメラや大量の撮影フィルムを含んだ一切の写真用具を盗難された1973年であった。それは若い個人ツーリストにとってあまりに大きなショックであった。
その時、傷心の私はフランス・ブルゴーニュ地方の世界遺産・ヴェズレー聖マドレーヌ大聖堂(下写真)に共通点を見るこの縞模様のアーチ型天井、そしてエンタシス様式の円柱が無数に林立し荘厳とも神秘とも言えるコルドバ・メスキータ寺院の美的空間に立つことができなかった。

            ヴェズレー修道院・聖マドレーヌ大聖堂/(C)legend ej
                 ヴェズレー修道院 聖マドレーヌ大聖堂・横断アーチの縞模様が美しい南側廊
                 関連Webページ: 世界遺産/フランス・ヴェズレー聖マドレーヌ大聖堂

そうして、「いつの日か必ずやコルドバを訪れよう!」と心に秘め、私は長い間訪問のチャンスを待ち続けてきた。それから28年が過ぎ、こうして訪れてみると、世界遺産に登録されたメスキータ寺院内部の美しさは、私の想像を遥かに越え、息の止まるほどの圧倒される感動を覚える。
静まり返ったメスキータ内部の崇高なる雰囲気に、人々が畏敬の念を持つのは当然と言えようか。この美しさこそが、私が常に追い求めて止まない心に刻む遥かなる「時」である。現実のメスキータ寺院内部は、場所によっては自分の足元の石製床面の模様などがまったく判別できない程、想像していたより暗い。寺院内部の美しい縞模様アーチは、この暗い空間に長い時間佇み、目を慣らし、静かに自身のイメージを拡大することで初めて確認できる美的な造形と色彩である。

また、コルドバ周辺は糖分の多いブドウから醸造される甘口の濃厚デザート・ワインの一大産地でもあり、さらにこの一帯は初夏の風物詩と言える大地を黄色に染める広大なヒマワリ畑でも有名である。

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