01/9/21 作成 07/08/03 加筆修正
蕨岱駅

函館本線 “蕨岱駅” 色付けされた貨車駅だが、ここを利用する人は果たしてどれ程だろうか…
観察日記 1999年12月12日 停車中に観察。
この駅は当初“秘境駅”してはノーマークであったが、函館本線(山線)の乗車も長万部に近くなり、フィナーレを迎えようとしていた所で突然、国道以外に何も無い場所に
駅があることに気がついた。 慌ててカメラを取り出して写真を撮ったので車内の電灯が写り込み、あまり出来が良いとは言えないのだが、何とか撮影できた。
恐らく日本全国の駅名で50音順に並べたら最後に来るのではないかと思われる。 (最初は山陽本線「相生駅」だろう)
駅は国道5号線沿いにあり、周辺には人家が一軒あるようだ。 情報によると元食堂らしいが、現在は営業していないらしい。 そして、駅ノートもしっかり完備さているらしく、
夏場などはツーリングのライダーなどが休憩のついでに書きこみをして行くのだろう。 今回は、プランの関係上で列車内からの観察となったが、機会があったらゆっくりと
訪問してみようと思う。

以前は列車交換が出来たが、現在では一面一線の“貨車駅”である 国道5号線沿いだが、そこにある人家は僅か一軒だけであった

貨車(元車掌車)の待合室内部は、駅寝に適した椅子が3脚あって意外に快適 有効長の長いホームは、長編成の客車時代を彷彿とさせる、唯一の名残りだ
訪問日記 2001年8月10 駅寝訪問
この駅は、上記で紹介したように、以前乗車した列車から観察したところ秘境駅の疑い? があったため、機会があったら訪問しようと企んでいた。 そして、今回の旅で
“一夜の宿”として駅寝という形での訪問することができた。 そして、周囲を歩き回ったところ、人家は一軒だけで主要国道として数多くの車が行き交っている国道5号線に
は面しているものの、そこは街として形成されることも無く、至って生活感に乏しい地域であった。 そんな所でも、以前にはそれなりに多くの人家があったと思わせるものに、
左上の写真に微かに写っている赤い鳥居が存在する。 ここは蕨岱神社?として当時、この地域の人々の信仰を集めていたと思われる。
今回の日本一周秘境駅訪問旅の中で、北海道の出発点はやはり、北の玄関口と言われる函館駅から始まった。 まず、その名を冠した“函館本線”の普通列車に乗車し、
その途中、“仁山駅”と“渡島沼尻駅”の2駅を観察しつつ、八雲駅へとその歩みを進めた。 ここから、後続の特急「北斗19号」へと乗り継いで、長万部駅へと先回りすることに
なる。 そうでもしないと、倶知安・小樽方面へと向かう函館本線(通称:山線)の最終列車に間に合わないので、その措置は止む得ないものであった。 そんな特急列車の
快適な移動時間も僅かな時間で終わってしまい、あっけなく長万部へと到着してしまった。 列車を降りると何だか外が騒々しい・・・ そして駅前に出ると唖然としてしまった。
何と堂々と駅前広場で夏祭りをやっているではないか! 東京育ちの私にとって、その光景はかなり異様なものに映ったが、地域の中心的存在として、今でも駅の果たしている
存在の大きさに、鉄道の未来も含めて少しばかりの安堵感を覚えた。
そして、長万部駅から僅か2駅目となるこの“蕨岱駅”へ向かい最終乗車に乗車した。 あれだけ賑やかだった、駅前もあっけなく遠ざかってしまい、漆黒の闇の中を急勾配に
喘ぎながら進み、この寂しい駅へと降り立った。 今夜の宿となるこの元車掌車を利用した待合室の内部には、電灯に集まるおびただしい数に上るコガネムシが張り付いていた。
直ぐに室内の電灯を外して、外の灯りへと誘導すること約10分、彼らは素直に従って行くのであった。 これはかなり不快な環境と思われた駅ではあったが、以外にも駅寝に
向いていることが判明した。 水道こそ無いものの、その室内には駅寝をするのに丁度良い大きさの長椅子が3脚もあるので、ちょっとしたテーブルにも活用できるし荷物置き場
にも困らない。
こうして深夜となった周囲を観察していると一人のツーリングライダーがやって来た。 彼はなんとホンダのスーパーカブで道内を周っているという筋金入りのライダーであった。
一貫して自炊を基本としたそのスタイルに、林道野宿ライダーを続けていた私はその姿に感激し、その彼と打ち解けるのにほとんど時間は掛からなかった。 駅前の広場で揃って
飯を作り、そして酒を酌み交わし、あの懐かしい“山会”で感じる独特な雰囲気を久しぶりに感じ取った。 その会話は深夜にまで及び、夜もすっかり更けた頃にようやく寝付いた
のであった。 そして、明け方は早々と5:30に起床。 背伸びをしつつ、朝霧が包むこの駅の周囲を散策する。 「う〜ん 空気が美味い!」 と深呼吸をするのと同時に、相当の
冷え込みを感じた。 あの灼熱の九州から僅か3日・・・ 小国な日本でもここまで気候が変わるとは数字で解ってはいても、実際に肌で感じ取るその違いに改めて驚かされた。
そして、撮影と片付けを済まし、私は札幌行きの一番列車に乗車した。 昨夜から一緒に過ごした彼の見送りを受けながら列車は淡々と進んで行くのであった。