01/07/01 作成 07/08/21 加筆修正
土樽駅

上越線 “土樽駅” 小説の舞台となったこの駅は、人里離れた場所にひっそりと建っていた

駅構内は融雪溝を備えた2本の中線を挟み、かなり広い敷地となっている 駅名標は旧国鉄タイプで、飾り気のないシンプルなタイプ

待合室内部は広くて清潔 駅寝するのには好適だが、自販機の音が少々五月蝿いかも? 下り線ホームから土樽山荘へ向かう専用出口
訪問日記 2001年6月29日 訪問
この駅は、上越線の新清水トンネルで県境を越え新潟県へ抜けた所にある。 そこは新清水トンネルと新松川トンネルという2本の長大トンネルに挟まれている深い山の中にあり、
とても集落が発達するとは思えないような場所だ。 当然周囲に一般的な人家は無く、スキー場の宿として“土樽山荘”が1軒あるだけという寂しさ漂う場所にある。 スキーシーズンには
それなりに賑わいを見せると思われるほか、稀に付近の山々を歩く登山者のベース基地として、隣の“土合駅”と良く似た位置付けとなっている。 そのためか、待合室は非常に広くて
長椅子も4脚あり、早朝からアタックする登山者のための駅寝スペースとなっているようだ。 このような場所であるから当然、トイレから水道、電話までしっかり完備しているのは嬉しい
のだが、待合室内には清涼飲料水の自販機があり、静かな夜には少々耳障りになること請け合いであろう。
しかし、そんな山間の駅にあって、とても静かな世界が広がっていると思いきや、なんと駅の直ぐ前を関越自動車道が通っているのである。 そこを通過する車の音が引っ切り無しに
聞こえて来て、この素晴らしい雰囲気を劇的にスポイルすること甚だしいものがあり、非常に残念だ。 また、この駅の知られざる一面として、川端康成の小説『雪国』の冒頭部分、
「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」 〜は、この土樽駅を舞台としているが、当時は客扱いの無い信号場であった。 そんな小さな歴史を持ったこの駅だが、無人化されて
久しく、保線設備と融雪溝が完備される中線を備えた広大な敷地を誇っている駅構内も、いささか場違いな雰囲気であった。
今回、私はこの駅へ自前のオフロードバイ「SUZUKI:DR250R」でやって来た。 時折雨に降られながらも関越自動車道をひた走り、ようやく湯沢I.Cで降りることになった。 その降りる
直前にこの駅が見える場所があって、少し広がっていた駐車帯にバイクちょっと停めて覗いて見た。 なんと駅まで道が続いていて、最後の所でゲートによって封鎖されている。
ここで無理矢理に脱出すれば、当然犯罪行為となってしまうので、大人しくインターチェンジで降りて回る事にしよう。 インターを降りて国道17号線を左へ折れる道を進むと、程なく駅の
入り口へ到達した。 先ほど確認した高速道路からの道が封鎖されているゲートを横目にバイクを止めて待合室へと入った。 荷物を置いて付近を撮影及び散策を終えて戻ると、
この駅にも駅ノートがあるのを発見した。
誰も来ない待合室内で、静かな朝の一時を駅ノートを書きつつ過ごす。 そんな時に欲しいのはビール。 しかし、列車で下車しての訪問なら許されることも車やバイクの訪問とあっては
ご法度だ。 例の自販機でコーラを買って飲み、仕方なく喉の乾きを癒すのであった。
こうして一連の作業?を終え、バイクを国道17線へ向けて発進させる。 バックミラーに映る寂しげな駅舎が「また来いよ」と問い掛けているかのようだった。