2009/02/27 改訂

豊ケ岡駅



歪んだ鉄路と谷にズリ落ちそうなホーム。駅の将来を案じてしまう。

    

地球温暖化の影響か?真冬であっても雪は少なく、しばれるような寒さもない。   コンクリートのホームは継ぎ目からズレている。   静かな林の中は実に心地良い空間だ。

  
   再訪日記  2009年1月19日 訪問

  ここに訪れるのは3度目になる。前回(2004年2月某日訪問)は駅寝をしたが、今回はスケジュールの都合と撮影を重視するため、3時間余りを過ごすことになった。
 それだけに周囲の状況は勝手知ったるもので、新たな秘境駅という期待感には乏しい。しかし、この駅には他には見られない独特な雰囲気がある。その魅力に取り
 憑かれ、札沼線に乗車すると必ず立ち寄ってしまう。さて、私事の非常に古い話で恐縮だが、昭和40年代前半生まれの世代は子供の頃、いわゆる“秘密基地ごっこ”
 などと称した遊びが流行った。それは、誰の持ち主か解らない雑木林へ勝手にトタンや板切れなど資材を持ち込み、バラック小屋をこしらえてしまうという、大胆不敵な
 遊びであった。そこに悪友たちと集まり、お菓子やマンガ雑誌などを持ち込んで、とても楽しい時間を過ごしたものだ。 

 当時のTVではウルトラマンや仮面ライダー、マジンガーZ、といった番組が再放送ではなく、リアルタイムな番組として放送されていた。流行の最先端だったのだ。
 そのカッコ良すぎる正義の味方は、娯楽の少なかった時代、非常に多くの子供達に影響し、深く脳裏に焼き付いた。自分もあんな秘密基地を作ってみたい! 〜なん
 て、冗談半分なことを本当にやってしまったのだ。もちろん非合法であり、不法侵入罪に問われても仕方の無いものだが、当時はそんな遊びも周囲の大人は大目に見
 てくれる優しさを持っていたものだ。※ある日突然壊され、悔しくて泣いたが…
 しかし、時代は変ってしまった。都合の良い個人主義が蔓延してくると、些細な素行の悪さに対して、さも鬼の首を取ったかのように、“不良”というレッテルを貼り、学
 校や警察に通報されてしまう。こうして、ささやかな少年の夢など儚く一蹴されてしまう。こうして本来、誰もが持っていた冒険心が摘み取られて行く。行き場を失った
 少年達は部屋に閉じこもり、ゲームや携帯電話に明け暮れる。挙句の果てに将来への希望を失い、死んだような目の大人になって行くのか?

 さて、ここはそんな下らない批判をする場では無かった。私の勝手な思い込みかも知れない。ご容赦いただきたい。この駅の小さな待合室の中には、私が子供の頃に
 秘密基地の中に感じた昭和の香りが漂っている。いわゆるベニヤ板や湿ったコンクリートブロックの混じった匂いで、決して良い香りではない。しかし、頭の何処かに仕
 舞われていた遠い記憶が、インスパイアされて飛び出してくる。それは人の手が入りすぎた見せ物の文化財とは全く異なるものだ。ここには鬱蒼とした林の中、まるで
 隠れ家のような“秘密基地”があった。ここは私にとって少年に帰れる場所だったのだ。


広大な石狩平野に何故かここだけ山林が繁り、駅はそこに隠れるようにあった

    

待合室は木造で渋く、雰囲気はかなり良い      駅名標はアクリルケースに入っている       内部は座布団があったりして、地元の人の手が入っていた

   訪問日記  1999年12月12日 訪問

  ここは“豊ケ岡駅”という札沼線にある小駅である。広大な石狩平野のを走るこの路線の中にありながら、何故かここだけ山林が繁っていて、その中に駅がひっそり
 と存在している。周囲を見渡す限り人家はまったく見えないが、除雪作業をしていた近所の老人に訪ねると、「一番近い俺の家から5分くらい歩く」とのこと。しかし、
 冬季は除雪されないため、深い雪に足を取られながら、ようやくたどり着ける状況である。待合室は古い木造の何とも味わい深いもので、「チカン・変質者注意!」の
 看板には興醒めしてしまうが、内部には地元の人が作ったと思われる座布団があり、多くの人々に愛されている幸せな駅である。

 今回この駅を訪問するため、札幌駅からの夜行急行「利尻」を、深夜の名寄駅で下りから上りへと降り返し、再び札幌へ舞い戻ってきた。そして、札沼線の一番列車
 に乗って石狩当別で乗り換え、この山林に囲まれた駅へ下車した。今回は早朝の訪問だったが、札幌のビジネスホテルに泊まるくらいなら最終でここへやって来て、
 駅寝するのも良いと思った。だが、表の看板を見て通報されたら面倒なので、いっそ止めておいた方が良いかも?という葛藤もある。こうして、小1時間ほど待ってい
 ると、遠くの方からタイフォンが聞こえてきた。そしてレールの音をコトコトと鳴らしながら、一両だけのディーゼルカーが姿を見せた。