10/07/1 作成

冬眠明けの(臨)田子倉 初乗車の旅 Vol.3

  4月1日を迎えた会津若松の朝。どんよりと曇った空をよそに、これから向かう旅の期待に私の心は清々しく晴れ渡った。理由の一つに
 一日のスタートが、磐越西線の快速「あいづライナー」という、国鉄型特急電車“485系”に乗れることが大きい。近年の車両に無い独特の
 重厚感は、美しい車窓と合わせて旅情があふれる。だが、ささやかな愉しみもわずか1時間で終りを告げた。終点の郡山から東北新幹線
 「やまびこ107号」に併結される「こまち107号」へ乗車して隣の福島へ。ここで飯坂温泉を覗いてみようと思い、福島交通のホームへ向かう。
 あらかじめ調べていたことだが、毎月1,11,21日は鉄道利用促進デーということで、一日乗車券を500円!(飯坂温泉までの通常往復は
 720円)を無事に入手。旅程の上で偶然の一致とはいえ、ラッキーデーに当り嬉しくなる。こうして20分あまりで飯坂温泉へ着き、旅館街を
 歩いていると、無料の足湯を発見!30分ほど浸からせてもらう。何かと物事がタイミング良く進むため、気を良くしながら復路の電車で再び
 福島へ戻るのであった。

 
 
快速あいづライナーは往年の特急を彷彿させる   どんよりと曇った会津磐梯山     可愛らしい福島交通の電車       偶然発見した足湯は実に爽快!

 次の訪問駅となる赤岩駅は、県庁所在地のある大都市福島からわずか3駅。人家は一軒もなく、信じられないくらいの深い山奥。ここは
 山形新幹線として改軌される以前、全国有数の鉄道の難所で知られた。何しろ赤岩、板谷、峠、大沢の4駅が連続するスイッチバックが
 存在していたところだ。旧ホームのあった遺構は自然の猛威をもって次第に淘汰されつつも、未だ痕跡を留めている。

 
 
新たに変電施設が造られた構内    旧式の駅名標が鉄道ファンの心を捕える    本線上に設置された現ホーム    線路は埋められたが辛うじて残った旧ホーム

 古い木造駅舎は解体されて久しく、物置と見間違えんばかりの小さな待合室があるだけ。駅の周りに人気は無く、荷物を置いて最寄りの
 集落まで歩くことにする。こう書くといかにも近所に思えるが、実際には急坂が続く未舗装の林道を30分ほど歩かねばならない。その路面
 は所々ぬかるみ、冬季にも除雪されないため、列車以外のアクセスは困難な部類に属する。


 
 ぽっかり口の開いた駅名標が寂しい   待合室は物置そのものだ    こじんまりした室内に真新しい4連プラベンチが!   山奥へ続く悪路はいったい何処へ…

 身軽な体勢になっても、きつい登りに息は上がり汗もかく。やがて平坦になり林を抜けると高原のような広い場所に出た。周囲にいくつか
 の人家を見るが、既に廃屋と化した家もある。いわゆる限界集落であろう。あまり興味本位で歩き周るのも憚れるので、立ち去ろうとしたと
 ころ、畑から一人の老人が声をかけてきた。私は「駅の周囲を歩くのが好き」と伝え、不審者でないことを強調すると、彼は目じりに深い皺を
 寄せて微笑み、「ここにはもう誰もいないから物盗りが多い」と話す。いくら防犯を心がけても、その背中には一抹の寂しさを感じた。私の場
 合、興味本位でわざと人の居ない駅へ行くけれど、かつて賑やかだった所に住み、次第になじみの人々が去っていくのとは、同じ孤独でも
 取り返しのつかない寂しさであろう。

 
  人気のない集落には自分の足音だけが響く   主を失ったノスタルジックな人家    登って来た道を軽やかに戻る     なんとニホンカモシカに遭遇! 

 集落への訪問を終えて駅へ戻ったところ、思わぬ出迎えを受けた。なんとニホンカモシカが旧ホームを走っているではないか!カメラで追う
 が、なかなかすばしっこく、すぐに林の中へ消えていった。これだけの山奥になると、鹿やタヌキといった一般的?な野生動物とは一味違う
 刺激的な体験だ。そのうち熊にも出会うかも知れない。それは相当怖い体験になると思うが、未だ出会わぬ動物を想像だけで恐れるあま
 り、何も行動出来なくなる自分にはなりたくない。北海道の知床半島のように羆(ヒグマ)の巣窟ならいざ知らず、ほかの事故や病気に注意
 した方がよっぽど現実的だ。それでも万が一はあるだろうが。

 
 
山形新幹線「つばさ」が颯爽と通過して行く   峠駅で買った“峠の力餅”もう腹いっぱい!  米坂線の新鋭気動車キハ120   乗り換えで降りた今泉駅 な、何もない…

 探検を終えてホームに着くと福島側から山形新幹線「つばさ」が通過して行った。38‰という急勾配を登って来るため、圧倒的な速さは感じ
 られないが、半世紀も前の車両であれば、人間が走って追い着くようなスピードであった筈。技術の進歩を感じながら、後続の普通列車に乗
 り、2駅先の峠駅に狙いを定める。お目当ては「峠の力餅(1,000円)」だ。私の他にも求める乗客があり、わずかな停車時間にもかかわらず、
 手際よく売れて行く。さっそく食してみるが、なかなかイケる。中央(東)本線で売られている笹子餅よりもボリュームがあるため、かなり腹が
 膨れてしまった。米沢駅に着いたが、夕刻というのに駅弁売り場に足が向かない。結局、そのまま米坂線に乗車するが、今泉駅の周りなら
 食堂くらいはあるだろうと、タカを括っていたことが裏目に出た。駅前はただの住宅が点在するだけで恐らく純粋な鉄道の街に違いない。
 故宮脇俊三先生がここで終戦を知らせる玉音放送を聞いたという、往年の鉄道ファンにとっては特別の場所であるが、すっかり日も暮れ、
 雨も降り出した。ああ〜米沢駅で牛肉弁当を買っておけば良かったと後悔。食糧は酒のつまみとしては苦しい“餡子の餅”だけである…

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