10/04/04 作成

冬眠明けの(臨)田子倉 初乗車の旅 Vol.1

  2010年の2月の終わり、昨年の10月から始めた執筆がようやく終わった。その本は、3月19日発刊の「時刻表を読みこなす」で、時刻表
 の読み方、楽しみ方、プランの立て方などを分かりやすく解説したものだ。今回は読者を“机上旅行”へ誘うという、新たな趣向を試み、
 書き手と読み手が「旅の空を共有する」リアリティーにこだわった。お陰様で読者の皆様から好評を頂き、とても感謝している。
 この場を借りて御礼申し上げたい。しかし、この執筆は重大な副作用を併発させた。書いている本人が旅立ちたくても旅立てないという、
 非常に苦しいフラストレーションを自ら作ってしまったのだ。
 さらに長期間の執筆と飽食によって運動不足となった体は、少々?横方向に膨らみ、昔トレッキングで鍛えた足腰も、すでにふくらはぎは
 ブヨブヨ…。かつて、がむしゃらに突き進み、数々のハードアタックをこなした自信は、もはや陥落寸前である。本当にこのままで良いのか?
 いや、私は秘境駅訪問家だ。それがどんなに馬鹿馬鹿しい行為であろうと、皆様の想像を絶し、真似の出来ない旅を追求するのが、私に
 課された使命ではないか!相変わらず、脳内の勢いだけは凄いが(笑。

 行き先はすでに決まっていた。只見線の(臨)田子倉を冬眠明けとなる、3月31日7:07発の「426D」に乗車するのだ。我ながら思うことだが、
 何とも馬鹿げたことであろうか?山を登る人には「そこに山があるからだ」という名言があるが、私に言わせると「そこに誰も行けない駅が
 あるからだ」になる。少々偉そうだが、これくらいの決意がないとやっていられない。常軌を逸した行動だが、今年最初に開業する駅から
 初めて停車する“れっきとした乗客”になるのだ。線路を大きく迂回する国道252号線を隣の只見から12kmの距離を歩くことにする。あわ良くば
 線路上を歩くことが許されれば、時刻表に記載された営業キロの6.6kmで到達出来るが、真っ暗な長大トンネルに危険と法を犯してまで実行
 することは本意ではない。こんな私でも、今や少しくらい名の知れた鉄道ファンという自覚はある。世のバッシングは想像に余りあることだ。
 さらにここは日本有数の豪雪地帯であり、人家一軒ない完全な無人地帯だ。無雪期には登山や田子倉湖をトレッキングするハイカーに利用
 されるが、冬になれば利用者は途絶える。しかも、並行する国道252号線は冬季閉鎖どころか、5月連休明けの半年近くも通行できない状態
 が続き、外界から孤立した世界を創り出す。そのなかで列車だけが唯一の交通手段となるのだが、この駅には長年に渡って無意味に停車し
 ていた。しかし、あまりにも無駄なことと気付いたJR東日本は、2001(平成13)年12月1日より、全列車を12/1~3/30まで通過する“臨時駅”
 にしてしまった。利用状況を考えれば当然なことだが、ファン心理としては複雑である。

 真冬の積雪は5m近く積もることもある凄まじい豪雪地帯。この時期の訪問は本当の命賭けだ。せめて列車が初停車する“冬眠明け”を
 目指すため、前日の3月30日6時29分、山陽新幹線の新尾道駅から「ひかり462号」で出発した。わずか9分で隣の福山駅に着き、「のぞみ
 110号」へ乗換え東京へ向かう。今回の装備は、いつもならノートパソコンを持ち歩くが、今回はハードアタックのため諦めた。カメラもNikon
 D300とAF-S16-85mmのVRレンズ一本に絞った。主要な装備は、羽毛シュラフ、ゴアテックスカバー、エアマット(サーマレスト)、登山靴、
 軽アイゼン、フェイスマスク、グローブ、携帯コンロ(プリムス)、LED電灯、食器、食糧、水筒(グランテトラ)など、低山地帯の冬山装備を
 ザックに詰めた出で立ちだ。準備が出発前夜になってしまい、会社から帰って一睡もしていないせいか、静岡あたりまで記憶が無い。
 東京で上越新幹線「とき319号」に乗換え、浦佐で下車。リニューアルされた200系が嬉しかった。2004年10月23日の新潟県中越地震の
 際には震源直下に遭遇。脱線しながらも転覆を免れ、一人の犠牲者も出さなかったという、歴史に残る名車である。


    
     今日は快晴! ありがたや~    上越新幹線200系 最後尾なのはご愛敬(^^; 駅前に角栄さんの銅像が建つ浦佐駅     今も115系が活躍する上越線 

 浦佐では10分しか乗換え時間がないため、駅前にある田中角栄の銅像を拝めることは出来なかったが、上越線を2駅乗り只見線の接続駅
 ・小出へ到着した。ガラガラというキハ40系のアイドリングが響くホームに、デジカメや携帯電話のカメラを構えるファンが群がる。ローカル線
 ブームは、ここでも盛り上がりを見せている。いささか暖房の効きすぎた車内だが、これから挑む峠は極寒の地。車窓に子供たちの雪遊びの
 姿が映り微笑ましい。私もこれから遊びに行くぞ~!
 

    
  小出駅に停車中の只見線のキハ40型   越後広瀬では子供たちが雪遊びに熱中!   誰も降りず、誰も乗らない柿ノ木駅   除雪されていない橋の上は絶望的な光景

 途中、写真集Ⅲで紹介した、「柿ノ木駅」の様子を車内から観察し、大白川からいよいよ福島との県境となる“六十里越え”に突入する。
 しだいに雪が多くなり、脇を通る国道252号線は、峠まで除雪されている様子は無い。何しろガードレールの上にも、こんもりと50cm以上の
 高さに達している!反対側の只見からの除雪状況は果たして大丈夫なのであろうか?明日は駅の開業日なのに、前途に不安と絶望感が
 交錯する。全長6359mに及ぶ長い六十里越えトンネルを越えると、道路の除雪の跡を発見。思わずガッツポーズ!をしてしまった。
 これから向かう(臨)田子倉を通過する時、誰も居ないことを確認。これで私が行けば今季一番乗りを果たすことが出来る!~と、喜びを
 隠すことに苦心するほど、大人げない私であった。


    
 
降車客が立ち去り、閑散とする只見駅   小さな街中を山に向かって歩き出した   ダム下には小さな只見川発電所が   国道の通行止めを予告する看板と田子倉ダム

 只見駅に着いた。駅前に停まっているタクシーに一瞬、「行けるところまで行ってくれ」と頼もうと思ったが、普通の人と明らかに違う行動に
 このご時世、いらぬ憶測を呼ぶのも嫌なので、TEL番号だけメモして立ち去った。14:40分にスタートを切る。いったいどれくらい掛るのだろ
 うか?予定では3時間30分を見込んでいるが、後は道の状況と自分次第だ。街中をすれ違う車の人からもの珍しそうに見られる。だが私は
 こうした事例に慣れているので一向に平気だ。つまらない羞恥心など、さっさと超越してしまえば良い。田子倉ダムまでは広くて緩い坂道。
 後に会津中川駅で共に列車を待つ時に会った、ダムの建設に携わったという老人の話では、大きな建設機械や資材を運搬するため、幅の
 広い道路を一直線に造ったとのこと。この只見線はもともと電源開発を目的にした路線で、本来は田子倉までで事足りたはずだが、ダムの
 建設に成功した小さな会社(現在、一部上場ゼネコン)は、ここで巨大な利益と権力を持った。重機を持った強みで「六十里越トンネル」を
 ぶち抜き、反対側の大白川まで開通させたとのこと。失礼ながら最初は、足元もヨボついて、しきりに体を揺らしているため少々心配な
 ご老人だと思っていた。けれども大方の予想に反して声には張りがあり、実に生き生きとした話を伺うことが出来た。歴史を知る生き証人
 からは学ぶべきものが多く、とても感謝している。

    
 
田子倉ダムから除雪車ゲートで通行止め      行く手には除雪作業員が…。      国道は除雪済みだが、雪崩に注意    眼下に広がる絶景を横目に急坂を登る

 川幅の広い只見川を眺めながら、5kmほどで田子倉ダムの管理ゲートに到着。右に折れるといきなりブルドーザーで道路が封鎖されていた。
 「車両通行止め」である。あくまで車両で、歩行者ではない。脇をすり抜け、しばらく歩くと除雪作業員が5人居る。万事休す。皆でこちらを見
 ているので、先に挨拶!これ鉄則。“不審者扱い→即通報”という憂き目に遭わぬよう気を使おう。しかしながら、彼らは実にフランクな方々で
 私も思わず田子倉駅の発乗車の意義を熱く語ってしまった(笑 さすがに、苦笑いをこぼしていたが、なんと駅まで除雪してあるとのこと!
 彼らには本当に感謝の念に堪えない。「本当に助かりました」と礼を言うと、軽トラで送ってやろうか?との甘い誘いを受けるが、丁重にお断り
 して先に進ませてもらった。

    
  
除雪されているため、助かりました!     トンネルから続くスノーシェッド          落ちて来ると恐ろしいツララ!       トンネル内は氷結している!

 最初のカーブからいきなり“つづら折れ”の連続だ。けれども不思議なことに、私の体は歩きたがっている。駅まであと7km、どんな道であろう
 と踏破してやると心に決める。すでに携帯電話は圏外だし、たとえタクシーを呼べてもブルのゲートで塞がれているから、ここまで来れまい。
 この先は雪崩に巻き込まれようと、滑落しようと、自己責任だ。やがて短いトンネルに入るが、頭上に先の鋭い大きなツララが垂れている。
 いかん、私は今ノーヘルだ!あんなのが頭に落ちてきたら、ひとたまりも無い!しかも足元は凍っていてツルツル滑る。ひとまずツララの
 真下を避け、慎重に歩みを進める。幸い全面結氷ではないので、持参した軽アイゼンを装着しなくても、きり抜けることが出来た。


    
 
 田子倉湖のレストハウスは冬季休業中   大自然に囲まれた田子倉湖は人造湖とは思えないほどの大スケール!   マタギの里の名残を今に伝える若宮八幡神社   

 田子倉湖を展望するレストハウスに出るが、当然ながら休業中だ。夕日は湖面をギラギラと照らし、感動的なシーンを作り出している。人造
 湖と分かっていても壮大な風景に思わず声が出る。をーすげーっ! 天気も良く、体も温まっているので、歩くには最適な環境だ。クソ重い
 装備の筈だが、登山道の上りを思えば全く苦にならないほど足取りは軽い。若宮八幡神社を眺める。これは湖に沈んだ約50戸の田子倉の
 集落では主に狩猟をして生活をする、いわゆる「マタギ」の集落であった。住民たちの信仰対象だった「山の神」を祭ったもので、もとは集落
 の中にあったが、ダムによる水没を免れるため、ここへ移設したという。

    
 
レストハウス脇の道路にもブルドーザーのゲートが!  トンネルの入り口は厳めしい    ハープのように繊細な造形美!    まだ動くのだろうか? ナンバーは無い
 
 やがてスノーシェッドが連続するトンネルを併用したものが現れた。内部で狭くなるため、厳めしそうなギザギザの警告板が貼られている。
 息を弾ませながら歩いていたが、思わず立ち止まってしまう。スノーシェッドに構造物の美学を発見したのだ。まるで楽器ハープのように繊細
 で、光と影の創りだす芸術に目を見張る。こうした何げない発見でも、車で通過してしまえば一瞬のことで、心に残るものは何もあるまい。
 先のスノーシェッド内には打ち捨てられたようにバイクが置かれていた。故障してしまったのであろうか?さらに標高を上がると、除雪された
 雪壁は背丈を越えてくる。徐々に足に疲労を覚えるようになった。きっと乳酸が溜まっているのであろう。それでも休憩を取る気になれないの
 は、明るいうちに田子倉駅に到着して、撮影を済ませたいからだ。誰も居ないことに気を許し、声を上げて疲労に喝を入れながらひたすら歩く。
 歩く。歩く…。トンネルの中で叫ぶ。あ``~

    
    田子倉湖に映る夕日の山影       小さく見える田子倉駅はもうすぐ?   谷筋に沿いながらトラバースするスノーシェッド   撮影ポイントを逃した結末… 

 名残惜しくも田子倉湖から離れる。やがてカーブの向こうに小さく見覚えのある水色の建物が見えた。田子倉駅だ!あと、もう少しだと思い
 きや、谷筋に沿いながらスノーシェッドで大きくトラバース(巻き込み)している。更に追い打ちを掛けるかのように、もう一つ巻いている。
 糠に釘みたいな喜びで、ただただ虚しい。スノーシェッドの中をヨタヨタと歩いていたら、氷に滑って危うく転倒しそうになった。カメラがむき出
 しなので冷や汗を掻く。軽アイゼンを装着しようかと迷ったが、変な力が入り“足がつる”可能性が高いので、出来ることなら避けたい。
 なるべく氷の無い所を、“臨戦状態”のような構えでそろりと抜け、只見線の鉄橋脇に近づいた。ゴーゴーと音がする!あー、と思ったら、
 17:25頃、会津若松行きの427Dが通過して行った。本当にタッチの差だ。ええい!こんなしょーもないアングルで写真が撮れっかぁ~!


    
    
駅前通りはご覧の通り(笑      FOMAが使えてもねぇ 看板がうるさい…     スノーシェッドに覆われ、薄暗くコンクリートで固められたホームは殺風景

 スタートから2時間50分後、17:30に到着。無休憩だったせいか、予定の18:10よりも40分も早く到着した。やるじゃん私!DocomoのFOMA
 が使えるとか、何だかしつこい看板が目障りだが、持参のAuは予想通り圏外。もう誰からも邪魔されることのない、俗世間から隔絶された
 特殊な空間である!先ほどの足の疲れも吹っ飛び、入口に溜まった雪に最初の一歩を印し、嬉々として駅を撮りまくる。俯瞰アングルの
 ポイントも雪を掻きわけて自ら造り、今日一日の歩みを止める。誰も居ない駅前でラーメンを作り、みそ汁を飲み、ビーフジャーキーをかじり、
 ビールと焼酎を煽った。今日の到達成功に乾杯!こうして孤独な夜は更けて行く。


    
 よっしゃ 一番乗りぃ~  自然が造ったか、除雪で偶然できたか、考える人に出会う  すっぽりと雪に埋もれた真冬の駅  それでは失礼して朝の列車を待たせて頂きます
 
 その後は申し訳ないが、明朝の列車を有り難く待たせて頂くことにする。薄暗く風吹き抜けるベンチにマットを敷いてシュラフに潜った。気温は
 マイナス5度ぐらいだろうか。想像していたよりも高く、何とか翌朝まで眠ることができた。6時頃に起床し、片づけのあと、軽く周囲の撮影をし
 ながら列車を待つ。ゴーゴーと音がしてきた。昨日と違うからなぁ~、間違っても通過するなよ~、なんて心の中で願いながら、3月31日7:07
 に「426D」は停車した。運転士は無表情だったが、列車に乗り込むと車掌が来た。特に聞かれたことは無かったが、只見までの重複乗車分を
 200円で買うと戻って行った。最後尾から去っていく光景は、相変わらず寒々しいものであった。

    
 ここに停車するのは3/31~11/30まで。下り4本、上り3本に過ぎない。  無事に迎える会津若松行き「426D」がやってきた。  それでは、またいつの日か再訪まで!!! 

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