2001/01/09 作成

徳満駅

宗谷本線 “徳満駅” 古くて味わい深かった駅舎は撤去され、代わりに小さなユニット式待合室になってしまった

      

旧駅舎に掛かっていた駅名表札だけが名残りを残す     風が強いせいか、駅名標が傾いている     新世紀のエース261系特急「スーパー宗谷」が駆け抜ける

   訪問日記   2000年12月31日 訪問

  この“徳満駅”は、駅名を涙もろい巨人びいきのTV番組の司会者じゃないかと反応しがちであるが、彼の“みつ”は“光”で漢字が違う。どうでも良いことであるが。
 さて、ここは一部の駅舎マニアの間で、大正15年の開業以来の古く味わい深い木造駅舎が残る駅として有名な存在であった。しかし、建物の老朽化が激しく、
 少しばかり傾いているのが遠目にも判る程であり、何時壊されてもおかしくないと噂されていた。以前は列車の交換が可能であった配線も、列車本数削減や駅の
 無人化により棒線化されてしまったが、なぜか駅舎だけが残っていたのであった。しかし時代の流れで保守管理コストと安全性が問題となり、終に2000年7月に
 取り壊されてしまった。出来れば、私が訪問するまで残しておいて欲しかったが、これは我儘というもの。重ねて誠に残念である。跡地には工事現場で見かける
 スーパーハウスのような待合室が建ち、正面にはかつての駅舎にあった駅名板が、申し訳なさそうに掛かっていた。駅の周囲には数軒ほどの人家があり、国道に
 近いため秘境といった風情には乏しいが、林の中を果てしなく伸びる線路を眺めていると、道北特有の最果て感がひしひしと伝わってくる。

 今回、隣の“芦川駅(2001年6月30日廃駅)”から一駅だけの乗車でやってきた。降り立ったのは私のほかにもう一人、宗谷本線や石北本線の鉄道写真を専門に撮影
 している“F5氏”も一緒であった。氏はその後、大きな荷物と重い三脚を手に撮影地へと歩いて行った。余談であるが、彼とは後に稚内から折り返してきた列車内と
 当夜の名寄駅、更に翌日の名寄駅、1/4の青森駅でそれぞれ4回も再会するという驚くべき偶然が待っていた。まったく同じ旅程ではないのに何だか不思議な巡り
 合わせに奇妙な縁を感じるのであった。一方で私は、駅周辺の探索と撮影を終えると待合室内で軽い朝食を採り、しばらくしてやってきた稚内行きの列車に乗車し、
 この変わり果てた駅を後にした。