01/08/22 作成  07/07/14 加筆修正

田原坂駅

鹿児島本線 “田原坂駅”  人家数軒ほどの山間にあるこの駅は、利用者よりも通過する列車の方が多いと思われる…

       

駅の待合室は一見レンガ造りで洒落てるが、内部は落書きの嵐で無残な状態…    駅前にはこんな道が通っているだけで、ほとんど人が通らない

  訪問日記   2001年8月7日  訪問

  この“田原坂駅”は、九州の大動脈といえる鹿児島本線にあり、そこには“特急つばめ”を初めとして数多くの列車が頻繁に行き交うような場所にある。 しかし、ここには周囲の
 人家が数軒程度しかなく、普通列車でも約半数は通過してしまうために利用者は非常に少ないと思われる。 また国道からも遠く離れているので、車の騒音もほとんど聞こえて
 来ないため非常に閑静な雰囲気を保っている。 このように書くとここが非常に雰囲気の良い秘境駅としてイメージが浮かぶが、ただ残念なことにこの駅の待合室は暴走族と
 思われるスプレーによる落書きが一面に書かれていて、それは無残な姿をさらけ出していた。 恐らくここで夜を明かそうと駅寝なんかしていると、彼から何をされるか判らない…
 そのため、自分の身を大切にしたいのであれば、ここには近寄らない方が賢明であろう。
 
 また、この“田原坂”という名前を聞いて学校で歴史の授業を思い出した方も多いだろう。 そうこの界隈は、日本近代史上最大の内戦『西南の役』はここでその戦いの火蓋が
 切られた。 険しい坂道が続くこの田原坂にこもった西郷隆盛が率いる薩軍に、官軍は猛攻撃を加えたのである。 17日間に及ぶ大激戦の末に薩軍は敗走の道を辿るこになって
 しまう。 この戦いでの死傷者は両軍合せて6500人にのぼり、私学校の生徒など、前途多き若者たちが多くの命を落としてしまった。  その霊魂が今でもこの地にさまよっていると
 言われ、ここが曰く付きの場所として取り扱われてしまった結果、人家が少ないのではないかと想像される(怖)。
 
 今回、この駅に立ち寄ることになったのは、今年3月に九州への秘境駅調査をしていた際に、乗車していた特急列車の車窓からこの駅の周囲には人家が非常に少ないことに気付き、
 一瞬ここへ立ち寄ろうと考えた。 しかし、九州内のJR全線走破をも目的として綿密に組まれた計画は、その変更が出来なかったのである。 そして機会を見て立ち寄ろうと考えて
 いたが、今回めでたく青春18きっぷによる日本一周旅のルート上にこの駅が含まれたため、念願の初訪問となった。 
 そしてここに至る迄の過程であるが、同じ鹿児島本線にある“海浦駅”で昼食を摂った後に熊本で下車。 ミスタードーナッツに入って食後のコーヒータイムをした。 連日長時間に
 渡たり列車へ乗りっぱなしであったし、タマには都市の雰囲気を味わうのも今後の秘境駅訪問を行うためには良いアクセントとなると考えたからだ。 こうして約1時間ほど休憩した後に
 旅を再開し、この駅へと降り立った。

 しかし… この駅の待合室に1歩入って唖然としてしまった。 壁はおろか天井まで派手に書かれたスプレーによる落書き。 なんで、ここまで人間が荒廃してしまうのか? 
 なんでこんな長閑な田舎でこのような事が起きるのか?  計画の段階から楽しみにしていて、ようやく訪問が実現できると思いながら降り立った駅でこのような姿を見てしまい、
 ショックで暫く身動きが出来なかった。 やはり熊本という都市から近いというのが災いしているのか? この最悪な雰囲気の待合室に留まることは耐え難く、周囲を散策しながら
 気分を紛らわすことにした。 そして暫くしてやってきた列車に乗車すると何だか救われた気持ちになった。  数々の秘境駅訪問をしていると稀にこうした駅を見ることがある。  
 残念な思いもあったが、それだけ次の訪問駅がより素晴らしいもので有ることを期待して、出発して行くのであった…