01/10/16 作成 07/8/1 加筆修正
白井海岸駅

三陸鉄道北リアス線“白井海岸駅” トンネルに挟まれた小さな駅は、海岸レジャーの駅で生活感には乏しい…

待合所は吹きさらしの簡易タイプで風情に乏しい 駅周囲に人家は無い そしてここへ辿り付く道路は狭くて屈曲している
観察日記 2000年7月22日 停車中に観察
このトンネルに挟まれた狭い場所にある、三陸鉄道北リアス線の“白井海岸駅”は、周囲に全く人家が存在しない。 では何故このような場所に駅が存在するかという疑問が
浮かぶが、恐らくここは駅名に示す通りに海系のレジャー駅であろうと想像してみる。 このような駅は本来シーズンのみ乗降できる臨時駅に多いのだが、3セク鉄道としての
厳しい台所事情からか少しでも観光化を図ってお客さんを呼び込んで収益を上げようとしている意図が読み取れる。
そして、この地方独特のリアス地形の複雑な海岸線は、沿岸に忠実に沿っていくと非常に複雑な線形となって距離も伸びてしまう為、鉄道を敷設するにあたって相当に厄介な
存在であった。 しかし、そこを定規で引いたかのような真っ直ぐな線形は、複雑な地形を一気に長いトンネルで貫通していて、日本の鉄道敷設技術の素晴らしさとは裏腹に
何だか冷徹な物を感じてしまう私であった・・・
そして、国鉄時代はこの地に鉄道は無く、久慈線と宮古線が盲腸線として飛び出していただけであったが、民営化に当たってこれら含め、更に直結させた功績は非常に大きい。
また、積極的な経営努力によって黒字転換した年もあり、数ある全国3セク鉄道の目標とされたこともある。 >昨年度は赤字らしい…
今回の秘境駅訪問旅で当初、この駅で降りる予定であったが、プラン変更のために停車中に観察できただけであった。列車本数もそこそこ有るので、次回は是非降りて訪問
しようと考えている。

駅前に人家は全く無く、寂しいアスファルトの道が山の中へと続いている 無人のホームから列車がトンネルへと吸い込まれて行く

駅前の自販機は稼動中! しかし電話BOXのピンクの電話は繋がっていなかった すっかり色あせた駅名標 少し歩いて白井漁港へ行って見た。
訪問日記 2001年8月13日 訪問
この白井海岸駅は、前回では停車した列車からの観察に過ぎなかったが、今回は念願叶って実際に降りての訪問となった。 そして大方の予想通り、この駅の周辺には
全く人家が無かったのである。 しかし、列車を降りた時には夕暮れもだいぶ過ぎてきたため、観察は早急に行う必要があった。 暗くなってしまうとこの界隈は街灯一つ無い
ので、ちょっとした発見さえも難しくなると同時に、行動そのものには更なる慎重さが要求されるのである。 唯一の頼りとなるモノは、ちっぽけな懐中電灯だけであり、港への
探検を終えて駅へ戻る時には既に真っ暗な状態であった。
北海道で最後に訪問した秘境駅は、夜行快速“ミッドナイト”を森駅から後続の普通列車で早朝に降り立った“赤井川駅”である。 長閑な時間はあっけなく過ぎて行き、隣の
“大沼公園駅”へ向けて国道5号線へ出る道を歩き出した。 しかし、その駅までの道のりが予想以上に遠回りとなってしまい、小高い丘を越える形となったため、朝っぱらから
かなりの体力を消耗してしまった。 ようやく大沼の湖畔?へ辿り付いて後悔の念を抱きながらトボトボと歩いていると、一台のタクシーが通りかかった。 もう“パブロフの犬状態”
で手を上げてしまったのは言うまでもない。 こうして少々銭こそ掛かったが、快適に大沼公園駅へと到着することができた。 駅前には数々の土産屋が並び、ここが観光地で
あることを嫌おがなしに印象付けてしまう。 途中からタクシーを使ったせいで待ち時間が少々長く感じられたが、この駅を始発とする普通列車に乗り込んで函館へと向かった。
早朝からの運動でお腹も減ったので早速、朝飯を摂ることにしよう。 ここ函館は説明するまでもなく海産物のメッカといって良いほどの土地柄で、まずは函館朝市の中へ入り
込み、お目当ての“きくよ食堂”へと転がり込んだ。 そう、定番中の定番と言われる「巴丼」(ウニ・いくら・ほたての三種丼)を食すことがその目的だ。 久しぶりに美味い飯を
食べてようやくお腹も満足し、少なくなったカメラのフィルムを探すために市内を歩き回った結果、格安で調達することも出来たので非常に助かった。
そして、北海道を名残惜しみながら快速「海峡4号」の2号車のカーペットカーに寝転がった私は、終着の青森まで深い眠りへと就いた。 再び本州へ帰って来た。 この旅では
もう海を越えることが無くなったためか、次第に旅の終りを意識し始める。 急いで周っているようだが、しっかりと10日間かけている旅は、いよいよ明日でその結末を迎えること
になる。
さて、北海道へ向かう拠点として、また多くの方々が夢と希望を抱いて上京する人生の出発駅として、この青森駅は旅情を感じさせる数少ない駅である。 そんなシチュエー
ションに相応しく、今となっては非常に珍しくなった国鉄色の485系を使った特急「はつかり18号」に乗車した。 東北新幹線がまだ未開通であった時代に、これから上野へ行く
のだ・・・なんて情景がダブって来て何だかタイムスリップしたかのようだ。 乗ってしまうと分かりづらいが、やはりこのオリジナルな色の列車に乗れると言うのは今となっては
嬉しいものだ。 しかし、こんな貴重な列車にせっかく乗れたのであったが、野辺地であっけなく降りてしまう。 非常に残念であるが、青春18きっぷのユーザーは、接続列車を
確保する手段以外に長々と特急に乗ることは到底許されないのであった。
その野辺地からはあの悪名高き701系のロングシート電車へと乗り継いで八戸で降りる。 ここからは忠実に日本列島の輪郭をトレースするために八戸線へと乗車した。
ここで待っていてくれたのは、HP開設以来の旧友である“寂鉄のかわっぺさん”である。 彼とはこの先を行程を今夜の駅寝を含めて同行することにした。 非電化の単線で
しかもタブレット閉塞と腕木式信号機の残る今時貴重なこの路線は、往年の鉄道施設が今でも現役であり、とても味わい深い路線だ。
その八戸線の中で秘境駅の候補に上げた駅は2駅あるが、今回は時間的な制約があってそのうちの1駅しか降りることが出来ない。 まずは一駅目の金浜駅で降りようか迷
っていた。 しかし・・・ この駅は側溝に沿って造られたような駅で、車内からの展望が利かなかったので、半ばバクチのようなものである。 一度は通り過ぎたが、大蛇駅で
降りて対向して来た列車に乗り込んで折り返すという離れ業を使い、意を決してこの駅で降りてみた。 一見すると林の中にある同種の秘境駅である“のと鉄道”にある
“白丸駅”を思わせたが、階段を上がって道路に出てみて唖然としてしまった。 騙された… すぐソコには商店があり、その先には延々と多数の人家が続いている。
「秘境駅じゃないね〜」 なんて言いながら近くの林の中を散策したりして、列車を待つ。 そこでやって来たのはなんと5両を連ねたキハ47である。 しかし、その車両には
4〜5名しか乗っていない。 不可解な要素を残したまま発車し、その途中で「有家駅」というも一つの秘境駅候補を、金浜駅の失敗と時間的制約から泣く泣く諦めて車内からの
観察に留める。 広大な太平洋を望む高台にあり、周囲の人家も3軒程度しか無かったため、今回の行動は失敗であることを確信する。 次回は必ずここで降りようと、一人
リベンジを誓っていた。
こうして久慈へと到着。 ここからは第3セクターの三陸鉄道北リアス線に乗車、ようやく辿り着いたこの“白井海岸駅”は、同行したかわっぺさんも驚くほどの秘境駅であった。
そのレベルの高さは当初の予想を遥かに上回り、久しぶりに大秘境駅発見という興奮を覚えた。 あちこち写真を撮り捲りながら、暗くなる前に白井漁港まで歩いて行った。
しかし、その道中にも漁港へ着いても全く人家が無かった。 道端には使われることの無くなった漁具が転がり、何だか異様な雰囲気に包まれている。 すっかり暗くなってから、
街灯の無い道路を懐中電灯を頼りに駅へ戻る。 ちょうど喉が渇いた所へ、場違い思われる自動販売機があったのでジュースを買ってみる事にした。 なんと商品が出て来た
ではないか! 思わず感動! って当たり前のことなんだけど、こんな人っ子一人いない駅でこういう場面に出くわすと素直に喜びが溢れてくるから不思議なものである。
しかし、その脇の電話ボックスにあるピンク電話の配線は無残にも途中で切れていて、使用不能であった。 自販機と公衆電話のどちらが大切かはその時の状況にもよるが、
携帯電話は圏外であったことを付け加えておく。 こうして、お迎えとなった列車に乗り込んで、この長いトンネルに挟まれた狭い空間にひっそりと存在している小駅を後にした。
次の訪問は何時のことになるのであろうか? 10年先になってもここの景色はきっと変わっていないと私は予想している・・・