2000/2/22 作成

押角駅

深い山 清らかな流れ そして板切れだけのホーム 最も自然に近い駅と言って良いだろう

       

過ぎ去って行く列車 雪に埋もれた右手側は過去にあった駅への鉄路     国鉄タイプの駅名標が残る    書き直した跡が剥げている

       

   
左手の堤はスイッチバックの加速線として使われていた    勾配は33‰にもなる凄まじさだ    列車は3往復/日で折り返しでの訪問が基本

       

元駅舎があった所は現在、川の水を利用した養魚場     番犬が3匹吠える!    対岸へ渡る欄干が片方だけの腐りかけた橋

  訪問日記  2000年2月19日 訪問    ※2011年7月31日、路線災害により休止中

  今回の秘境駅訪問は東北地方ということで、全国的には北海道の次に“秘境駅”が多い地域のため期待していた。特に岩手県の北上山地は山深い地域のため、よりレベルの
 高い秘境駅が望めるというものだ。週末になって2日間ではあるが、JR東日本の“ウィークエンドフリーきっぷ”を利用してやって来た。大宮駅から混んでいた東北新幹線E2系の
 「やまびこ1号」で仙台駅へおよそ1時間半で降り立った。「エラク速いなぁー」久々に乗った新幹線は、変な恐怖感と早朝という組み合わせで気分が優れない。どうやら私のような
 人種には向いていない乗り物のようだった。

 しかし、仙台から乗ったキハ40系の快速「南三陸1号」のボックスを陣取り、空腹をおにぎりで満たすと気分が回復してきた。気仙沼線と大船渡線、三陸鉄道南リアス線、山田線
 と次々に未乗線区を乗り潰して行く。宮古で岩泉線直通である待望の“キハ52”へ乗車。これは希少となったキハ20系列の生き残りで、ドアは手で開けるタイプ。今となっては、岩
 手県の山田線、岩泉線、花輪線と、山形県の米坂線、新潟県の大糸線ぐらいしか走っていない貴重な車両である。ちなみに岩手地区の“キハ52”は内装がリニューアルされており、
 非冷房ながら小奇麗な内装だった。途中、茂市駅に23分停車した後、いよいよ全国でも屈指の廃止対象線区といわれる「岩泉線」へと入る。30‰クラスの急勾配を2基のエンジン
 が唸なりを上げながら目的の“押角駅”へ到着した。

 予想通り、降りたのは私ひとり。狭い山間にタイフォンが響き渡り、単行のキハ52が遠ざかっていく…。う〜ん この瞬間の孤独感。何と表現したら良いか判らないが、最高の気分
 にさせる。とにかくこの界隈にいるのは私だけだ。さあ、ここは元スイッチバック駅だ、遺構を探索しよう! 元駅本屋があったところは川の水を利用した養魚場となっていて進入す
 ることができなかった。養魚場には番犬が3匹居た。ところが、そのうちの1匹が放し飼いになっていて、五月蝿いほど吠えながら勢い良く向かってきた。この挑戦的な態度に私の
 取った行動は、犬の数倍ほどの大声を張り上げ、棒切れを振り回し逆ギレしながら追い回したのである(爆危)。「ウッセーゾ コノ クソ犬ぅぅぅ!」何だか日頃のストレスをこの犬に
 向かって激しく当たり散らしてしまった(これは反省)。動物愛護協会の存在がどうのという問題ではない。極めて全うな正当防衛、いわば護身のためである。犬は恐れをなして後
 退し、空しく遠吠えしていたが…。

 今度は反対側の岩肌を削ってまで作った力作の加速線跡へ向かう。藪をよけながら歩いてみた。この狭い山間にある急勾配のため、ここまでの苦労が必要であったとは、しばし
 絶句。SLが走っていた時に是非乗ってみたかったものである。その後、辺りも暗くなり腹も減ったのでホームの上でラーメンを作って食べた。名付けて「押角ディナー」である。マル
 タイの棒ラーメン・とんこつ味が空腹に染み渡る。う〜ん満足!そして食後のコーヒーは“レギュラー”という「こだわり」である。そんなこんなで約2時間あまりは充実していた。その
 後やってきた列車に乗車すると、力強いエンジン音を山峡に響かせ、ゆっくりと発進して行った。