02/02/28 作成 07/07/20 加筆修正
大滝駅
奥羽本線“大滝駅” 深い雪の中、人通りもほとんど無いこの駅に、委託のおばちゃんがしっかり駅を守っている
現在は列車の交換が出来なくなった 待合室には暖かいストーブが点いていて居心地万点! 豪雪地帯らしく、駅舎は雪切り室がある独特なもの
訪問日記 2002年1月3日 訪問
この駅は、かつての山形・秋田方面のメインルートであった奥羽本線の中にある。 当時の日本における文化・経済の発展と同時に、増え行く列車本数に対応すべく、
大正元年11月1日に信号場として開設された。 駅の周囲は深い山林の中にあり、林業が盛んであったこの地にも集落が出来て、昭和16年9月20日に晴れて旅客駅と
なった。 しかし、昭和40年代になると林業も衰退の一途を辿り、この不便な山間の地を離れる人も続出したが、それでも人々は残された生業で懸命に生きてきた。
しかし、時の流れは激しく、秋田新幹線が平成9年3月22日に、そして山形新幹線が新庄まで平成11年12月4日にそれぞれ開通すると、ここを通っていた多くの乗客も
すっかりそちらのルートへと移ってしまった。
こうして列車本数の減少とともに列車の交換設備も撤去されて対向するホームも使われることは無くなり、すっかり入り口が塞がれてしまった跨線橋が寂しげに今でも
残っている。 だが、駅そのものは駅員こそ去ってしまったものの、出札業務のみ委託された一人のおばちゃんの手でしっかりと守られている。 その待合室には暖かな
ストーブが灯っているだけでなく、しみじみと人間のいる暖かさを感じることが出来るという、素晴らしい駅であった。 そんな駅前には交通量の少ない県道が通っている
でけで、交通のメインである国道13号は遥か山向こうを走ってあり、この深い雪の中にあっては時折やってくる除雪作業車の音以外、至って閑静な佇まいを見せている。
駅の周囲には1軒しか人家が見えないため、普通であればここはただ単に長閑で雰囲気の素晴らしい秘境駅といえる。 しかし、この地に人家がほとんど存在していない
という理由は、ここを守る委託のおばちゃんから、まことしとやかに語られた事により、その謎が解き明かされた。
時は、昭和50年8月6日。 山形県県北部を襲った集中豪雨により、駅のすぐ際にあった50軒ほどの集落が、折からの土石流により一瞬にして壊滅させてしまったという。
その被害は甚大であり、少なからず犠牲者をも伴ったと聞く。 いくら屈強な治水工事が完成したとしても、当然そんな経緯のある土地に住む人々は無く、不毛地帯と
なってしまった結果、このような秘境駅が生まれてしまったようだ。
さて、今回は東北秘境駅訪問旅と東北地方のJR全線完乗いう2つの目的の中で、この駅へ降り立った。 この日は物凄い豪雪で、701系の普通列車が詰まった雪で
ドアが閉まらなかったり、雪を抱え込んで起動不能になったりして列車は20分近く遅れた。 ようやく辿り付いたこの駅の訪問は、丁度お昼時の閑散時であったため、
次の列車までは約2時間という待ち時間が出来た。 駅を降りて周囲の撮影を済ませて待合室へと向かう。 駅舎は雪切り室の付いた二重構造で、ここが物凄い豪雪
地帯であることが、建物の構造からも伺えた。 ベンチに荷物を降ろしていると、おばちゃんがわざわざ私一人のために、ストーブを点けてくれるではないか!(感謝感激)
しかし、燃料計をみると丁度灯油が切れてしまっていたようで、火が点けた後に灯油を取りに行った。 何だか危ない予感… 戻ってきたおばちゃんは、火が点いている
にも関わらず、給油口からドクドクと灯油を入れている! ハッキリ言って怖い! 好意でやって貰っていることに水を差すような事は忍びなく、私はおばちゃんが手を
滑らせてしまった時のことを予想し、その傍らに窒息消火用の上着を置き、全集中力はおばちゃんの手先と目線へと向けて臨戦体制へと構えていた。(真剣)
まあ、結果からすると杞憂に終わったのであったが、何か事があったらかなりヤバかったことは確かだ。 そんな大らかさを伴った親切心が、時には重大な仇となって
しまう事に複雑な念を抱きつつ、やはりここは今後の事を考えても、しっかり注意しなくてはいけなかったと、後々に反省したのであった。(危乙4保持者なのに情けない)
そしてお昼時も過ぎて、空腹を満たすために新庄駅で買った弁当を食べながらの話は弾む。 強い訛りで聞き取れない部分をあったが、暫しまったりとした時間を過ごした。
やがて、次の列車まで1時間半ぐらいになった時に、一旦おばちゃんは車で駅を去った。 私は目覚ましアラームをセットして、お昼寝タイムとなった。 深々と降る微かな
雪音を感じながら、少々気だるい寝起き迎える。 乗客が一人待合室に現れ、委託のおばちゃんも丁度戻って来たようだ。 ホームに出てやって来る列車を眺めていると、
深い雪に微かなジョイント音以外は全て吸収されてしまって、ほぼ無音の状態でやって来た。 2両だけの短い列車に乗り込み、曇って視界の全く利かない窓をぼんやりと
見つめながら、またも雪深い世界へと吸い込まれて行った…
07年現在、駅を守っていた委託のおばちゃんは居らず、それとともにストーブも取り外されてしまったとのことです。 ※渡部様、情報ありがとうございました。