00/2/25 作成  07/07/20 加筆修正

大志田駅

       

この山田線の“大志田駅”は下り2本、上りはなんと1本しか停車しないという酷い扱いである
この駅も隣の“浅岸駅”同様に元スイッチバック駅であり、こちらには駅本屋へ向かう錆付いた鉄路が残っていた
   
       

大志田駅へと進入する    保線小屋があるので側線が残っているのはその為か?   ホームは以外に長く、小さな待合室がある

       

   周囲に人家は1〜2軒 住んでいるのかは不明である   駅から発車し、右手に昔使っていたスイッチバックの加速線を横目に加速する

  訪問日記  97年8月?日 訪問

  そう、今を思い出すこと約2年少し前、私はこの時、オフロードバイクで東北は北上山地にある林道群を走破すべく、山田線に沿って走る全線フルダートの“米内川林道”を
 トレースしていた。 隣の“浅岸駅”の訪問を終えた後、次に訪れた駅がこの“大志田駅”である。 そこまでの道のりは深い森の中を林道がクネクネと曲がっていて、随分と
 走り応えがあった。 そしてこの駅へ到着してまたもや休憩となった。 この駅も先程訪れた“浅岸駅”に非常に良く似ている。 兄弟駅というか双子駅と言っても良いほどだ。
 共にその昔はスイッチバック駅として、駅員がいた華やかな時代を経て来てはいるが、今ではそれらの設備も取り払われ、駅舎も解体されてしまっている。 そして路線の
 勾配上に一面一線のホーム、そして一人か二人入ると満員になってしまいそうな、ごく小さな待合室が設置されているに過ぎない。
 そして駅の周囲には1〜2軒の人家しかなく、深くて暗い山林が広がっている中をダートの林道が通じているだけという凄まじさだ。 そして普通列車でも多く通過してしまい、
 この駅の利用者はいったい何処からやって来るのか不思議に感じてしまう。

 ここを訪れた当時、昼時になったのでホーム上でカップラーメンを食べた記憶がある。 辺りに人影は無かったし列車もやっては来なかった。 実に長閑な一時を過ごし、
 ダート走りに熱くなっていた体をクールダウンすることができた。 その後、岩泉線沿いの国道などに進んだが、更に凄い秘境駅である“押角駅”などを当時は知る由もなく、
 その駅の脇の国道をあっさりと通り過ぎていたのであった… 残念!

  再訪日記  2000年2月20日 列車内より停車中に観察

  朝一番の山田線。 時折トンネルに入る時に“つらら”を折っていく音がする。 浅岸駅を発車した列車は人家も一切見当たらない深い山中をひた走り、未舗装の林道を
 横目に見ながら、この“大志田駅”へとゆっくりと到着したのである。 駅の周囲には浅岸同様に人家は1〜2軒で、住んでいるのかは不明。 脇に保線小屋があり、その昔
 使っていた駅本屋へ向かう側線が残されている理由が少しばかり判る気がした。 ※浅岸は撤去されていた。 おそらく、駅としての役割は停車本数も時間帯を考えて見ても
 既に一つの時代を終えている状態で、保線要員を乗降させたりする関係だけが目的のようだ。
 そして、列車は2〜30秒程度の停車後、そそくさとタイフォンを鳴らしエンジンを唸らせながら発車していく。 右手側にZ型スイッチバックの遺構である加速線を見るが、
 やはり当時のSLによる運行には必要不可欠であったのだろう。 そんなことを思いながらやがてトンネルに突入していった。