2009/02/03 作成
南下徳富駅

石狩平野の真っ只中に忘れ去られたような駅あった。

「ただいまっ!」、と言って入りたくなるような心温まる木造待合。 コンクリートと板切れのホームがつながっている。

札沼線は別名「学園都市線」と呼ばれるが、ここにやってくる列車はごく僅か。 室内は色褪せてゆく昭和の香りを色濃く残す。
訪問日記 2009年1月19日訪問
ここは札沼線の終点になる新十津川駅から2駅手前に位置する。周囲に人家は7〜8軒ほど散在するが、広大な石狩平野の真っ只中にあるため、どこまでが駅周辺の人家と
して見るのか判断に苦しむロケーションだ。駅の構造は単純な一面一線。不思議なことに嵩の高いコンクリートホームは奥側にあり、手前側は低い板切れホームになっている。
どのような経緯でこのようになったか分からないが、一日に上下3往復しかやって来ない一両だけのディーゼルカーを受け止めるには、少々持て余し気味であろう。
そして、この古い木造待合がホームの傍らに建つ。ガラス戸を開けると、大きくひび割れた土間コンクリートの床が目に入る。永年に渡る地殻変動の仕業か? いや、単なる
基礎工事での欠陥であろうが、それさえも許せてしまうほど温かみのある室内だ。申し訳なさそうな薄っぺらい板切れのベンチも郷愁を誘う、良きアイテムになっている。
しかし、この駅を利用する人はどれだけ居るのだろう?すっかり自動車社会になってしまった現代において、ここは遠い昔に忘れ去られてしまった存在である。事実、ここから2駅
先にあった、「中徳富駅」は利用客僅少のため2006年(平成18年)3月18日に廃駅になってしまった。廃止された当時の利用者は年間に数人程度だったというから、同じような
ロケーションにあるここも風前の灯と言えよう。それだけに残された時間は僅かだ。せめて私みたいな秘境駅訪問者が興味本位だけでも訪れることによって、幾ばくかの存在感を
示して行きたいと考えている。本当にこの駅を必要としている人を守る意味でも大切なことのかも知れない。
さて、今回私はここにタクシーで訪れたことを申し上げなくてはならない。昨夜は滝川駅からタクシーに乗って、新十津川駅から4kmほど離れたリゾート地にあるホテルに投宿した。
某自然派カルチャー雑誌との提携で造られたモダンなホテルであったが、このオフシーズンに宿泊したのは私一人… 和室と洋室を合わせた広い部屋だったが、4935円という
破格値であった。但し、鉄道駅からは遠く離れているため、タクシー代が掛かってしまい、申し訳ないが鉄道旅行向きの宿とは言えない。そして、早朝7:00に宿の人に頼み、また
もやタクシーを呼んでしまうという散財ぶり。既に宿代をも上回る状況に、“御財布の神様”のお怒りを買い、いい加減バチが当たってしまうのではないかと心配になってきた。
メーターがカウントされるたびに心臓の鼓動が激しくなる。やはり小心者には似合わない交通手段だと痛感。これ以上続ければ、残金が減るよりも寿命が縮んでしまう。
タクシーの運転士もこの駅の所在に自信無いようだったが、幸い見通しが良いため直ぐに見つかった。こうして辿り着いた目的地。こんな所、何も無いと馬鹿にされそうだが、
私にとっては正に聖地!先ほどタクシーのリアシートで膝を貧乏揺すりしながら縮こまっていた情けない姿など忘れ、駅に着いた途端、水を得た魚のように動き回るのであった。