2016/04/22 作成

韓国の秘境駅訪問 その1



KTXサンチョン(山川) ヤマメという意味 釜山駅で

    はじめに

    どうやら2016年は、私にとって“旅改革(トラベルレボリューション)”の年になりそうである。いままで国内の秘境駅訪問を17年間も続けて来たが、流石に煮詰まってきた。すでに多く
   のメディアに紹介され、秘境駅訪問が鉄道趣味として認知されたことは、長年活動をしてきた者にとっては喜ばしいことである。しかし、こうした駅は利用者が少ない(居ない)ゆえに、
   存在意義にも乏しいことは周知の事実。JR北海道や東日本における昨今の廃駅ラッシュは、過疎高齢化社会を象徴した事件といえよう。しかしながら、秘境駅は国内に限定された
   ものではない。国が違えば事情も異なるし、北海道よりもずっと凄まじい人口希薄地帯を通る鉄道だってある。そこには数知れずの秘境駅が存在していることは想像に難しくない。

   さらに国外において、利用者が少ない駅はどのような扱いを受けているのか、ひとまず現状を知っておく必要があった。国の状況や鉄道会社の方針によって様々であるが、端的に
   言うと、利用者が居ないことで社会的意義を失い、しいては鉄道会社の利益にならないと判断されると、あっさりと“休止→廃止”してしまうケースが非常に多いことが解った。何とも冷
   たい仕打ちに残念な気持ちにさせられるが、鉄道ファンの心理というフィルタを外せば、これは至極正論であり、それだけ日本が恵まれているとも言える。そんな意識もぐるぐると小
   さな島国だけを周っていたら、到底知り得ることは無かったであろう。
 
   そこで、私は海外の秘境駅を発掘、訪問し、読者の皆さんへ紹介していくことにした。今年3月の台湾秘境駅訪問に続いて、わずかひと月後に再び海外へと踏み出すことになった。
   次なるターゲットは、お隣の“韓国”である。もちろん言葉は知らない。ハングルも読み書きできない。しかし、日本にやってくる外国人だって日本語が解らなくても、平気でやって来る
   ではないか。彼らだって私だって気持は同じはずだ。前回も述べたが、私は人的交流が目的ではない。そこに秘境駅があるから行って調査するだけである。



     旅程1日目 2016年4月15日   東広島の勤務先から、そのまま西へ! 

    冒頭からいきなりネガティブな話題で申し訳ないが、出発前日となる14日の晩、九州は熊本県で大きな地震が襲った。こちら広島北部では何ら揺れを感じなかったが、翌朝のニュー
   スで甚大な被害が出ていることを知った。亡くなった方には哀悼の意を捧げる。しかしながら、旅の出鼻をくじかれるようで、非常に気分が悪い。こういうことを書くと、「こんな時に優雅
   に旅行なんてしやがって」という声が聞こえてきそうだ。ホントに不謹慎ですまない気持ちだが、私みたいのがボランティアに行っても何の役にも立たないし、ともすれば避難者の邪魔
   になるだけだ。すでに宿から鉄道パスまで予約済みで支払いも終わっている。ここで船が運行休止なら諦めが付くが、少なくとも県外者が必要以上に自粛しても仕方が無い。こちらも
   気ままな旅といえども、出版を目的とする取材を兼ねている訳で、そこは切にご理解いただきたい。

   さて、旅の始まりは東広島の会社を定時(17:15)に上がらせて貰うところからだ。予定通り無事に終わり、一般道側から山陽道下り小谷SAのコインシャワーに行って200円を投じ、リミ
   ットいっぱいの10分間浴びまくった。さっぱりしてから、西条ICから山陽道に入り、クルーズコントロールを100km/hに設定し、ノンビリと西に向かった。夕食に下松SAで大好物の“焼カレ
   ー”を堪能し、順調に九州へ渡る関門橋を通過する。夜も遅く眠くなってきたので、古賀SAで車中泊することに決定。ところが、荷台に敷いた布団でぼんやり寝ていると、突然、夜中の
   1時半頃に、経験したことの無いような物凄い揺れに襲われた。そう、16日未明の本震である。まさに林道のギャップで跳ねたような衝撃だった。クルマの周りでも沢山の人が降りてざ
   わついている。その後いつまでも揺れて、自然相手とはいえ、いい加減にウンザリであった。こうして、あまり良く寝れないまま、朝6時過ぎに起きる。とにかく早めに博多港国際ターミナ
   ルに行かないと、出港の状況がわからないので焦っていた。
  

         

    日本式の韓国鉄道時刻表は書泉オンラインで入手    博多港国際ターミナルに到着    JR九州が運航するジェットフォイル船ビートル    釜山(プサン)駅は新しくなっていた


     旅程2日目 2016年4月16日   九州道古賀SAから栄州(ヨンジュ)へ


   7:30ごろに博多港国際ターミナルへ到着。クルマを1日あたり1,000円の駐車場に止めて、ターミナルへ入る。ここで釜山行きビートルの引換証をチケットと交換。ついでに1万円を10
   万W(ウォン)に替える。相場は良く判らないが、丁度10倍だから解りやすいこと、現地よりも落ち着いて出来そうという単純な理由からだ。結局、半分程度しか使わなかったが、簡単に
   両替できない田舎方面へ行くため、多少の余裕を見ておくことも大切だろう。乗船するやいなや昨日までの仕事や長距離の運転、そして地震などで疲れているせいか、ひたすら惰眠
   を貪るのであった。本来の所要時間は2時間55分だが、近年になって海中生物(クジラ)などと衝突する事故が多発しているそうで、速度を落としているため3時間半ほど掛けて、よう
   やく釜山港に着いた。港のターミナルは以前、地下鉄の南浦洞(ナンポドン)近くだったが、新しく釜山駅(裏側)の近くに移動したので、歩いても15分ぐらいで着くので便利になった。
   しかし、駅までバスを使ったところ、わずか100w(10円)で、何だか微笑ましいものがあった。

         

    鉄道の旅は、駅の窓口がすべての始まり    在来線の電車特急であるITXセマウル   もはやDCセマウルは長項線しか走っていない   KTXは前後プッシュプルで連接台車である


   さあ、駅の窓口でチケットを発券してもらう。今回の旅で一番緊張する場面だ。ネットで購入したコレイルパス(3日間用)のバウチャー(印刷した引き換え証)を出すと同時に、プラン
   に通りに全列車の指定を取ってもらう。そこで搭乗する“秘密兵器”は、英字とハングルを併記したお手製メモだ。一連のやり取りで一度も韓国語は使うことなく、少しばかりの英語
   だけで全てがスムーズ完結した。ただ、明日の道渓(トゲ)→清涼里(チョンニャンニ)までのムグンファが満席で取れなかった。明朝、もう一度栄州駅でチャレンジすることにした。


         

    初期型KTX 何だか安物のスニーカーみたいだ  特室(トクシル)は1-2列で快適そう  普通車は前後転換が不可能の集団お見合い席だ  足元はLCC並みのピッチで狭い!


   釜山からKTX(150列車)で東大邸(トンテグ)まで乗車。普通席は大きめのテーブルは良しとしても、あまりにもピッチが狭く、まさにLCC並みである。今回は初期型に乗ったが、新型
   の山川(サンチョン)は、回転式になり、改善されている模様だ。さすがに電動車が前後に付くプッシュプル(PP)式のため、客室の静粛性は高い。ただ発車はスムーズだが、加速は
   新幹線のN700系とは比較にならないほどノンビリだ。ただし、トップスピードは305km/hなので、侮れない存在ではある。   

         

    RDC(ディーゼルカー)のムグンファ 主に東海南部線で使用   客車ムグンファを牽引する特大型の電気式DLはアメリカ製   電源車は客車と断面が異なる旧セマウルの車両だ

   東大邸に着いたが、多勢と一緒に出口へ向かうことは無い。次々に目新しい車両がやってくるから目が離せない。やっぱりホームは楽しい。そして待ち焦がれていたアメリカ製の7200
   型DLは特大型と呼ばれ、ものすごい轟音で大迫力モノである。まさに船舶のようなエンジンで、ユニフロー掃気型2サイクルV型16気筒160リットルのターボディーゼル機関が電気モータ
   ーを駆動し、最大出力は3000HPを叩き出す。如何にも燃費は悪そうで、両脇にはDD51の倍くらいの巨大な燃料タンクを抱えている。さすがに標準軌はスケールが違うと実感した。
 

         

    ムグンファのサボは懐かしい手差し式だ    休止されている友保(ウボ)駅、そして西枝(セウジ)信号場 いずれも呆気なく通過してしまう   雨が降る夕刻、栄州(ヨンジュ)で下車


   東大邸から正東津(チョンドンジン)行きのムグンファ1674列車に乗る。まもなく大邸線(テグソン)から慶州(キョンジュ)方面から延びる中央線(チュンアンソン)に合流し、引き続き非電
   化区間を北上する。途中、時刻表に記載されていない幾つもの休止駅や信号場を通過して行く。秘境駅と呼べるものは見当たらないが、いずれも一本の列車も停車しないのである。
   そこそこ人家が見えていても、利用者が少なければ、呆気なく廃止されている様子。先月に周った台湾でも同様なケースが多く、日本とはだいぶ様子が異なる。やはり私たちは恵まれて
   いることを切に痛感するのであった。そして車窓は雨模様に変わり、定刻18:50に今夜の宿を取った栄州(ヨンジュ)に到着。降りるや否や大雨になったが、目的のホテルは地図上では
   近そうに見えたので、何も考えずに歩き出した。ところが、途中で道に迷ってしまう。駅へ逆戻りする途中で、思わず言葉が解らないのに商店街の人に地図を見せながら道を聞いた。

   しかし、解らない様子で、さらに別の人に聞いて回る。皆んなとても真摯に対応してくれる。どうやら、遠くてタクシーで行かないと無理ということで、タクシーを呼ぶことになった。偶然通り
   掛かったタクシーを「スタァーップ!!」と叫んで止めてくれた。「すみません…」じゃあ止まってくれそうになかったので、とても助かった。“カムサハムニダ”しか言えない自分が情けない。
   昨今、嫌韓の風潮で国交的にも民間交流も冷え切っているが、彼らはとても親切で感謝しても足りないくらい。正直なところ、当初私は彼らに差別的な意識があった。この国にやって来
   たのは、単に秘境駅が存在するからだ。しかし、この時ばかりは自分を恥じた。マスコミの偏向報道に流される前に、自分の目で見て体験しなければ、決して正しい判断は出来ない。
   これは人として当然のことである。


       

   すごく立派なホテルでびっくり!  部屋も広くて豪華なうえに清潔  バス、シャワー、トイレも全て独立し、50インチのTVにPCまで設置されていて、もう何も言うことなし!


   タクシーに乗って“Yeongju Hote(ヨンジュホテル)”に着いた。バウチャーを見せてスムーズにチェックイン。部屋も広くてとても豪華でびっくり!さらにPCが設置されているのは便利だ。
   これが日本円で1泊8,500円ほど。もう大都市で泊るのが馬鹿馬鹿しいほどコストパフォーマンスが高い。だいぶ遅くなったが、夕食は部屋の中でコンビニで買った弁当で適当に済ます。
   まあ想像した通り、とてもに辛いのだが結構旨い。TVを点けると、やはり熊本地震のニュースをやっていた。今日未明の地震でさらに酷い被害を受けたことを知った。被災地の人への
   インタビューだけが日本語で伝わってくる。こうして異国の地で過ごす悲しい夜が更けていった。