01/05/23 作成  07/07/11 加筆修正

表木山駅

肥薩線 「表木山駅」 深い山間に信号場として開設されたこの駅は、今も尚その役割ぐらいしか果たしてない

     

駅の待合室はこの地区に多く見られるコンパクトなタイプ    ホームは割と長いが、停車する列車はほとんど単行で、せいぜい長くて3両に過ぎない


  訪問日記  2001年5月10日 訪問

  この“表木山駅”は、肥薩線の終点となる隼人から2駅手前にあり、周囲は深い山に囲まれたひっそりとした場所にある。 この駅は、大正5年9月11日に信号場として
 開設され、その4年後にあたる大正9年10月11日には旅客を取り扱う駅へと昇格している。 当時は海岸線ルートを辿る現在の鹿児島本線が開通しておらず、この肥薩線が
 “鹿児島本線”と呼ばれ、多くの人々や物資の移動手段としての大役を担っていた。 この駅のある吉松-隼人間は明治36年には既に開通してはいたが、輸送力増強に
 より増加してゆく列車本数に対応するため、この深い山の中に列車交換を目的として開設されたのである。
 駅の周囲には人家は数軒ほどしか無く、静かな山間はいつも静寂に包まれている。 往年の長大列車を受け止めた長大なホームと有効長の長い待避線が往時を偲ばせて
 はいるが、現在では古い駅舎は既に撤去されてしまい、代わりにコンパクトな待合室が建っているだけである。

 今回、私は3度目になる九州秘境駅訪問旅として、南九州地区を重点的に回っていた。 昨日は日南線の“福島高松駅”を訪問した後に、志布志からバスで都城まで抜け、
 その3駅隣の“青井岳駅”をピストンで訪問した。 その後吉都線に乗車し、風呂へ入りたかったので京町温泉駅で下車して駅から歩いて数分のところにある“いこい荘”
 という宿で300円を払って久しぶりの入浴を楽しんだ。 少々熱いのが難点だが、岩風呂の雰囲気はなかなか良くて充分暖まった。 すっかり日も落ち、涼しくなった夜風に
 吹かれながらホームで列車を待つ時間は非常に気持ちが良い。 しかし、発車時刻を過ぎても列車はやって来ない。 その後7〜8分ほど遅れてようやくやって来たが、
 終点の吉松駅で肥薩線への乗換え時間は1分だけなので少し心配になった。 列車に乗りこむが、なんと乗客は私以外だれも居ないではないか!  本当に乗り継ぎを
 取り計らってくれるのか心配になり、運転士に話し掛けると、「大丈夫です、待たせておきます」 と言うので、ひとまず安心。 そして到着した吉松駅で私一人のために
 待たせておいた列車に乗りんだ。 こんなことで本当に大丈夫なのか? と思ったが、午後8時近くとなってしまうと列車を利用する学生やお年寄りは誰も外出しないらしい。
 
 そして私は今夜の宿として決めていた“嘉例川駅”で下車した。 この駅はなんと明治36年の路線開業当時からの駅舎が残っていて、内部の造りや装飾に独特な雰囲気が
 あり非常に素晴らしいものだ。 そして、駅前には水道と“東屋”のある公園があるので、そこで遅い夕食を作って食べることにする。 旅の夜空に乾杯しながら缶ビールを
 空け、駅舎に戻って明日の旅路を思いつつ始発列車までの睡眠をとるこにとした。
 翌朝、外は生憎の雨模様ではあったが、周囲の撮影をなんとか済まして列車を待つ。 そのうち7人ほどの乗客が集まって来たのだが、私がここで一夜を明かしていたなんて
 誰も想像し得なかったであろう。 こうしてやって来た3両の列車は学生で超満員! 吃驚してしまった。 旅人たる私など完全に浮きまくっている状態であった。
 まあ、そんなことも特に気に留めても仕方ないし、2駅先にあるこの“表木山駅”で早々と降りてしまうのであった。 想像していた通り、降りたのは私だけで乗ってくる人も誰も
 居ない。 ここで吉松行きの列車と交換して行くが、双方の列車が行ってしまうと辺りは静寂に包まれた。 遠くで沢の音を感じつつ、人気の無い駅構内を散策してみるが、
 取り立てて大きな発見があった訳ではなかった。 待合室でしばらくボーっとして見るが、体は運動を要求しているようであった(笑) 既に雨も上がっており、次の列車までも
 1時間余りあるので、2.1km程先にある隣の“中福良駅”まで歩いて行くことにして、この山間にある信号場くずれの駅を後にするのであった…