2001/01/14 作成 

東六線駅

    

    

※HP容量が限界のため、かなり画像を圧縮しています ご理解ください。

  再訪日記   2009年1月20日 再訪

  この駅は8年振りに訪れた。前回は知人のクルマに同乗させてもらって訪問(下記)したが、今回は列車での訪問である。大雪降りしきる前夜に名寄のビジネスホテルに投宿し、
 早朝6:25に発車する各駅に停車する列車へ乗り込んだ。真冬の北海道の秘境駅訪問は久しぶり、逸る気持ちを抑えるのは辛いものだ。年甲斐も無く、子供のような心境にあった
 私は、秘境駅に降りる時にはいつも最前列のロングシートに座っている。こうして、鉄道林で左右の視界が奪われる頃、列車は静かに板切れホームへ滑り込んだ。そこでは一人の
 おじさんが乗車してきたが、降りたのは私ひとり。とたんに周囲の乗客から視線を浴びる。まあいい、こんなのはいつものことだ。ホームに荷物を下ろし、過ぎ去る列車を見送ると、
 早速撮影を開始。およそ2時間をかけ、様々なものにシャッターを切って行く。ぴーんと張り詰めた外気のなか、リズミカルに進んでとても気持ち良い!
 
 こうして、しばらく小休止。鉄道林の隙間から朝日が差し込む瞬間、自分のやっている旅に改めて納得が行った。今まで漠然と何か見えないものを追いかけていたような気がして
 いたが、この歳(42歳)になってようやく求めているモノが見えてきた。そう、観光化されていない土地の普段の姿。大自然に包まれた日常的な風景が見たいだけなのだ。ふと時計
 を見ると9時を過ぎている。まもなく迎えの列車がやってくる頃だ。こうして、次の旅に期待を膨らませるのであった。


宗谷本線“東六線駅” 防風林の傍に、至って簡素な板切れホームがあった

  

 林をバックにした駅名標は、清清しさを感じる  “東六線乗降場”と掲げられた待合室  内部は土間で木目剥き出しの壁と同行した“なまらさん”


   訪問日記   2001年1月1日 訪問

  この駅もまた宗谷南線に数多い普通列車でも通過が多く、訪問するのに頭を悩ませる駅のひとつである。単純にこの駅だけを目標とするなら、大したことはないが、
 少ない日程のなか、他の秘境駅も合わせて訪問するには、事前に綿密な計画を立てる必要がある。大雪になっても北海道の列車はほぼ定時に運行されているので、
 時刻表通りに自分が忠実に動いていれば、おのずと秘境駅訪問を達成していけると言っても過言ではない。この“東六線駅は、北海道にある地名に多くある、何とも
 無個性な名前が付いている。これは元々人が住んで居なかった原野などに、開拓用の道路を付ける際、通りの名前を決める必要があった。しかし、そもそも地名という
 ものが無かったため、通りの名がそのまま駅名になった。北海道には、このような半ば場当たり的な名前は、バス停などにも多く見られる。
 
 さて、駅の周囲をぐるっと見渡すと、数軒の人家が離れて散在している。原野という非常に見通しの良い条件であるため、残念ながら秘境感には乏しい。どの家にも
 複数の車が見られるため、恐らくこの駅を利用する人は少ないであろう。そして、この駅の待合室は古いながらも、内部は木目剥き出しの壁が非常に味わい深く、
 三方向に造りつけの椅子があるなど、とても個性的である。また、床が土間になってはいるが、砂利が敷きつめられていた。入り口には正月の〆飾りが施されており、
 地元の人に愛されている様子が伝わってくる。ホームの後ろは、鉄道林が立ちはだかっていて見通しが効かないが、返ってそれが秘境感を醸し出していた。

 当初、この駅への訪問には上下列車を組み合わせたプランを立てた。しかし、いかんせん列車本数が少ない。この地に多く存在する秘境駅を効率良く周りたいため、
 先の瑞穂駅で落ち合った“なまらさん”と車で訪問するとになった。 多寄にある彼の実家では、沢山のご馳走を頂き、親御さんに別れの挨拶をした後、これより同行
 する彼とともに一路国道40号線を南下する。 そして、その名の通りの“東6線”という通りを左へ入っていくと、ほどなく駅に到達した。彼曰く、ここも以前とは全然変って
 いないそうだ。こうして、いつもの通り、一通りに観察と撮影を終える。やがて緊張から開放され、鉄道林に囲まれた静かな環境に、少しづつ心が癒されていくのを感じる
 のであった。