2001/03/15 作成

初田牛駅

根室本線 “初田牛駅” 辺り一面荒涼とした原野が広がるこの駅に、一体何の用があって降りるのか…

      

背後には鉄道防風林が林立している              駅の待合室は割と新しいプレハブ製

     

駅前の風景はこんな感じ  その先には果てしなく原野が続いている     列車に轢かれ、線路に横たわる“エゾシカ”(合掌)


   訪問日記   2001年3月10日 訪問

  ここは根室本線の末端、釧路〜根室区間の通称“花咲線”にある。霧深い荒涼とした原野のなか、鉄道林に遮られるように小さな駅があった。古い木造駅舎は
 失われて久しく、跡地には錆たプレハブの待合室が建っている。人家はわずかに一軒のほか、小さな集会所の建物と無線中継施設があるだけで、およそ人影を
 見ることは無い。かような場所柄ゆえ、少ない列車本数にもかかわらず通過する列車もあるほど。隣の駅との距離も厚床まで7.1km、別当賀に至っては8.5kmもあ
 るため歩く気すら起らず、訪問にあたってはプラン作成の段階から頭を悩ませた。周囲の散策に当たっては、果てしない原野のため移動する範囲も広く、息を弾ま
 せながらようやく待合室にたどり着いた。聞こえてくるのは、ピューピューという原野を吹き抜けていく風の音だけ。しばらくすると遠くの方からカタカタとレールの音
 が聞こえて来た。けれども目前に列車がやって来るまでの時間は想像以上にかかった。

 今回、私は第4回北海道秘境駅訪問旅として、臨時の寝台特急“北斗星ニセコスキー号”で上陸したのは昨日のことだ。今となっては廃止された“張碓駅”の訪問
 の後、札幌から特急“スーパーおおぞら5号”を池田で降り、尺別駅と上厚内駅の訪問を果たした。当初の計画では釧路から夜行特急の上り“おおぞら14号”で深
 夜に新得駅で交換する同じ夜行特急の下り“おおぞら13号”で釧路へとんぼ帰りするつもりだった。しかし、連日に渡って雪中を駅間歩きしており、かなり疲労して
 いたため、無理をせず釧路のビジネスホテルに泊まることにした。

 迎えた早朝5:30、宿を後にして、釧路駅に停車している快速“はなさき”に乗りこんだ。だが、列車はここに停車しないため、一端根室まで乗り通すことにした。風
 光明媚なこの区間は、山越え、湖の辺り、そして太平洋を遠くに望む原野地帯など、大自然の中を突っ切って行く感じで、車窓から目が離せないほど素晴らしい。
 根室駅でおよそ10分のインターバルの後、降り返す列車でいよいよこの駅へと向かう途中、事件が起きた。昆布盛駅より発車して直ぐ、“エゾシカ”が線路に飛び
 出しそのまま轢かれてしまったのだ。急ブレーキが掛かったので前を見たら、もう目の前に鹿がいて、ゴツンという鈍い音とともに列車の後方へと去っていく。さら
 に衝撃的だったのは、子供が3人が運転席の脇で事故現場を目撃していたことだった。感受性の強い都会の子であったら、ちょっと後が厄介かな〜と思ったが、
 地元の子なので、恐らく大丈夫だろうと思われた。

 運転士は鹿との接触事故を調査のため5〜6分遅れると放送した。たまたま乗車していた保線関係者らしき人がやってきて、青いゴム手袋を装着して車外へと降
 りて行った。彼は鹿をそのままズルズルと引きずって林の中に捨てていた。私も当然の処置だろうと見ていたが、子供(女の子)が「カワイソウ… そのままにした
 ら死んじゃうよ…」 と、言ったことが胸に刺さった。きっと“お墓”を造ってあげたかったのだろう。優しい子なんだと感じ、運転士はその子に「大丈夫、さっき走って
 行ったよ」と安心させていた。これで良いと思った。
 
 前置きが長くなったが、列車の運転は無事再開され、10分ほど遅れて初田牛駅に到着した。当然ながら降りたのは私一人、乗ってくる人も居ない。しかし、ここは
 いったい何なんだ…。周囲には何も無いという表現がピッタリで、北海道らしい大自然の中、駅だけがポツンとある。朝の清清しい空気を深呼吸で入力するが、
 生憎の風邪で結局、咳き込むだけだったのが情けない。周囲の撮影を終えると、待合室で備え付けてあった駅ノートへと書きこんだ。小一時間ぼーとしていたが、
 やがて1台の車がやってきた。乗っていたのは鉄道職員で、恐らく根室駅に勤務している人であろうか、そこに着くなりホームの雪掻きを始めた。暫くすると根室行
 きの列車がやってきたので乗りこみ、この原野にある駅を後にした。