2000/4/9 作成  07/07/11 加筆修正

備後落合駅 

中国山地の深い山中にある交通の要所 「備後落合駅」 しかし、やってくる列車には乗客は居なかった・・・

      

  芸備線から木次線が分岐しているこの駅は、立派な駅舎が建ってはいるが、今となっては寂しい無人駅となっている。 そして、到着した列車は最終
  列車ということもあるかも知れないが降りた人は全く居なかった・・・  行く先が案じられるのは駅だけでなく路線そのものか?

      

木次線の最終列車が到着。 程なくエンジンは停止され、この寂しい山中の駅で停泊となる。  待合室内部は駅寝に最適な環境かも知れない。

  訪問日記   2000年3月18日訪問

  この駅は地図上で見るだけでは中国山地の山中にあるローカル線同士が分岐している街の駅といった感じに受け取れるが実際に行ってみると、
 周囲の人家や商店は廃屋が多くて殆ど人気が無い。 以前は交通の要所として、当然のことながら有人駅であり、かなりの賑わいを見せていた。
 そして、名物?の「おでんソバ」なども売っていたいうから驚きである。 しかし、現在はすっかり寂れて駅は無人化されてしまい昔の面影は無いといっていい。
 だが、この駅は駅舎もそのまま残り、待合室には乗り換え時間を持て余すこともあるのか知れないが「駅ノート」もあった。  きれいで造り付けの長椅子もあって
 “駅寝”には最適だろう。
 
 また、私事だがこの駅には25年も前の当時小学5年生の時分に列車の乗り換え駅としてこの駅を訪れている。  正確に言ってしまうと今回の訪問は“再訪”という
 ことになるが、記憶も曖昧であるためにやはり適用しないことにした。
 ここで、当時訪れた話を少ししようと思う。 待ちに待った夏休み、“鉄小僧”だった私は既にローカル線にも熱が入り、旅行計画から宿の予約まで全て手配しており、
 今から思うと末恐ろしいガキであった(笑) ・・・今の私? そして旅行好きの母親と山陰地方へローカル線めぐりへと出発することになった。
 山陰ワイド周遊券を使って、中国山地をローカル線で縫うように進み、「木次線」の途中駅である木次で宿泊した。 翌日、出雲坂根の3段スイッチバックを超え、
 この駅に芸備線に乗り換えて三次へ向かう為に降り立った。 そして乗り継ぎ時間が2時間もあったので、夏の暑い最中、駅から少し歩いた所に「西条川」が流れていたので
 すかさず川に入り、川遊びをしていたのであった。  当時は近くに商店や食堂があったりしてそれなりの街を形成していたと思う。

 この駅も陰陽連絡のDC急行「ちどり」も運行されていて、しかもそのうちの一往復は夜行であり、当然深夜であってもこの駅には駅員が常駐していた。
 ここに降り立った今、そんな昔の旅行を思い出すには周囲が暗くて今一つ実感が湧かなかったので、次回は明るい時間に訪問したいと感じた。
 そして、最終の「芸備線」の東城行きが発車する直前に急行「たいしゃく」が到着し、それから降りたオバサンが一人乗り込んで発車する。
 その人は途中の「小奴可駅」で降りて行ったが、私は今夜の宿となる次の“内名駅”へ向かって行ったのである。