02/02/11 作成 07/07/05 加筆修正
あぶくま駅
阿武隈急行線 「あぶくま駅」 人家は皆無。 川下り船の観光客を待つだけの駅だが、1月という真冬に人が寄り付く筈も無い…
駅舎は地域の産業と文化を今に伝える伝承館となっているが、玄関はぴったりと閉鎖されていた。 バーベキュー用の釜戸がもの悲しく放置されている。
駅から見下ろす阿武隈川。 船着場までは急坂の歩道を約3分降りて行く。 そして船着場付近より。 なかなか素晴らしい清流である。
訪問日記 2002年1月2日 訪問
ここは第3セクターにより経営されている阿武隈急行線の「あぶくま駅」である。 周囲に人家は一切無いが、駅舎は地域の産業と文化を今に伝える
産業伝承館となっている。眼下には阿武隈川の流れを見る雄大な眺めを望め、そこから3分ほど降りて行くと観光船下りの船着場に出る。恐らく駅の
利用者は、船下り観光が主な目的で、日常的な利用は無いと考えられる。さらにここへ電車以外の交通手段でやってくるのは並大抵の事ではない。
国道は川を挟んで対岸を走ってはいるが、橋というものが一切存在しないため、徒歩やって来ることもままならないような場所だ。自動車で訪問しようと
すれば、険しい山肌を縫うような細い道を辿ってくる以外に方法は無く、これまた困難な手段を強いられる。建物の雰囲気こそマイナスだが、かなり凄ま
じいロケーションに位置する秘境駅といえよう。
さて、この駅の存在はかなり以前、掲示板へ書き込まれたある読者の貴重な情報を元に知ってはいたが、この度ようやく訪問することができた。
当時の私はJR線に存在している駅ばかりをターゲットにしていた時期で、ここへはあまり積極的に行こうとは考えていなかった。折角の情報であるし
ランキング表にも掲載してみたが、その実態はほとんど不明のまま未訪問駅として約2年という月日が流れようとしていた。今回の私の旅は3回目を
数える東北地方の秘境駅とJR線完乗を目的としていた。冬休みとなった1月2日、山形県のとある駅を早朝に羽越本線を一路、新潟方面へと出発。
坂町から未乗であった米坂線の快速「べにばな2号」のキハ52系へと乗り換え、次第に迫り来る深雪の山々を黙々と走る独特の感触を味わった。
気だるい眠気とともに米沢へと到着、昼時となったので牛肉弁当を買い込むが、乗り換えのためにやってきた山形新幹線の“つばさ126号”は帰省の
Uターンで猛ラッシュの状態。当然、弁当などを開いている余裕も無く、深い雪の中に埋もれる元スイッチバックの数々を横目にようやく福島へ着いた。
ここからは阿武隈急行に乗車。ここは途中の丸森駅から終点の槻木駅までは旧国鉄の丸森線だったが、その先の福島まで開通させたうえ、交流電化
まで実現させた実に進歩的な路線であったりする。先程まで食べ損なっていた米沢の駅弁を、空いている車内のボックスシートの一角を陣取って食べる。
だが、先の混雑した新幹線の車内ですっかり冷え切っててしまい、その味は少々残念な結果となった。
こうして福島駅を出発するが、至って平凡な町並みの車窓に少々がっかりしながらも、途中の梁川駅で乗り換え、富野駅を過ぎるころから車窓は変化する。
阿武隈川に寄り添うに従い、周囲の人家は少なくなり、隣の兜駅は既に秘境駅の一歩手前という状態。車窓からは目が離せなくなり、幾つかのトンネルを
潜ったところで、突然辺鄙な場所で電車は停車した。妙な形をした屋根を持つ建物に片面ホーム…。ここが正に“あぶくま駅”であった。やはりここで降りた
のは私だけ。車掌さんや他の乗客の視線が痛いが、これをいちいち気にしていたら“秘境駅訪問家”など勤まらないのだ。
さて、この妙な形をした建物は、この時期このような山奥に誰一人も居るはずも無く、その入り口はしっかりと閉められている。次の電車まで1時間ほどある
ので、早速周囲を探検してみよう。雪に埋もれた歩道を滑らないように注意しながら3分程降りて行くと、あっけなくコンクリートだけの船着場に到着。
しかし、それ以外は何もない…。少々辺りを歩き回っていたら、次第に天候が悪化して激しく雪が振ってきた。仕方ないので、先程の建物の軒下で自動販
売機で買った缶コーヒーで温まりながら、これから先の計画を立てつつ列車を待つ。そんな変人を嘲笑うかのように、横殴りの雪は冷たく頬を刺して行った。