© 大野 冬基
短編小説集 
 原稿用紙5枚

『逆さ鬼』
 
 テレビ局の編集ルームは、いつも以上にひんやりとしていた。夜中に一人での作業は慣れているが、今日はどうしたものか、いい気持ちはしなかった。このところ局内では不可解な事故が多く、その時に鬼を見たなどとまことしやかに噂されていた。テレビ局は怪談はつきものなのだが。
 今、私は元国民的アイドルで人気女優の不倫騒動のために、ここで古い映像を抜き出していた。噂では不倫相手の妻が自殺未遂を起こしたとされたが、実際は体調不良程度のことらしい。だが、鬼の噂と同じく、彼女の噂は今やおもしろおかしく勝手に一人歩きし始めていた。
 目の前の画面で動いている彼女は、二十年近く前のグラビアアイドル時代ものだ。目許がほんの少し違うが、この程度はご愛嬌だろう。
 これは地方局の深夜枠で放送されていもので、怪談番組だ。そういえば、本当かどうかは知らないが、オカルトマニアから人気に火がついたというのを聞いたことがあった。
 画面に写るスタジオは照明が落とされ、司会の男が仰々しい物言いをして若い観客たちを震えあがらせていた。
 彼女は三人目に話しはじめた。
「私、東北の山奥の奥にある村出身なんですが、その村には言い伝えがあって」
「人を呪うならば、木にぶら下がるサカサオニに頼むという」
 サカサオニ、逆さ鬼と書くのだろう。
「ソロモオロウン」
 ゆっくりとした発音でそう聞こえた。
「その木におろう、木には鬼が下がっている。この呪文と唱えながら願うんです」
 急にドアが開いた。驚いてドアへと顔を向けると、編集チーフがにやにやとしながら入ってきたところだった。
「ノックぐらいお願いしますよ」
「わりぃ、わりぃついでに、その編集はお流れになった。違う局だが立てこもりがあったらしい。詳し状況はこれからだ。明日のワイドショーはそれ一本になる」
「しばらく報道班の仕事だからな、少し仮眠を取っとけよ」
 わかりましたと頷くと、チーフはすぐに編集室から出ていった。
 仕事を終らそうと巻き戻し始めたそのとき、「呪い殺す」 と早口で聞こえた。
 空耳か? 再生巻き戻しを数度繰り返すと、「ソロモオロウン」 の箇所だとわかった。ふとあることに気付き、紙に書き出した。
――母音と子音か、なるほど。
『noroikorosu 呪い殺す
     ×
 usorokioron ウソロキオロウン
 ソロキオロウ → その木におろう』
 それにしても上手く考えたものだ。オカルトマニアから人気がでたというのは、本当のことだったのか。今も一線で活躍しているのは、この頭の良さかもしれないと思ったが、今の彼女のことを思うと、仕事とはいえ、やりきれなくなっていた。小さな事務所でスキャンダルにはずいぶん気をつけていたと聞く。芸能界は針の穴一つのほころびが大きくもなる。
 編集チーフが慌てた様子で入ってきた。
「また、ノックぐらいお願いしますよ」
「……りか、が死んだ、それも」
 急にチーフが悲鳴を上げ、後ろを指差した。
 振り返ると怪談話が続いているだけで、何もおかしいところはなかったが、チーフをみるとガタガタ震えている。
「これには続きがあって、呪文だけでは完了ではないんです」
 司会が、「どんな風にすればいいのかな? りかちゃん」 と聞いた。
「そう、例えばですね。私の腕を切って死ねば身体と腕で二人呪えたり。両腕を取って死ねば、三人呪えちゃったりします」
 小さな悲鳴が聞こえた。
「千切れにこの身がなれば……どうなると思います?」
 悲鳴が上がった。司会が、「りかちゃんって、東京出身じゃなかったっけ?」 というと、「バレたか。みなさん、ぜんぶ嘘ですよ」 との答えに、どっと笑い声が上がったが、それと同時に私の横をなまぬるい何かが通っていった。

(了)


(2009/ 10)

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